第63話
空しく響くヘビの声に混じり、ピシッと音をたてて石が砕ける感触を感じた。
途端にブーンという鈍い音がしたかと想うと世界そのものが揺れ動くのを感じる。
「な、なに? 何が起こってるんだい?」
ひみかが言ったと同時に上から何かの破片が「ドーン」と音を立てて落ちてきた。
「そもそもここは、ヘビの能力によってつくられた世界なんだ」
だから、ヘビの石が割られて霊力が衰えた事によって、この場を維持できなくなったということなのだろう。
「そういうことか。じゃあ、このままいると危ないね」
「うん、早く外に出よう」
「わかった。あっ……」
ひみかは返事をして歩みを進めようとしたが、へなへなと腰を落としてしまう。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「いや、情けないな。能力を使いすぎて身体の力も上手く出ないみたいだ」
「あっそっか、まあそりゃそうだよね」
彼女が起こした能力暴走は凄まじい物で、その威力は幼い頃に起こした時よりも格段に大きかった。その上ヘビの石を冷却するために最後の力を振り絞ったのだ、気力、体力にも相当な影響があった筈。寧ろ意識があるのが不思議なくらいだろう。そんな彼女は、
「こ、この通り。何てことないよへっちゃらさ」
あゆみに向かってヘラりと笑いながら余裕ぶった表情を見せるそして再び立ち上がったのは良いものの、その様は腰が定まっていない事が明白だった。
「どこがだよ。完全にフラフラじゃないか。無理しちゃだめだよ」
「む、無理なんかじゃないさ。さあ、行こ……。うわっ」
あゆみの指摘通りふら付く身体を無理に動かそうとしたものだから、彼女の身体はその
まま横転しそうになる……が。
あゆみはすぐに尋常じゃない反射神経で彼女に駆け寄りその身を両手で受け止める。
「あ、あゆみ……。ご、ごめん」
「全く……。君の性分はわかるけど、こんな時に強がる必要はないじゃないか」
「ふふふ。そうかもしれない。それは私の悪い癖だね。ついつい他人に弱いところをみせてはいけないと想ってしまう」
言いながら彼女は自分の腕をあゆみの首に自然と回した。所謂お姫様だっこ状態。今まで他の女子相手にしたことはあったが、彼女自身自分がされる側になるとはとんと想っていなかった。
「別に他の皆にはそれでもいいよ。でも、僕と君に仲でそんな気遣いは無用じゃないか」
あゆみはぐっと近くなる彼女の顔を意識せずにはいられない。少し顔を赤らめながらも
まっすぐに見据えて言った。
「そうだよね。家族同然なんだから」
そんなあゆみに対してこの期に及んでそんな言葉を返すひみか。流石に少し呆れた様
子で彼も更に言葉を重ねる。
「ち、違うよ。ねえ、ひみか。さっきは言いそびれちゃったけどさ。肝心なことを言うよ。ぼ、僕と恋人としてつきあってください」
それこそが核心。お互いに思い合っているという事はわかっていたのだ。でも、その関係
に名前が付くという事は自ずと取り巻く環境も変わってしまうということだ。自分たちだ
けでなく周りとの人間関係なども含めての変化を受け入れる覚悟を求められるという事だ。
「…………。私でいいのかい?」
一瞬の沈黙を置いた後ひみかはそれだけ問い返した。
「今更それ聞く? ひみかがいいよ。ひみかじゃなきゃ嫌なんだ。ひみかは僕じゃ嫌なの?」
「そんな訳ないじゃないか。ごめん。私の問題なんだ。私が恋愛というものを上手く築ける
自信が持てないんだよ。自分を信じられないんだ。情けない話だけどね」
気丈な彼女だがその表情は沈んでいるようにみえた。彼女の背負ってきた過去からすればそれは仕方ないことかもしれない。そんな彼女に対してあゆみは正面から想いをぶつける。
「ねえ、ひみか。じゃ、僕のことは信じられない訳じゃないんだね」
「勿論だよ。他の誰の事よりも君という存在の事を疑ったことはないさ」
「じゃあ、信じて欲しい。君という人は安満蕗ひみかという女性は、誰よりも人の事を想い、
労われる素敵な人だって。僕はそれを知っている。僕はそんな君をしっているんだ。この先
何があっても、君が僕を芯から裏切るような事はしないって。何があっても二人で乗り切れ
るって。信じてくれないかな」
ひみかを抱いているあゆみには今、彼女の身体の重みと温もりが伝わってきている。それ
は以前までに彼女の身体を温める為に身を寄せていた時の感覚とは別なものに感じられた。
その重みはそのまま彼女の過去の重みそのものの様だった。それも含めて丸抱えしている
ような錯覚にも陥りそうになる。
それを感じたのかひみかも口を開く。
「ありがとう、あゆみ。寧ろ、そんなことまで言わせてしまってすまないね。腹は決まって
いる。君が僕をしってくれているように、私も君がどれだけ素晴らしいかをしっている。そ
んな君とこれから想いを高めて一緒に歩いて行けたら素敵だよね……。うん、なろう。今日
から私と君は恋人同士だ」
言って顔を上げた彼女の表情にはいつものようににっと口をゆがめるようなクールな笑
顔が浮かんでいる。それはあゆみの好きないつもの彼女の姿だった。
「ありがとう。大好きだよ」
対して満面の笑顔でその言葉を伝える。
「私もさ。あゆみ、大好きだ」
彼女も笑顔で答えた後、そっと、彼の胸に頭を寄せる。
「うん、ありがとう。さあ。行こうか。しっかり捕まって」
あゆみも腕に力を込めた後、顔をキュッとしめて上を見上げる。
「大丈夫かい? 重くないかい?」
「全然何ともないよ。それに最後くらいは恰好付けさせてよ」
「……。うん、じゃあお願いするよ」
日頃は人の好さそうな調子で柔和な彼が時に見せる鋭い表情。それはひみかが好きなものの一つだった。
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