第61話
ブワッ
ヘビの叫びと共に黒いモヤの纏う闇が一層濃くなり、ひみかとあゆみの二人をつつみこむ。
「ひみか、伏せていて。モヤを吸い込まない様に気をつけて!」
「うん。わかったよ」
あゆみの言葉にひみかはハンカチを取り出して口と鼻を覆いながら身をかがめた。
「無駄だ無駄だ。既に貴様らは私の手中にあるも同然。さて、どう料理してくれようか」
どこかから響き渡る野太い声。モヤの闇に紛れている為それが近いのか遠い距離にいるのか位置がつかみにくい。
「暗闇の中で喚いてないで出てきたらどうなんだ? 決着をつけてやるよ」
「よかろう。貴様の最後を見せてもらうとしよう」
ボワっと闇の中で一筋の光が灯ったかと想うとゆるゆるとそれがあゆみの傍まで近づいてくる。
「さあ、覚悟をし……」
ヘビが言い終わらない内にあゆみが石を握り締めた。
「飛んで火にいる夏のヘビだな。飛び回って逃げるお前に近寄る事がなかなかできなったけど、ようやく捕まえたぞ。さあ、また封印させてもらおう」
「…………。かかったな」
あゆみは鋭く強い口調でいったがヘビは彼を嘲るように言った。
「へ?」
「オンロロロロロロロロロロロロロ」
そして、あゆみが間抜けな声を上げたと同時にヘビが唸りとも叫びともつかない音を辺りに響かせた。
「こ、これは?」
それに対してあゆみは音を立てている石を不思議そうな顔で見つめながら声を上げる。
「ふふふふふふふふふふ。やったぞ、ついにやった! 今のはな、私が呪いを発動させる呪声だ。石に身をやつし、以前ほどの能力は削がれてしまった。だがな、貴様ら金鞠の巫女に代々受け継がれている血に潜ませた呪い。巫女よ。貴様が直接ふれることで呪の力を増幅させることぐらいは容易いことだ。この場で身体朽ちるが良い!」
この時、ヘビは真の底から自分の勝利を確信していただろう。自分が打った呪いが金鞠の巫女の家系に芽吹き、そして最後の最後に巫女に直接復讐を果たすことが叶った……と。しかし、言われた当のあゆみはこともなげに尋ねた。
「へー。因みにその呪いの効果っていつでるのかな」
「強がっているのも今の内だ。既にその効果は発揮されているのだろう? 貴様の身体は既に立っているだけでも精一杯ではないのかな」
見えるわけではないが、石から聞こえている声は底意地が悪い表情を浮かべているに違いないような口調だった。
「だからさ。全然そんな効果感じられないから聞いてるんだよ。そりゃ戦闘したから疲れてはいるけどね。身体が朽ちる程のダメージなんか全然感じないよ」
「な、なに? そ、そんな筈はない。もう貴様の身体はボロボロなはずだ。む、無理をしてそれを繕っているのか。そんなことしても無駄なだけだぞ」
「いや? だから。全然大丈夫なんだって。それとも僕が無理してるように見える訳?」
「そ、そんな馬鹿な。わ、私が長年に渡って仕込み続けた呪が、利かなかったというのか。嘘だ。嘘だ嘘だ。なあ、本当はつらいんだろう? もう、膝を付いたらどうだ? 身体を地に這いずらせてもだえ苦しまなければおかしいのに!」
「お前の放った呪は確かに効いたんだろうさ」
今までとうって違いまるで取り乱したように言うヘビに対しあゆみは静かに冷たい口調で返す。
「そ、そうだろう。何だ、やはり貴様も認めるのだな。己が負けたことを」
「だから違うんだな。残念だけど僕は負けてないよ。確かに金鞠の巫女、金鞠家の女の血に潜ませた呪は発動したんだろうけどね」
彼の頭には自分の晩年の祖母の姿と身体を辛そうにさせている母の姿がよぎる。
「そ、それはどういう意味だ」
あゆみの言葉の意味がつかめないようでヘビはすっかり混乱している様だった。ただ、彼自身に呪が効いていないということが事実であることはうっすらと理解し始めていた。
「単純な話さ。ヘビ、お前は金鞠家の女性に呪をかけたんだよね」
「そうだ。貴様ら金鞠の女に呪をかけたのだ。そしてその子供から子供へと受け継がれていくはずだった。何故、貴様に効かないというのだ」
「ははははははははははは。やっぱりね、じゃあ、効かない筈だよ。残念でした。僕、男なんだよ」
「な!」
その言葉には流石のヘビも言葉を失ったようだった。
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