第39話

 ヘビの本体へと向かう二人に気づきイノリもそちらに向かおうとした。が、


 ビシッビシッビシッビシッビシッ


 彼のすぐ目の前の地面に何かが突き刺さって行く手を阻む。それは白い陶器の皿だった。


「悪いけど、二人の後は追わせないわよ」


 更にすぐ傍で薄闇の中淡い燐光が瞬いたかと想うと、皿屋敷あきなの声が響き渡った。


「ふん、あんたの相手はアタシらがさせてもらうさ」


 姿は見えないが闇にまぎれてメアリーの声もどこからともなく聞こえてくる。


 イノリは辺りをキョロキョロと見回したがその姿は補足できないようだった。そこへ、


「いちま~い。にま~い。さんま~い……」


 そのまま四枚、五枚……。


 リズミカルに重ねて数えられていくその物はいうまでもない皿屋敷あきなの声。


 彼女が怨霊として井戸に潜みながら怨みの念を込めて数え続けていた皿の数だ。


 その声は恨めしそうでか細く、それでいてはっきりと聞く物の耳に染み入るような物で操られているイノリでも足を停めざるを得ないようだった。


「ろくま~い、しちま~い、はちま~い、くま~い……。やっぱり一枚足りない!」


 その言葉を言い終わったと同時に地面の皿がゆらゆらと揺れながらイノリのいる方向へ向かって放たれる。彼はたまらず飛びのいてかわさざるをない。そして態勢を立て直した後にあきなに向かって身構える。が、


「後ろがガラ空きだよ」


 メアリーが上空から物凄い勢いで背中に体当たりをかまし、イノリの身体は跳ね飛ばされた。


「さっきとおんなじ手にひっかかるなんて、身体は強くなっても頭はあまりよくないみたいだね」


 言いながらフワッと身体を浮かしなイノリの間近に距離を詰める。そして長く伸びた爪を倒れている彼に振りかざした。が、しかしその場から踏み込んで力を溜めたイノリの肘打ちが彼女の腹に刺さる……筈だった。


「ふん、甘いね」


 その言葉だけを残して彼女の身体は一瞬の内に霧状になり闇夜に溶けて見えなくなった。


 そのまま膠着状態が続く。


 一方、美奈穂と真奈美、守は襲い掛かるヘビ達と死闘を繰り広げていた。


 体長1メートル程のヘビはとぐろを巻いて威嚇するもの。地を這いながら迫りくるもの。木の上から飛び掛かるものなど行動パターンも様々だった。


 残りは三十体程だろうか、


「くっはあああ。どっりゃあああああああ。」


 美奈穂は一匹一匹を手の先にある鎌で一匹一匹刈り取っているのだが、数が数だけに疲れが目に見ていた。


「いや~、参ったな。流石にこの数はこたえるわ」


「はい~。くたびれてきましたね~」


 美奈穂の言葉に答える真奈美はその身を大きなハンマーに変えて地面を向かってくるヘビを撃退していた。


「ふん、近頃の若いもんはだらしがないな~。こんな程度もしのげないなんてさ」


 そんな二人の様子に呆れるたような言葉を放つ守に、


「ああ、やだやだ。日頃引きこもりで若ぶってるニート狐がここぞとばかりに年寄りくさいこと事言い始めるんだからな~……。ご老人こそ無理は禁物ですわよ、お爺ちゃん。ね、真奈美さんもそう思いませんこと?」


「そうですねぇ~。これからはぁ~守お爺ちゃんと呼んだ方がぁ~いいですねぇ~」


 言われた二人はこともなげに言い返す。


「だ、誰がお爺ちゃんだ。誰が!」


 と守が入れたツッコミが想わぬ隙を生んだらしく、上から飛び掛かってきたヘビが彼の身体に巻き付いた。


「し、しまった」


 白狐の姿である守の銅に同じくらいの大きさのヘビはジリジリと力を込めて締め上げていく。


「あ、ああ!ま、守、大丈夫?」


 流石に焦りの声を上げる美奈穂。


「だ、大丈夫ですかぁ~?お爺ちゃん!」


 本気で心配しているのかふざけてるのかわからない真奈美の言葉に、


「お、お爺ちゃんて、呼ぶなっってんだろおおおおおおおおおお!」


 叫びながら彼も全身に力を込めていく。


 対するヘビも更に力を引き締めて強めようとする。


「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおお」


 が、次第に守の力に押し戻されて最後には、


 ズバンッ


 音を立てて彼に巻き付いていたヘビの身がはじけ飛んでしまった。


「ひゅ~、やる~」


「すごいですぅ~、やっぱり守さん強いんですね」


 その様に若い二人ははしゃいで賞賛の声をあげた。


「はあはあはあはあはあはあ……、なんのこれしき」


 当の守は口ではそういったものの疲労の色がぬぐえない。


「とはいえこのままじゃ、埒が明かない。一辺に片付けよう。二人共ちょっと時間を稼いでくんない?」


 美奈穂としてもこのまま行けばじり貧となるのは目に見えていた。やはり一気にカタを付ける必要がある。


「なにかぁ~、策があるんですか~」


 ハンマーの姿でグルグル回りながらヘビを攻撃する真奈美。


「やるなら早くやってくれ。さっきので相当消耗しちゃったんでね」


 そういう二人も相当消耗していることは想像に難くない。


「まあ、ごらん遊ばしなさい」


 真奈美は髪をかきあげながら言うと、胸のまえで手先の鎌を突き合せた。


 カチンと響く金属音。


「秘技・烈風鎌嵐」


 その言葉と共に一迅の風が巻き起こったかと想うとそれは大きなつむじ風となり彼女の身体を呑み込んでいく。そして彼女の鎌がつむじ風の芯となり辺りにいたヘビ達を巻き込んでいった。途端にヘビ達の身は次々に引き裂かれていく。形勢は逆転した。


 そこから更に少し離れたところにはあさかといまりが成り行きを見守っていた。


「だ、大丈夫かな。み、みなさんやられたりしないよね」


「大丈夫大丈夫。みんな見かけによらず丈夫だから」


 不安げに言うあさかにいまりは落ち着いた言葉を返す。


「あと、イノリも普通じゃないみたいだけど。元に戻らなかったりしないよね」


 彼女の言葉には焦りと後悔が滲んでいる。


 そもそも、彼は自分をかばって連れ去られたのかもしれないのだ。本来なら自分が責任をとらなければならないのに。


「あいつはヘビによって操られてるみたいだからね、あゆみが倒してくれれば元通りだよ。ひみかもいるし心配ないって。信じなって」


 彼女とて、イノリの事も今の自分の身も保証されているとは言い難い状態。でも、幼馴染二人の能力は誰よりも身近に感じている。彼等なら何とかしてくれると信じていた。


「信じてない訳じゃないよ。信じたい。不安だよ。ヘビを倒したとしてもさ、その後の事もあるし。ねえ、いまりちゃん」


 彼女にはヘビの事以外にも心配事があるようだった。


「ん、なに? その後の事って?」


 言われたいまりはとぼけているのかなんなのか分からない返事を返す。


「どうするの? あの事。私言われたとおりにしたけど、なんだか二人に申し訳なくって」


「ああ、ああ。それこそ大丈夫だって。そちらは八割がたアタシの目論見通りに行きそうだよ」


 いまりはそれに対しても特に心配はいらないというように能天気な様を見せる。


「そうかな~」


 尚も不安そうに返すあさか。


 と、そんな二人が話している所へ突然、ガサガサガサガサと草むらから物音が聞こえる。


「な、なに? ひょっとして、へび?」


「あさか。火を付けて」


 言われてあさかは目の前にいくつか並んでいる一斗缶の中に点火棒で火を入れる。その中には枯草や枯れ木や新聞紙の間にタバコの葉が詰まっていた。彼女らとて、全く無手でその場に潜んでいたわけではない。そこに火をくべる事でヘビ除けの準備をしていたのだ。


 たちまち立ち込めていくタバコの煙に巻かれて、


「ケホッケホッケホッケホッ……ちょ、ちょっと~。煙い~煙いわよ~」


「あれ? アンリさん?」


 咳をしながら近寄って来たのは、ナメ山アンリだった。


「そうよ~。みんな先に行っちゃったじゃない。でも、私は貴方たちの事が気になって戻ってきたのよ~」


 手に持つ湯かき棒をブンブン振り回しながらいう彼女に、


「へ~。そうなんだ、ありがとう。でも、イノリの事狙ってたんじゃないの?」


 あいりは感謝半分不安半分で答えた。


「いいのよ~。私、若い男の子も好きだけど。女の子も大好きなの~」


 いまりは、彼女の正体をあさかに伝える。人の垢を舐めるのが大好きな妖怪なのだと。


「え~。私、どんな感じかちょっと興味あるかも」


 それを聞いてあさかはそんな言葉を返した。


「あら、本当? じゃあ、体験して……」


 言葉を言い終える前に突然彼女は身をひるがえして手に持つ湯かき棒を腰だめに構えて持ったかと想うと、


「いや~~~~~~~!」


 中空に向かって打撃を加える。そこにはいつの間にやら一匹のヘビが迫ってきていたのだ。


 そこから、物凄いスピードで湯かき棒で打突を続ける。それは新体操の選手がバトンをスピンさせるように華麗な動きだった。


「た―――――!」


 最後の最後にはヘビの頭に思いっきり振り下ろして大打撃。ヘビは目を×にして崩れ落ちた。


「す、すごーい。アンリさん強いんだね。見直しちゃった」


「んふふふふふ。そうでしょう? 私、やるときはやるんだから!」


 調子に乗った感じで彼女はそのまま棒をグルグルと器用に回転させて、最後、天高く上になげ上げた。が、その軌道は想ったよりも斜めにそれた様で彼女の視界から外れて後頭部を直撃……。


「はがっ……。ふぎゅ~」


 そのままコテンと倒れてしまう。

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