第51話

ビョ~~~~~~~~!


そそり立つ氷柱から氷の破片が降り注ぎ、大小様々な雪の塊が次々と襲い掛かかってくる。


「久方振りにみたけど、相変わらずの威力だね~。寧ろ子供の頃より強まってんじゃないかい。ははっ……大したもんだ」


メアリーは身をかがめながら腕を組みつつ言葉を放つ。確かに、二度起こされた能力暴走の時よりも大きな影響が起きている様だった。凍り付いた沼の表面の更にその上に小高い雪の山がこんもりと出来上がっていく。


「メ、メア姐。呑気にいってるけどさ、これどうやって収めるのさ」


「ふん、そんなの決まってるだろう」


そんなことを言ってニンマリ笑う彼女の元に凄まじい音を立てて大きな雪玉が迫る。が、


ザッスッ


メアリーは鋭い爪を振り立ててそれを一刀両断、余裕の様を見せた。


しかし、対するあゆみはそこまで平静を保ってはいられない。顔に困惑と焦りを浮かべながら問い返した。


「な、なに? わ、分かんないよ」


「それをするのはお前の役目さね」


 ビュ~ビュ~と鳴り響く吹雪の音に混じって返って来た言葉を聞いてあゆみは耳を疑った。


「え……。それって、僕に丸投げってこと? まっってよ、それ。雑な作戦だな~」


「丸投げって言い方は無いだろうに。あいつがああなったのはお前さんが女の子に取り巻かれてデレデレしたせいだろう」


 抗議の声を上げるあゆみに彼女は涼しい顔だ。


「ひ、酷い言い種。させたのはメア姐じゃないか」


「意外に雑いのよ。この女」


 突然真後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向いてみるとそこにはあきなが立っていた。


「あ、あきなちゃん。そうだよね、あきなちゃんなら兎も角、メア姐の考えた事とは思えないよ」



 日頃だらしなくしているあきななら兎も角、百鬼夜荘のまとめ役で、何かにつけて細やかに気配りをするメアリーの案にしてはらしくない様に思う。


「あん? アタシなら兎も角ってなにそれ。どういう意味よ」


「いや、あの。他意はないよ。あきなちゃんっておおらかだなって意味で……」


 あゆみの言葉に引っ掛かったらしく、あきなが詰め寄り、あゆみがフォローになってるんだかわからないんだかわからない言葉で返してタジタジとなった。


「あはははははは。言いたいことは分かるけどね。アタシにはこれが最適解に思えるのさ」


 その二人のやりとり愉快そうに見ながらメアリーが言った。それにあきなも続けて言う。


「ま、確かにね、実際あゆみ。あんたしかこの状態はどうにかできないでしょうね」


「どうにかって言ったって……」


「あゆみ、真面目な話だよ。ひみかがなんで暴走したと想うさね」


そこでメアリーは今までと口調を変えて真面目な顔になる。


「な、なんでって。それは、身体を温める時間がなかったから冷えてっちゃったんだと想うけど……」


「それだけじゃないだろ。女の子に取り囲まれて、告白されたからじゃないかい」


「だ、だから……そ、それは、メア姐がそうさせたから」


「確かにアタシが仕向けた事だよ。でも、それを見て何であんな風になったんだと想う?」


「そもそも、百鬼夜荘で話した時も様子がおかしかったよね。テーブルを氷漬けにしちゃったじゃない」


「そ、それは……」


 実は既に彼は二人が何を言いたいのかわかっていた。


 あさかにも言われたじゃないか。ひみかによる嫉妬心が露わになったということだ。あゆみがあさか達に言い寄られて困っている所をみてジェラシーを感じた事が引き金になったという事。


 それはつまり、彼女があゆみに異性としての想いを抱いているという事の証左……なのだろうか。この期に及んで彼の心は揺らめいていた。


 多分、そうだろう。そうだといいな。でも、そうじゃなかったら。頭の中でそんな想いがグルグル回りだすが、


「あゆ。ひみの所へ行って」


 いまりが叫んだ。彼女とあさかは祠の中に隠れて二人身を寄せていた。


「で、でも……」


 勿論、心の中ではすぐにでも彼女の元へ駆けつけたい思いがある。でも、逆に自分が止められなかったらこのまま大惨事に突き進みかねない。


「何ひよってんの! 今行かなくてどうすんのよ」


「あゆみちゃん、私もお願い! ひみかさん、きっと待ってるよ!」


 あゆみの弱気を見抜いたのか、更に言い募るいまりにあさかも言葉を重ねた。


「ぼ、僕でいいのかな」


 それは呟きに似た返答だったが、いまりには口の動きだけで十分通じた様だ。


「あんた以外誰がいんのよ。そして、愛の炎でひみかの心をとろかすのよ! は、はわ~。凍える大地。氷にとざれた少女が愛の力で助け出される。そして、通じ合う二人の気持ち! 着いていけるならなら着いていきたいわ~」


 始めはひみかの事を心配して言ってたのだろうが、言っている内にラブストーリー好き好きモードに火が付いたらしくいまりは後半目をきらつかせ両手を頬に当てながら恍惚の表情を浮かべている。


「そうですわよ。お兄様。ラブイズバーニングファイヤーですわ」


「ラブイズバ―ニングファイヤー~。何だかぁ~ハイカラでぇ~素敵な響きですぅ~」


 それにつられたのか、鼬娘と狸娘も煽るように声を上げた。二人は守の身体を壁にして寒波を避けていた。


 どの言葉も説得力が強い物とは言えなかったが、それでも、彼女らが自分とひみかの事を応援してくれているということが本心なのは分かっている。何より、ひみかの事をほっとくわけにはいかないのだ。迷っている時間はない。


「うん。わかった。僕、行くよ。でも、みんなは大丈夫?」


「こっちは任せなよ。出来るならこれを早めに収めて欲しいもんだね」


守がそういった所へ大きな氷の塊が振ってきた。そのまま行くと直接コースだが、


「ふん。なんのこれしき。炎!」言って口から大量の火炎を吐き出した。途端に、


ジュッ


と音を立てて、一瞬で氷は溶けてしまった。


「はぁ~、凄いですねぇ~。これが、ラブイズバ―ニングファイヤーですかぁ~」


「うんうん。まさしく、そうですわね。いいですわ、守。今度からはその技を使う時にお使いなさいな。私が許可しましてよ」


「や、止めてそれ。使うわけないじゃん。ハズイわ」


悪乗りしていう真奈美と美奈穂に守は渋い顔をする。でも、この調子なら問題なさそうだ。


「そうだ。いまり達は大丈夫なの?」


「う、うん。祠の中に二人で入れば大丈夫そう」


 そう答えるいまり達がいる祠の中には守が用意した狐火が灯っていた。あきなの人魂とは違い、狐火は実際の炎と同じく暖が取れる。


「私たちは気にしないで、ひみかさんの所へいって!」


続けて、言葉をかける為にあさかが顔を出したところへちょうど中型の雪玉が飛んでくる。


「あ、あさかちゃん。危ない!」


言われて彼女はそれに気づいたが一瞬身をすくませ思わずそのまま目を閉じてしまう。


バキッ


 何かがぶつかる音が辺りに響く。しかし、それは雪玉があさかに当たった音ではなかった。


「大丈夫っすか? あさかと姉ちゃん」


 目を開けるとそこに立っていたのは望月イノリだった。あさかに雪玉が当たる直前に彼がそれを蹴落としたのだ。

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