第49話

 あゆみは混乱していた。


 メアリーが思いついたという妙案を決行するために、人魂を操るあきなを含めて女性陣と何やらやりとりをしていた様だが、自分はその輪の中に入れてもらえることはなく蚊帳の外状態だった。そうこうしている内に、


「よし、じゃあやろうか」


とメアリーが一方的に宣言するが、


「メ、メア姐。ちょっと……やるって何をするの? ボク何も聞かされてないよ」


 と焦って抗議の声を上げる。しかし、


「いいんだよあゆみ。お前はそこに立ってればいいんだよ。まあ、見てなって」


 と返された為、頭から大きなハテナを浮かべながらもその場に立ち尽くすことになった。


 そこへ「パンッ」先ほどと同じようにあきなが手を打ちつける音が鳴り響く。そして念を込めると人魂の中にボンヤリと人影が浮かんでくる。どうも、石と既に対峙しているようだ。


「あ、ひ、ひみ……」


「シッ!」


 あゆみが声をあげそうになるのを見ると慌てたようにメアリーがその口を塞いだ。


「声をあげるんじゃないよ。ヘビに気づかれちまうじゃないか」


「ど、どういう事? そろそろ何をするのか教えてくれてもいいんじゃないの?」


「お前には重要な役割があるんだ。それはお前にしかできないことさね」


 二人のやりとりの間にもひみかと石の会話が聞こえてくる。どうも、ヘビの石は望みを言うように迫っている様だった。そのやりとりの中には完全な雪女にしてやるなどという言葉も聞こえてくる。


「へえ。大したもんじゃないか。そんな事が出来るもんなのかね」


 それを聞きながらメアリーは小声になりながらも、言葉の割には無感動に聞こえる声で言った。


「ねえ、メア姐は自分が完全な吸血鬼にしてやるって言ったら、それを叶えてもらう?」


 彼女も吸血鬼の母と吸血鬼の父を持つヴァンパイアハーフ。謂わば境遇的にはひみかと似たところがある。その彼女の能力は人の血が混じっている分純血の吸血鬼とは能力的に弱い部分もある。更には吸血鬼の弱点も一部受け継いでしまっていたとも聞く。


「……いんや。そんな気はさらさらおきないね」


 しかし、彼女はそれに対してピシャリと即答してみせる。


「どうして? 純血種の方が能力も高いし便利なんじゃないの?」


「確かに、そうかもしれない。でもね、アタシが純血の吸血鬼だったら、こうして人間の社会に溶け込もうなんて気も起きなかったかもしれない。今、ここに在るアタシは他の誰でも自分が選んだものさ。それを今更否定してなんになるっていうんだね」


 それは彼女らしい答えに思えた。確かに彼女がヴァンパイアハーフであるからといって何かに不自由しているようにも見えないし、何かに縛られてるようにも思えない。


「じゃあさ、逆に完全な人間にしてやるっていったらどう?」


頼もしい彼女の答えに、ふと好奇心が沸いてあゆみは更に尋ねてみた。


「それもごめんさ」


 が、メアリーはにやりと笑って即答する。


「どうして?」


「ただでさえ完璧超人のこのアタシがこのまま人間になってみな。男たちに言い寄られまくってしなきゃならない苦労をすることになっちまうだろ」


 あゆみに重ねて問われた事に、彼女は本気なんだかどうなのか分からない答えで返した。


「ふっ……。確かにそうかもね」


一瞬、笑ってあゆみもそのまま返した。


「真に受けてどうすんだよ。ここはツッコむとこだよ」


 とメアリーはそういうが、その内容は冗談として余り有効なものではないのだから、これ以上やりとりしても不毛なままだ。それはスルーしてあゆみは言った。


「……ひみかはどうだろう」


「え?」


「ひみかはお母さんと同じような雪女でいたいって思わないのかな」


人間である自分と半分雪女の血が混じっている彼女。それが壁になっているとは思いたくなかったが、この様な状況に至り心に不安が混じっていく。彼女はひょっとしたら雪女として暮らした方がいいと想ったりしてないだろうか。


「ふん。そんなわけないだろ。あいつの声に耳を傾けてごらん」


言われたと同時に人魂から彼女がそれを拒否する言葉が聞こえてきた。


「私の身体は私の物だ。そして私の身体の価値も私が決めるものだ。お前なんかに劣っていると言われる筋合いはない」


それは拒否と共に強い決意を伴うもので、あゆみの心を揺さぶった。


「な? あんたはそんな無用の心配しなくていいんだよ。それよりも心配しなきゃならないのはあいつの今在る状況だろうに」


「そうだった。彼女を助けるんだ。ねえ、メア姐。何か作戦があるんだったら何とかしてよ」


 そう、今は一刻も早く彼女の身柄を取り戻さなければならないのだ。あゆみはメアリーに彼女の思いついたという【作戦】の発動を促す。


「ああ、タイミングもよさそうだね。あゆみ、そこに立ってるんだよ」と言った後「あきな、人魂をひみかと石の間に持って行ってくれ」と指示を出した。


 言われた人魂はフラ~っと揺らめきながら場所を言われた位置に動いていく。


ひみかがそれに気づいて声を上げた。


「あ、あゆみ。ま、まっててね。私がヘビを倒してすぐに帰るから」


 あゆみも彼女の姿を見てほっとしながらも、自分が何をしていいか分からず微妙な言葉を返す。


「ひ、ひみか。だ、大丈夫? 無事だったんだね。よかった。い、いや。あのちょっと……えっと、メ、メア姐? ぼ、僕どうしたらいいの? ここに立ってればいいって話だったけど」


とそこへ、突然あさかが猛然と迫ってやってくる。そして、


「ねえ、あゆみちゃん。私、あゆみちゃんの事大好きなの。つきあってください!」


と言った。一瞬、何をいわれたのかがわからない。


 確か、いまりの企てで、彼女はあゆみとひみか双方に好きだという気持ちを伝えたということだった筈だが、何故ここで自分に告白してきたのか。


「へ?」


 一瞬状況が呑み込めず間抜けな声を上げてしまうと同時に人魂の画面向こうから、


 ビシッ


という音が聞こえて、その中の物が真っ白に凍結したのが分かった。


「ぐっぐるるるっるるるるるるる」


しかし、それと共に凄まじいヘビの呻きも漏れ聞こえてくる。

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