第40話

 あゆみとひみかは二人連れだって遊歩道の中を進んで行く。あきなが呼び出した人魂が辺りを淡く照らし出していたが、ある個所からその先は闇に彩られていた。


「これはヘビの瘴気が立ち込めているってことはもうすぐ傍だね」


 薄闇にまみれながらも黒い霧が立ち込めているのが見て取れる。


「ぐるぅううぅうううううぅぅぅぅぅう」


 更に、沼の中からはヘビの唸りが辺りに響いている。敵との距離もそう遠くはない筈だ。


「敵は沼の中か。さて、どうやって近づこうか」


 どれくらいの水深かは分からないが、少なくとも水の中で闘うのがこちらに有利とは思えない。


「大丈夫、私に任せなよ」


 言って沼のほとりまで近づくと、手を水面に乗せて力をこめる。


 途端に、ピキッーーーンという音と共に沼の表面が凍り付いて霧の発生源と想われる方向へと道を作る。


「流石ひみか。さんきゅっ」


「ふっ、これくらい何てことないさ」


 言いながら凍りついた沼の上に降りて立つと二三回踏みしめてみる。そして、


「うん、大丈夫みたいだね。さあおいであゆみ」と言ってあゆみに向かって手を伸ばした。


 人魂が揺らめきながら放つ光が下の氷に反射することによって、その場には独特の雰囲気が立ち込めている。


 ひみかの姿はまるで氷のステージに立っているように幻想的な光景に見えた。


「…………」


 その姿に見惚れてしまいそうになり立ち尽くしているあゆみに、


「一体どうしたんだい?」と小首をかしげながら声をかけるひみか。


「あ、ああ。うん、大丈夫」


 言って彼は伸ばした手を掴むと、彼女が軽く引っ張った。


「とっとっとと……わっぷ」


 するとそのまま彼は引っ張られて氷の上をつるりと滑ってしまう。そして手を掴んでいる彼女の方向に向かってぶつかっていく形になってしまった。


「たはっははっは。大丈夫かい?」


 彼女は笑って優しくその身を抱きとめ、手を彼の背中に回す。


「う、うん。大丈夫、ありがとう」


 自然と彼も彼女の背中に手を回してそれに力を込めた。淡い光だけが二人を照らしている。


 彼の身体の温もり、彼女の身体の冷たさ。


 薄闇の中で抱き合う二人は各々いつもより五感が研ぎ澄まされ、お互いの肌が密着している感触だけではなく、更にその奥。心の中にまでが溶け合うような錯覚に見舞われる。


「あ、あのさ。えっと……」


 何か言葉を発さなければと想った所で、


「ぐるぅううぅうううううぅぅぅぅぅう」


 ヘビの唸りが再度響き渡るのが耳に入ってきた。


 あゆみは我に返ったようにそちらに目を向ける。


「……とりあえずはヘビ退治が先だった。ひみか、言いたいことは色々あるけど、改めて一つだけ。僕と一緒にいて欲しい」


「聞くまでもないさ、君が望むなら私はどこへでも一緒に行くよ」


「ありがとう」


 それに対してひみかが頷き二人は舞い散る霧の目の前で立ち止まる。


「剛霊杖!」


 叫びと共に杖が光った。


「ずああああああああああああああ」


 気合を込めて光輝く杖を霧に向かって一閃。すると立ち込めていた霧が晴れていく。が……。


「いない?」


 霧が消え去った後には何もなかった。先ほど沼のほとりで遠目に見た時にはヘビの姿が揺


 らめいているように見えたが、その姿影も形も見えない。


 ズガンッズガンッズガンッ


 突然、何かが下から激しくぶつかる音が聞こえたかと想うと沼に張られた氷の一部に大きな穴が開く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る