第62話

「く、くそ。謀りおったなあ」


 ヘビはくぐもった声で悔し気な声を張り上げる。拳の中で少しでもその身を揺らそうとするが、がっちりと握り締められており叶いそうになかった。


「謀ったとは人聞き悪いな。僕は一度も自分が女性だっていってないよ。お前が勝手に勘違いしたんだろう」


 あゆみはこともなげに答えるが、実際、ヘビから金鞠の巫女へ呪いをかけたと聞かされた時、既に自分はその対象から外れているということには気づいていた。ヘビが自分を女性だと勘違いしているだろうこともだ。


「ふ、ふざけおって、まだ終わらせるものか。離せ、その手を広げろ。離さんかっ」


尚も喚き続けるヘビの声を黙殺しながらあゆみはその手に力を込める。


「霊威爆炎」


ボッっと彼の握り締めた手の中に炎が上がった。拳に霊力をこめて炎を呼び出す能力だ。


「ぐぎゃああああああああああああああ。止めろっ止めてくれっ、熱い! 熱い!」


霊能力によって生まれた炎は石を物理的に焼き付けるだけでなく、石の中に閉じ込めらえているヘビの魂そのものにダメージを与えていた。


「観念しな。もう、悪さをするのは止めるんだ」


「ぐうううううううう。ふ、ふざけるな。そもそも私は悪いことなどしていない。ただただ長く生きながらえる中で龍に成る事を夢見て行をつづけただけだ。それをじゃましたのは、あの村の連中と巫女ではないか」


「でも、人を喰ったんだろう。人の欲や魂すら喰らってきて散々悪さをしておきながらそれは通らないよ」


「それの何が悪い? 人間如きの事。この私が高みを望むための糧になれることを有難いと想ってほしいくらいのものだ」


「ふざけるな。そんな勝手な理屈通らせてたまるか」


「それは私のセリフだ。これ以上貴様ら金鞠の勝手にはさせん。貴様を倒して復讐を成し遂げてみせる! ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


あゆみの手の中でヘビは中で思いっきり力を込めて尚も抵抗を示そうとする。


「お前こそ母さんや婆ちゃんに辛い目を合わせたこと絶対にゆるさない」


対してあゆみの手が震え黒のモヤが握り拳の指の間から漏れ出てきていた。それを押し戻そうと更に手に力をこめて火力があがっていく。


「ぐああああああああああああ」


「だあああああああああああああああ」


拳を介してお互いに凄まじい攻防が繰り広げられていた。既に石は真っ赤染まり辺りの気温までが上昇していく。その中で突然ひみかの声があゆみの耳に届いた。


「あゆみ、炎の力を解いてくれないか」


 ふと気づくとひみかが真後ろに立っている。


「え? ど、どういうこと? そんなことしたら」


 ともすれば、拳の中で暴れだしかねないヘビを押さえつけている為、相当な集中力を傾ける必要がある。それを解けば、またヘビが暴れだすことは確実だが。


「いいから。私に考えがあるんだ。信じておくれよ」


「ん、わかった。信じるよ」


ひみかの真剣な眼差しを受けてあゆみは拳の中の炎を収めた。彼女が考えなしにそんなことをいうとは思えないからだ。


「ぐ? ふははははははははは。どうした? 能力が尽きたか?」


紅蓮の炎に直接焼かれる苦しみ耐えながら、あゆみと激しく攻防を繰り広げていた真っ最中に、突然炎の勢いがとまった。それに気づき、嗤いながら拳の中で勝ち誇ったような声をヘビが上げる。


しかし、それには何も答えずひみかがあゆみの拳に手を重ねる。


「今使える私の最後の能力を一気に込めるよ。冷たかったらごめんね、あゆみ」


ギンッ


「ひゃっ」


今まで灼熱といえる高温の状態だった所へ急激な冷気を感じてあゆみは声をあげてしまった。


「な、なんのつもりだ? 炎の次は氷で責め立てて私が降参するとでもおも……。あ、ああああああああああ」


 強がるようなセリフを言いかけたヘビが突然叫び声を上げた。


「ひ、ひみか。これって」


「高温状態の石を急激に冷やしたのさ。どうなるだろうね?」


 一瞬、あゆみも何が起きたか分からなかった。が、拳の中の感触が変わった事にはきづいた。石にひび割れができていたのだ。


「そっか。さんきゅっひみか。じゃあ、元の所に戻ってもらおうか」


石に身を変えたヘビを三分割することにより、その能力を削いで封印を施していたのだ。石が割れればヘビは身動きすらとれなくなるに違いない。


「い、嫌だ~。折角、復活したんだ。また、魂を分けられて閉じ込められるなんてまっぴらごめんだ。そ、そうだ。半妖の娘よ。取引しよう。貴様の願いを叶えてやるぞ」


 しかし、ヘビも相当執念深い。この期に及んで未だ諦めずひみかに向かって語り掛ける。


「さっきも言っただろう。私は雪女になりたいなんて思わないって」


「それはわかった。では、どうだ?お前を完全な人間にしてやるというのは」


「なんだって?」


 始めは取り合わない様子のひみかも続いて言われたヘビの言葉に一瞬たじろぐ。


「見たところ、そこの金鞠の巫女……ではなかったか、小僧と恋仲なのだろう? しかし、人と半妖。半端者の自分とはつり合いがとれぬとの不安が拭えのではないのか」


「私が人間に?」


 ヘビは人の欲を喰らい霊力を増進させる術を使っている。それだけに、人の気持ちや想いなどを悟る事に長けている。あゆみにふられて、傍にひみかがいることで彼と彼女らの事情を察し、それに付け込もうという魂胆なのだろう。


「金鞠の者にとっても悪い話ではない筈だ。もし、私をここで見逃してくれれば、この娘を人間に変えてやる。人と人同士で気兼ねなく愛を語うことができるのだぞ。悪くないだろう? どうだ?」


ヘビは媚びるような阿るような、それでいて腹に一物ある口調でひみかにせまる。が、それにたいしてひみかはきっぱりと言葉を返した。


「断る」


「な、何故だ? 半端者のままでいて構わないというのか」


 それは余りに端的な拒絶。迷いのない様子にヘビがうろたえながら問い返す。


「確かに、考えないこともなかったよ。雪女の能力があゆみの想いにも影響があるんじゃないかって不安になることもあった」


「ひ、ひみか。ぼ、僕の気持ちは……」


 訥々と語りだしたひみかの言葉にあゆみが慌てたように口を挟みかける。


「うん。大丈夫。分かってるよあゆみ。そんな事は関係なかったんだ。お互いの気持ちが確かめられた今なら確信できる。私の想いは私の物だし、あゆみもちゃんと自分の気持ちをぶつけてくれた。半分雪女の血が流れているとか、人間とか関係ない。あゆみは今の私を好いてくれてるし、そんなあゆみが私は好きだ。後……ね」


すいっと今までにない冷たい顔を見せてひみかは言う。


「半端者半端者ってうっさいんだよ。今度、この世に出てくる機会があったら口の利き方ってもんに気を付けたまえ。さあ、あゆみ」


「うん……まあ、そんな訳なんで。そろそろ収めてくれるかな、年貢」


言ってあゆみは拳に力をこめる。


「待て、やめろ。た、助けてくれ~」


空しく響くヘビの声に混じり、ピシッと音をたてて石が砕ける感触を感じた。

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