第46話

「何の話って、聞いてたんだろ? あさかちゃんに妙な事をさせたのは」


「妙な事っていうのはどれだろ? あゆに対してひみの事好きなったから仲を取り持ってくれって言った件?」


 この期に及んで否定しても意味ないと想ったのか彼女は落ち着いた口調でそれを答える。


「それ以外にないじゃないか」


「あはははは。アタシはてっきり、ひみに対してあゆの事好きになったから仲を取り持ってって頼んだ方かと想ったんだけど」


「へ? えっと。それはつまり僕とひみかそれぞれに逆の頼みをしてたって事? な、何だよ、それ……」


 言ってその後彼は言葉を失った。いくらなんでも悪ふざけが過ぎるのでないだろうか。


 ただでさえ彼の理解を超えた話だったのに、更に新たな与えられた情報が意外過ぎて頭が一瞬ショートしそうになる。


「そもそも、あさかちゃん。何であんなことになっちゃったの?」


 非常識な従姉妹と話をしてると精神衛生上の危機に陥ることを恐れ、彼はあさかに対して言葉を向ける


「そ、そもそも昨日ね。私、あゆみちゃんにもひみかさんにも助けて貰って凄く嬉しかったの。ひみかさんだけじゃなくて、あゆみちゃんの事もだよ。本当に素敵だなって想ったの。二人の事を好きになったは本当だよ。でも、別に恋愛として付き合いたいとかっていうんじゃなくて、お友達として仲良くなりたいってそれだけの気持ちだったの。それもあるし、助けて貰ったお礼もしたいからどんな物がいいかなっていまりちゃんに聞いてみたら、ああいう風にするのがいいって言われたの」


「えっと……。まってまって、話が全然つながらないんだけど」


 そう言ってあゆみは戸惑いの声を上げる。


 前半は理解できる。ヘビの石に連れ去られそうになった時にそれを助けたに出たのは自分とひみかだ。自分としてはお礼をされるようなことをしたとも思っていないが彼女がそう想ってくれたという気持ちは否定しない。寧ろ嬉しい。願わくばそれをそのまま口に出してくれればよかっただけだとは思うが。


 問題は、やはりそこから先の事だった。


「い、いまり……」


 躊躇いながらも、あゆみは改めて我が従姉妹の方に顔を向ける。そこから先はなんだか聞くのが怖い。


「二人の為だよ」


 二の句が継げない状態のあゆみに対していまりは事もなげに答えた。


「え? ふ、二人って誰の事だよ」


「あゆとひみに決まってるじゃん」


 決まってんじゃんとそういわれても未だあゆみは意味を察する事ができなかった。


「な、なんでそれが僕らの為になるのかわからないよ。何言ってんの?」


「あゆ、ひみの事好きでしょ。恋愛感情として好きだよね」


「そ、それは。今、関係ないことだろう」


 突然関係ない話をふられたと想い反射的にあゆみはそう答える。


「あるんだってば。でも、それってひみに伝わってるのかな」


「伝える努力はしてるよ」


 そもそも、いまりには既に知られているので否定しても仕方がない。諦めて話に乗っかる事にする。


「でもさ。ひみの方にはかわされてる感じなんじゃないの」


 言われてあゆみはグサッっと胸をえぐり込まれて刺されたような痛みを感じる。実際、こちらの想いを伝えてもかわされたりはぐらかされたりしているのではないかという事も多かったからだ。


 が、かろうじて言葉を返した。


「で、でも。僕は届くと信じてるよ。自惚れかもしれないけど、この世で一番本気で彼女を好きなのは僕だし、彼女もそうだって信じてる」


 自分でもムキになってるなと思うくらい顔を真っ赤にして答えてしまう。


「それはアタシも否定しないんだよね」


 しかし、いまりはあっさりとそれを肯定してみせた。


「え?」


 それに対してあゆみは戸惑いの声をあげる。


「アタシもそうだと想うもの。アンタが想ってるのと同じくらいひみもアンタの事想ってると想う」


「そ、そうかな。そうだといいけど」


 想わぬところで続く全肯定の言葉。ムキになった分、あゆみは気持ちの持って行き所を失っ

 たようだった。


「ならさ。もういっそ。正々堂々と告白しちゃえばいいじゃん。好きです、付き合ってくださいって」


「そ、それは。今更、言うのも照れ臭いていうか。タイミングがあるっていうか。万が一断られたら怖いっていうか」


 そうしたいと何度も想ったことはある。でも、半分一緒に住んでいるようなもんだ。もし断られでもしたら気まずいではすまないではないか。


「もう、なっさけないな~。さっきまでの勢いはどうしたのよ。まあ、ひみの方はひみの方で想い秘めてることもあるみたいだからね。簡単にはいかないかもしれない……でも、だからよ」


「だっからってなにが」

 そう問い返しながらもここへ来てあゆみはいまりが何を考えているのかが段々読めてきていた。


「この恋愛マスター望月いまり様がババッと介入して二人の仲を進展させてあげようって算段よ」


「介入って、それがまさか……」


 やたらに胸を張って答えるいまりに対して何度目かの呆れ声をあげるあゆみ。


「そ。ラブコメのパターンでしょ。恋敵が現れる。その上その恋敵から自分の本命に対しての恋愛相談を受ける事で互いが互いを意識するって奴」


「それで、あさかちゃんにあんなこと言わせたって訳か」


 あゆみには、あさかがひみかを好きだと想わせて。ひみかにはあゆみを好きだと思わせる。なるほど、これであさかにとってはお互いが恋敵という関係になるわけだ。


「そゆこと。あゆ、アンタだって、少しは焦ったんじゃないの?」


「焦ったっていうか。どうしようかとは想ったよ」


 実際問題どうすればいいかは悩み所だがひみかは何度も「お断り」の経験を持っているから。そこは上手くやってくれるだろうという程度に考えていたのだ。


「ひみの方はひみの方でやっぱり影響があったみたいだしね」

 いまりはあさかから状況を説明されていたようだ。イノリの件もあるのでここに事前に話はしていたのだろう。


「ほら、あゆみちゃん。覚えてない? 水族館を出て海浜公園でお話したとき、私があなたに抱き着いたじゃない。そしたらひみかさんがペットボトルの中身を凍らせちゃったの」


「ああ、そういえば。そんなこともあったね」


 あさかから言われてあゆみもついお昼の出来事を思い出す。確かに自分の持っているペットボトルが凍りついた事に戸惑っている様子だった。


「あれ多分。嫉妬でしょ。能力を無意識に使っちゃってたんじゃないの」


「ん~。そう、なのかな」


 言われてみるとその後もひみかはおかしな挙動を繰り返していた。

 辺り構わず物を凍らせてしまったり自分の意識とは別に能力が漏れ出てしまったように見える局面が確かにあった。


「ジェラってテンパっちゃったんだね。可愛い~。私もジェラってるひみかの姿みたかったな~」


 なんだかその様子を楽しいものでもあるかのように目をキラキラさせて言ういまり。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。丸で何事もないかの様に話してるけどさ。いまり、このやり口は良くないよ」


 しかし、そんな彼女に対してあゆみは抗議の声を上げる。


「な、なんで? 結局ひみかもあゆの事すっごく意識してたきてるみたいじゃん。あゆにとってもいいことでしょ」


 いまりはいまりで口を膨らませて反論する。


「だ、だからって。人の事騙す様な真似してさ。あさかちゃんみたいな他人も巻き込んじゃってるじゃん」


「あ、あの。あゆみちゃん。確かに考えてみたらどんな理由であれ、騙されるのって気分良くないよね。その……」


 口論になりかけているのを見てあさかが間に入ろうとする。が、


「いや、あさかちゃんは悪くないよ」


 あゆみは即座にそれを否定した。更にそれに被せるようにいまりが、


「わ、私も。悪くないもん」と言ったが、


「悪くないって、じゃあどうやって収めるつもりだったんだよ」


「二人の気持ちが高まってるのがわかった段階で種明かしするつもりだったもん」


「無計画だなぁ。下手すれば僕とひみか、あさかちゃん三人とも気まずい関係になることだって考えられるよ」


 そもそも、これは当人同士の問題でやはり他社が割って入る事ではない。悪趣味な趣向であることは間違いないのだ。


「その時は私が間に入って説明するし。責任はとるし」


「それでどうにかなるもんかね。全く、昔っからそうだよ君は」


 いまりがひみかに初めてあった時の事を思い出していた。あの時の様に他人の物を無理やりとるような事は確かに無くなったかもしれない。が、


「あ、あの。あ、あゆみちゃん。あの、ご、ごめんなさい。。私が断るべきだったかも……」


 二人の様をみて横であさかは顔を真っ青にしているオロオロとしてしまっている。


「だから、あさかちゃんが謝ることないって。悪いのはいまりでしょ」


 人の心を思い通りにしようとしている事には変わらないのではないか。だとした、物をねだるより性質が悪い。


「わ、私が悪かったの……かな」


 突然、いまりが口調を変えてそうつぶやく。


「そうだよ。全く、君のそういう所は昔からき……」


 顔を向けてきらいだと言いかけた。が、その顔を見て怯んだ。


 いまりは今にも顔を崩して泣きそうな顔をしていたのだ。


 望月いまりはありとあらゆる人に好かれている。好意を陰に陽に受けるのが当たり前。だから嫌いというネガティブな言葉を言われるのに慣れていない。彼女にとって一番嫌いな言葉か嫌いという言葉だ。普通の人が言われるより大打撃を与える言葉だ。


 そして考えた。ひみかならどうしたらだろう。彼女にそんな言葉をかけるだろうか。これは二人にされた事。ならば二人の気持ちをぶつけなければならないことだ。


 いまりも自身で言っているように、悪気があってしたことじゃない。そもそも、ひみかに自分の気持ちをストレートにぶつけれていない。弱い自分がいるのも事実。ならば彼女に嫌いという言葉をこの局面でかけるべきではないのだろう。


 そんなことを一瞬の内に思いめぐらし出た言葉は、


「き、気を付けてくれたまえ」


 という言葉だった。

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