第48話

「ああ……。もう、このままみたいだね」


 人魂による外界との交信が途絶えた後、ひみかは再度繋がる事を期待して人魂の方を覗いていたが、暫く待っても音沙汰がない。


 勿論、その事に残念さを感じるし、心細さもあった。

 身体もドンドン冷えていく事が体感としてわかる。


 でも、あゆみと話した事でそれも少し和らいだ気がする。肉体的に抱かれた訳ではなくても彼の存在を感じる事で胸の内の暖かみが上がったようにも感じた。


 離れてみてこんな状況になって改めて想う。彼は自分にとって特別な存在なのだ。だからこそ、彼に会いたいという気持ちは高まっていた。だからこそ気持ちも急いた。早くここから出なければ……。


「よし、行くぞ!」


 そんな胸の中の気持ちを奮い立たせるように強い口調で呟いて歩みを進め始める。


 と、そこへ、


「おーい。おーい。おーい。おーい」


 先ほどから聞こえている呼び声が大分近くなっている事に気が付いた。そこで一旦足を止める。


 どこまでも続くと想われていた真っ暗な闇。しかし、先を行く人魂に照らしだされたその先が薄っすらだが視えてくる。


 今、自分が立っている場所の高さは自分の背丈よりも少し上くらいのものだった。が、人魂が照らし出すその先には大きくぼっかりと空間が広がっている様だった。


 ゴクリッ


 自分の唾を呑み込んだ音が頭の中に響く。直前まで躊躇いはあった。が、


 ここへ来て彼女の思考は急激に冷静になる。元より直接対決を覚悟でここまできたのだ。意を決して勢いよく中へ足を踏み入れた。


「来おったな」


 彼女に向かって鈍い緑色の光を放ちながら石がそう言葉を放つ。


「ふん。私の事気づいてたようだね」


「ここは私の腹中だ。何がどこにあるかなど知る事は造作もないわ」


 ここに向かっている時点で自分がいることは既に気づかれているらしい。やはりあの呼び声は自分へのものだったのだ。


「そうかい。まあいいよ。覚悟したまえ。ここが年貢の納め時だよ。私がお前を退治してやるからね」


 飽くまで口調はソフトにしながら、彼女は石の対面にどっしりと構えて言う。


「ぐっふふふふ。威勢がいいことだな。しかし、私は貴様と争うつもりはないぞ」


 対してヘビも鷹揚に応じる。


「こっちとしては闘う気ビンビンなんだけどね」


 その場で半身に構え戦闘態勢に入るひみか。


 しかしヘビはそんな彼女の様子にも動じる所か、


「まあ、そういきり立つでない。それより貴様は何か望みや願いは無いか?」


 などと言い放ってくる。


「あったとしても、お前なんかに関係ないさ」


「あるんだろう? 私が叶えてやるといってるのだ」


 そうだ。沼のほとりで石となったヘビの呼び声に応じて願いを叶えて貰った村人の話があった。確かにかなえられたようだが、その後悲惨な末路を迎えたとも伝えられている。


「お前に叶えて貰わなきゃならない願いなんてないね」


 ひみかもそれを知っていたから、そんなものに耳を傾けるつもりはさらさらない。


「そうか? 見たところ貴様は雪女と人間の混じり者なのではないか」


 そんなひみかにヘビは挑発するような口調で答える。


「ああ、そうだよ。だから、なんだっていうんだよ」


「見たところ随分不便な身体のようではないか。だがな、お前が望むなら私がお前を立派な本物の雪女に変えてやることもできるのだぞ。いい話ではないか」


「はあ?」


 一瞬、ひみかは何を言われているのか理解するのに時間を要した。


「中途半端な半妖である貴様から下らぬ人間の身を切り離して純血の妖怪にしてやるというのだ。悪くない話だろう」


「な、なにっ! ふ、ふざけんなああああああ」


 普段冷静なひみかが珍しく怒りを露わにした。


 確かに、人の世で暮らす中で己の身体が不便だと想う事は数多限りない。そのせいで人や仲間の妖怪達に迷惑をかけている部分もあるかもしれない。


 でも、それでも。彼女は生きる中で自分のこの身体を否定したことは一度もない。


 だって、この身体は雪女である母と人間であった父の間に出来た子供であることの証なのだから。異種族同士でありながら愛を育み生を営んだ生まれた結果なのだから。


 この身体を否定することは二人の関係を否定する事であり、自分が生まれてきた存在証明その物を否定することになりかねない。


 それに、この身体だからこそあゆみとの関係も深まったのだ。自分の今の境遇が二人の関係を微妙なものにしている部分もあるけれど、だからといって、この身体だからこそ積み上げられた彼との時間がある。


 それを否定することなどできるわけがないのだ。


「な、何故怒る? 劣った存在である貴様の身体を完璧なものにしてやるといっているのだぞ」


 言い伝えによれば大蛇は長い年月を沼で過ごし、龍となる修行を積んでいたとも言われている。そんなヘビの身からすればひみかの感情の揺れ動きは理解できないものなのかもしれない。


「私の身体は私の物だ。そして私の身体の価値も私が決めるものだ。お前なんかに劣っていると言われる筋合いはない」


 彼女は強い意志を持ってヘビの言葉をはねのけた。勿論、そこにはこの身体をあゆみも肯定してくれているという事実が自信となって後押ししていることも間違いなかった。


「ふん。理解できなんな。出来損ないのような身体を後生大事に抱えて生きていくつもりか」


「……。そもそも、美味しい事いってるけどさ。願いを叶えるっていうのも、目的があるんだろう。知ってるよ。お前は人の欲を糧にしてその身を成長させてるんだってね。叶えた相手はその後どうなるのかな」


 更に言い募ろうとするヘビにひみかはぴしゃりと言いかえす。


「確かに貴様の言う通り、私は望みを叶える事によってその相手と縁を結び欲を食らう。その後そいつらどうなろうが知った事ではない」


 欲というのは悪いもののように捉えられがちだが、いうなれば人の行動原理を司ったり、果ては生きる意味にも直結するものだ。それが無くなったら、中には動くことすら叶わなくなる者もいる筈だった。


「やっぱりね。上手い話には裏があるもんだっていうのが常だもんね。やっぱりお前を野放しにするわけにはいかない。だからそうだ。今、願う事があるのはただ一つ。お前を倒すことだ!」


 ひみかは指を突き立てて石に対して能力で攻撃しようとした。が、突然、石と彼女の間に人魂がふわ~と割って入るかのようにやってくると、中にあゆみの影が映り込んでいる事に気づく。


「あ、あゆみ。ま、まっててね。私がヘビを倒してすぐに帰るから」


 あゆみの姿をみて彼女は単純に嬉しかった、今からヘビの石と対決するというその間際に姿を一目見ただけで力を貰えたがして、満面の笑みを浮かべながら声をかけた。が、


「ひ、ひみか。だ、大丈夫? 無事だったんだね。よかった。い、いや。あのちょっと……えっと、メ、メア姐? ぼ、僕どうしたらいいの? ここに立ってればいいって話だったけど」


 戸惑いながら画面外にいるらしいメアリーの方に顔を向けて困惑したように話すあゆみ。すると、突然あゆみの横に向井あさかが現れて二人並んだかと想うとこういった。


「ねえ、あゆみちゃん。私、あゆみちゃんの事大好きなの。つきあってください!」


「へ?」


 あゆみの間抜けな返事をしたかしないかと同時くらいに、


 ビシッ


 そのやりとりがひみかの目に入った途端。凄まじい音が彼女のいるヘビの腹中に響き渡った。そして凄まじい勢いで辺りが真っ白に凍り付いていく。

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