第45話
「ひみかが呑まれたようだな」
闇夜に溶けるようにいつの間にやら白蔵陣八が姿を現した。
「あ、陣八様。そうなんです、どうしたらよいのでしょうか」
相手は数百年を生きる天狗の棟梁。あゆみは何かの打開策を授けてくれるのではないかという期待を抱きながらすがるように彼に尋ねる。
「ふむ、あの身体はいわば仮の器だ。そして、まだあ奴の霊体は石から完全に切り離れておらず肉体に定着していない。霊が移行している最中なのだ。だから、その分動きも不安定だといえる」
そういえば洗脳されて襲い掛かってきたイノリが大人しくなりヘビの軍団が消えてしまっている。
これはひみかが氷の沼に閉じ込め、ヘビの本体に二人で攻撃をしかけた為にそちらへ集中しなければならなくなったからだろう。つまりまだ本調子ではないのだ。
「では、そのカリソメのガワの腹を裂いてひみかと石も一緒に取り出すというのは可能でしょうか」
「うむ。そうさな。今現在は肉体的な攻撃がどれほど通じるかはわからんな。つい先ほど様子を見てきた限りではお前らが攻撃した部分が再生しておるようだった」
つまりガワもなんらかの術を使い守られているという事だ。それを貫くのは相当な力が要るかもしれない。という事は攻撃が成功して腹を裂くなり、ドテッパラに風穴を開ける事も難しいかもしれなし、もし出来たとしても、ひみかを一緒に傷つけてしまうかもしれないということだ。
「では、逆にヘビの霊体を肉体へ完全に定着した段階で叩くという訳にはいきませんか」
「ふむ。通常であればそれも有りだ。が、ヘビが受肉した段階で腹の中にどのような影響がでるかわからん」
今、ヘビの腹の中は石を守るために通常の肉体とは別世界になっているようだ。しかし、ヘビの肉として定着したらどうなるか。胃液にでも溶かされてしまう結果も考えられる。
「という事はやはり、奴を倒すには石を直接叩く以外にない訳ですね…。あの、ひみかが石の方へ向かっているらしいのです」
「その様だな。中から出るには今、本体を叩くのが最善。とはいえ焦る気持ちも分かるが……」
「はい。とても心配です。能力使用による身体冷却も始まってるらしいですし。早く出してあげないと、可愛そうですよ」
「そうさな。仕方がない、ワシの配下をまずは集めて奴を取り押さえよう」
既に彼の配下である天狗の軍勢が数名近場の森の木に待機している。それはいわば総力戦へと移行する事を意味していた。
「危険かもしれませんが、已むをえませんね。それで口をこじあけてでも僕がなんとか腹に潜り込みます」
「そうさな、口以外に腹の中へ入る方法があるか考えてみよう。そもそも、ヘビのガワである身も霊体の一部が流れて出てしまっていると考えられる。出来る事なら身と、石自体を同時に縛り攻撃できればいいのだが」
そう言いながら陣八は闇に身を溶かして消えていった。
「ひみか。待っててね、必ず助けるからね」
あゆみは両手を強くにぎりしめながら虚空に向かって呟いた。と、そこへ、
「あの……、あゆみちゃん」
陣八が消えたのとは別方向から聞こえた声に彼は身を向けて答える。
「あさかちゃん。どうしたの?」
「大変な事になったみたいね。そもそも、ヘビは私を狙ってたんでしょ。なら、ひみかさんが捕まったのは、私のせいなのかもしれないんだよね」
あさかの口調には申し訳なさと悔しさが混じっているのが感じ取れる。
「それは違うよ。ひみかだってそんな言葉を聞いたらきっと悲しむよ。大丈夫、ひみかは僕がなんとしても助け出す」
それを吹き飛ばすかのように、あゆみはことさらに言葉に力を込めて答えた。
「うん……」あさかはそれに頷いた後一瞬の沈黙の後にこう続けた「あのね、あゆみちゃん。こんな時に言う事じゃないかもしれないけど。ごめんなさい」
「だから、謝る事じゃ……」
あゆみはあさかがヘビの件で謝っているのかと想って言葉を返そうとしたが、あさかはその言葉を遮ってこういった。
「違うの。ヘビのことじゃなくって。その、さ。ひみかさんとの仲を取り持ってほしいとかって言っちゃったじゃない」
それどころじゃない案件が続き、言われるまですっかり忘れていた。
もう随分と前の事のように思えるが、昨日の事だ。
彼女からひみかの事をすきになったかもしれないと衝撃の告白を受けたのだった。
「あ、ああ。その話か。でも、それこそ謝る事じゃないよ。人が人を好きになる事っていうのは誰にもとがめられないしね」
自分が好きな人を好きだという人がいる。それは彼の立場からすれば認めたくない内容ではある。それでも、彼にそれを止める権利などないし、勿論謝られるような事ではないのだ。
「だから、そこなの。あの、なんていうか。あれ……なかったことにして欲しいの」
闇夜の中でもバツの悪そうな顔をしているのは察しが付く。彼女はとても言い憎そうな口調で、聞き捨てならない言葉を放つ。
「えっと、それってどういう意味かな」
一瞬言われたことが呑み込めず呆けたような口調で返すあゆみ。
「あの、なんていうか。本気じゃなかったっていう訳でもないんだけど。それに、勿論、ひみかさんは素敵だと想うの。短い間だけど接すれば接するほど魅力的だなって思うんだけど、でも……。あの、それは恋愛感情とは違うっていうね」
「えっと。それはつまり……」
ひみかと接している内に自分の気持ちの抱いている気持ちが恋心とは違う事に気づいたという事だろうかとも想った。が、
そもそも、彼女からこの話をもちかけられた時から何か違和感を感じていたのだ。
あさかの様なタイプだったら、自分が気になった相手には自分でぶつかっていくのではないだろうか。わざわざあゆみを介して仲を取り持ってもらおうなどと回りくどい事をするとは思えない。
元々彼女があゆみと仲が良く気軽に相談できるような相手だったら百歩譲ってあり得るかもしれない。でも、あさかにとってあゆみとひみかに出会ったのは同じ日ほぼ同時刻なのだ。そんな相手に恋の仲介を頼むだろうか。そうしたことを頼むならまだ彼女にとって付き合いも長いだろうイノリ、若しくは……。
そこまで気づいた時あさかがチラチラと目線をある人物の方に向けている事に気づく。
それを見て彼はある程度の事を理解した。
「はあ……。そういう事ね。君の仕業だったんだな」
彼はその人物に向かってジト目を放ち渋い声を向ける。
そうだ、間違いないのだ。こんな大がかりな仕掛けを施し、人の恋愛模様に手を突っ込んで
くるような人間。彼女以外に誰がいる?
「へ? ははははは。なに? あゆ。どったの? 何の話?」
目を向けられながらも、そらっとぼけた声をだしたのは彼の従姉妹にしてひみかの親友、望月いまりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます