第57話
ひみかにとって完全な不意打ちだった。重なる唇に面食らう様な表情を見せて、一度顔を離してしまう。
「あ……。ご、ごめん」
あゆみは拒まれたと想って思わず謝罪の言葉を口にしてしまった後しまったと想う、ここで謝るのはそれこそ相応しくない言葉の筈だった。
「な~に謝ってるのさ」
それに対して笑みを浮かべてひみかは言った。
「え?」
聞き返す言葉も待たずに今度は彼女の方から唇を重ねて言った。
「私も傍にいて欲しいよ。あゆみの……」
ことここに至って彼女は『あゆみの気持ちが続くまでは』と要らない一言を付け加えそうになった。彼の気持ちが離れた時の事への恐れに対する予防線。でも、この場でそんな言葉は要らないと想い直し、語尾を濁したと同時に、それを察してか知らずかあゆみが再び唇を重ねて押し付けてきた。そして、そのまま背中に回した腕の力を込め直してくる。
「んむっ……。んんんんん」
対して彼女も負けじと力を込めて応じ返したが、弾みに彼女の口が少し開いた。その隙を狙うかのように、あゆみの舌が彼女の口内に侵入した。それにひみかも慌てず舌を絡めた。
互いが互いにとって初めての経験だった。
そしてこの一連の流れをあゆみはほぼ無意識に行っていた。彼女と唇を重ねて舌を絡ませるという状況になって初めて自分の今の状況を認識する。
(信じられない。今、ひみかとキスしてるんだよね)
勿論彼もその状態を映画やドラマなどで見た事はある。いつしかはひみかとそうなりたいと妄想たくましくしたりもした。それが叶ったという喜びと半分現実味がないような夢心地の気分。でも、確かに感じる彼女唇と舌の感触がそれを現実だと認識させてくれていた。
(こ、こういう時ってどうしたらいいんだろう、目を閉じた方がいいのかな)
映画などではそうしたシーンで登場人物が目を閉じている事が多かったように想うが、彼女といつも以上に密着している互いに首を傾け合って唇が重なっているこの状況で目を閉じるのも勿体ない気がした。。位置的に目のすぐ下にはうなじが目に入ってくる。何となくそれを凝視してしまう。すると、それにひみかが気づいたようで、
「な、なに見てんのさ。エッチだな」と言った。
「エ、エッチって何がさ」
「エッチはエッチだよ。ちゃんと集中しなよ」
「しゅ、集中って……んむっ」
抗議の言葉もそこそこに今度はひみかのターンだ。彼女はあゆみに唇を重ねると何度か彼の唇をついばむように連続で口付けをした後に上唇と下唇を挟んだ後再び舌を入れる。
形勢逆転の形で、今度はあゆみの方がそれに身を委ねる形になった。
お互いが互いを求め合い、心も体も溶けるような錯覚に時間も忘れそうになる。が、突然そこへ二人以外の声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと。押さないでよ、今いいところなんだから」
「これはアタシの人魂よ。見る権利はアタシにあるんだからね」
それは間違いなくイノリとあきなのものだ。
「へ?」
「な、なに?」
二人だけの世界に浸っていた彼と彼女は突然現実に引き戻された。慌てて声の方を見てみるとそこには青白い人魂がふわりと揺れて中には、イマリやメアリー、あきなやあさかが小さな画面の中に身を寄せていた。
「み、みんな。な、何やってんだよ」
それに気づいたあゆみが呆れたような声を上げる。
「や、ヤバい。気付かれたみたいだね」
「あはははは。ヤホ~、ひみ~。あゆ~。仲良くやってるようで何より。ふふふふお二人とも熱いですな~」
メアリーは気まずそうな顔をしており、イマリは得意のおとぼけで逃れようとしているのが見え見えだった。
「の、覗いてたのかい?」
ひみかも飛びのいてあゆみと少し距離を開けながら驚いた様子で声を上げた。
「い、いつから? 見てたの?」
「あゆみが凍らされてからこっち全部よ」
ひみかの問いにあきなが答えた。
「全部?」
「じゃ、じゃあ。やりとり全部聞かれてたってこと?」
「そう、全部。ああ、疲れた。私、大分役に立ったわよね。二人のやりとりくらい見させてもらわなきゃ合わないわよ」
あきなは能力を相当使って無理をしたようでやけになったように叫んでいた。
「あ、あの。ご、ごめんなさいね。の、覗くつもりはなかったんです。えっと……。どうぞ私達の事はお気になさらず続けてください」
あさかはワタワタとしながらも、興味深々という感じでこちらを覗き込んでいた。
「いや、つ、続きって。そんな、ねえ? ひみか」
あゆみも相当恥ずかしかった。が、これまでのこともあり自分がひみかに受け入れられたという事を見せつけられたという部分あった為まだ平静を保てたのだが、ひみかはそうではなかったらしい。
「み、皆に。見られてた? 聞かれてたって?」
ボンという音が聞こえたかと想うと彼女の顔は真っ赤になり、身体から熱い蒸気が溢れ出す。
それは見る見る内に辺りに広がって行き凍り付いた物が見る見る溶けて正常に戻っていった。
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