第58話

それは見る見る内に辺りに広がって行き凍り付いた物が見る見る溶けて正常に戻っていった。


積もっている雪は水と化して流れ氷にはヒビが次々と入って砕け散り、破片や塊となって落下する。


「うううううう。みんな黙ってみてるなんてひどいよぉ~」


「ひ、ひみか。あ、危ないっ!」


 羞恥心が高じてへたりこむように身をかがめていたひみかの上に溶け落ちた氷の塊が落下しようとしていた。


ドカンッ、ガシャンッ


「え?」


 呆けたような声を上げてひみかが上を剛霊杖を振りかざしそれを突き崩すあゆみの姿が目に入ってくる。


「だ、大丈夫だった?」


「う、うん。ごめんよ。ついついぼうっとしてた。あゆみこそ大丈夫かい。怪我してただろう?」


 以前氷の破片がぶつかった個所の出血は既に収まっていたが未だ傷は残っている。でも、あゆみは事も無げに告げた。


「これくらい何てことないさ。それよりここにいると危ないよ。とりあえず外へ出よう」


言って彼女の手を掴む。が、


「外か~。うわ~、恥ずかしい。皆に何て言われるか……」


 彼に手を握られながらも、イヤイヤするようにその場に留まるひみか。それ見てあゆみは少し意地悪をしたくなってこんなことを言う。


「ふーん。そっか、そうだよね。僕となんかキスしてるのを見られるのは恥ずかしいよね」


 勿論、彼女がそんな風に思っていないことは彼も十分理解していたのだ。だからこれは否定してもらう前提の言葉だ。


「ち、違うよ。別に、あゆみとだからとかじゃなくてさ。単純に、人に見せるものじゃないじゃん。ファ、ファーストキスって奴だったんだし。大事にしたいじゃん」


 案の定彼女は否定の言葉で返す。が、あゆみはそれで満足できず更に問いを重ねてしまう。やはり彼女も両想いであったことを認識しあった事で会話についてもいつもと違う感覚をかかえているという事もあるようだった。


「へ~。ひみかでもやっぱりそういう風に想うんだ。じゃあ、僕とのキスも大事におもってくれてるってこと?」


 勿論これもほぼ答えは分かっていながらの質問だ。本来なら聞かなくてもいいことだが、今まで気持ちを抑えていた時間が長かった分、彼女の剥き身の想いを少しでも直接浴びたいと願う気持ちもまた抑えきれなかったのだ。

 

 

「そ、そんな事言わなくてもわかるだろ。君、今日は大分意地悪だな」


 いつにない調子で頬を膨らませながら言う彼女だがそんな様子を見てあゆみは可愛いと想ってしまいつつ言う。


「別に意地悪で言ってる訳ないさ。でも、さっき言ったじゃん。言わなきゃ伝わらないことがあるって。気持ちを口に出して伝えて欲しい事があるって」


「確かに同意したよ。でもさ、これは君と僕との問題なんだよ。君と私の関係の話だよ。君だけが私の気持ちをしっててくれればそれでいい想うのさ。君はそうじゃないのかい?」


 それまで弱弱しい口調だった彼女だったが言葉が責めているというほどではないが

次第に強くなる。


「いや、勿論ボクもそう思うよ」


 あゆみも彼女の様子をみて少し調子に乗ってしまったと想い至り焦りながら返事を返した。正直ここまできて喧嘩するのは避けたいところだ。


「まさか、人にそういう事をみせて喜ぶ癖がある訳でもないだろうね。


 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか彼女は皮肉っぽく言う。でも、それを見てあゆみは少しほっとする。本気で起こっている風ではないようだったからだ。


「勿論、そんなつもりないよ。でも、ごめん。ちょっと僕が浮かれすぎてたのかもしれない。君が僕を好いてくれているっていう事を他の人達に見せつけて、安心したかったんだ」


「まだ、不安? 私が君を好きだという気持ちを疑ってるのかい」


「違う。そういう事じゃない。それこそこれは僕の問題なんだ。他の人がどう見ようが思おうが関係ない。ひみかがどうしてくれているか、どう想っているかが問題なのにね」


 あゆみにしてもひみかは何年も思い秘めた相手だった。その想いをどう伝えていいかをずっと悩んできたのだ。それが想いもよらない状況で果たせたことで、まだ現実味がないという事もあった。


「それが君の望みならいいよ。戻ったらみんなの前で言ってあげるよ。『私は金鞠あゆみを愛しています。恋愛感情を持って接して付き合っていきます』って宣言してあげようか」


 悄然としかける彼にそんな言葉を返してニンマリ笑うひみか。その口調は以前に接していたものと同じであゆみは内心ほっとする。


「そ、そんな事する必要はないさ。それに言うなら僕に言わせて欲しい」


 決意を胸に秘めながら彼は握った手に力を込める。それを握り返しながらひみかも言う。


「それならそれで構わないよ。でもそんな事とは別に単にキスの実況中継は恥ずかしいってことなんだ」


「それはそうだよね。ごめん、ちょっと無神経だった」


 そうだ。彼女に改めて言われて気が付いた。キスをしているところを見られたのは彼女だけではない。彼もだった。キスをしたということが嬉しすぎて頭がぶっ飛んでいたのだが、イマリや百鬼夜荘の皆にどんな顔して会えばいいのかと想うと彼も少し気が重くなり始めた。


「別にあゆみが悪い訳じゃないけどさ。ああ、あの部分だけみんなの記憶無くならないかな」


 ため息交じりに言う彼女とそこへ、


「……それが貴様の望みか」


 突然、野太い声が辺りに響き渡った。

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