第37話
「よし、行こう」
あゆみの言葉に場の緊張が一気に漲っていく。
「はああああああっ」低い叫びを上げながらメアリーがその身に力を込めだした。
ザンッ
途端に背中から大きなコウモリの様な翼が現れる。
「アタシは先に池の上から様子を見に行ってみるよ」
「うん、気を付けて」
上を見上げながら言う彼女にあゆみはそう声をかけた。
「ああ、お互いにね」
そう言うと彼女は「ビュン」と翼をはためかせて上空に飛び上がった。
それを見送った後、あきなが手を身体の前にだらんと下げて言った。
「ともしび~」
すると、目の前に怪しい燐光を放ち大きな人魂がふらりと現れる。そして、一団の前をゆら~と揺れながら沼の方向へ先導していく。
「ありがとう、あきなちゃん」
そう言ったあゆみの傍にひみか、いまり、あさかの四人が人魂のすぐ後ろを歩き、他の妖怪達がその後ろに続いていく。そして程なくして深い森の中にポツンとある沼のほとりまでやってきた。
辺りを見回してもやはり人っ子一人いない。多少の荒事が起きても問題はなさそうだった。
沼の水面に目をやってみると細く儚い光を放つ月と星が写りこみ、波一つ立っていなかった。
「ひみか、頼むよ」
「うん。わかった、行くよ」
ビッシンッもの凄い音を立てて氷の壁が立ち並んでいく。それは沼の周りをぐるり取り巻いている遊歩道沿いに作られていき、完全な囲いとなった。
「よし、あさかちゃん。行こう」
あゆみは卵が入っている籠を手に持っていった。その中から一つを祠の中におく。
卵はヘビの好物だ。置くことによってヘビをおびき寄せやすくする算段だった。
「おけ」
そう返事をしたあさかはあゆみと連れだって口笛を吹きながら遊歩道を歩きだした。
ヒュー、ヒュー、ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒュー
甲高い音が辺りに鳴り響く。
それに続いてあゆみがそれよりも低い音で口笛をならす。
ビー、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ。
全部で六つある卵を途中途中で沼のほとりに置きながら彼らはぐるりと沼を一周していった。
その間特に異常もなかったようで、二人は無事に元の場所に戻ってきたが、最後の最後で、
「きゃー」
あさかが悲鳴をあげた。
「おっとっとと……」
あゆみの声もそれに続く。
「な、なになに? なんかあった?」
あきなが慌てた様な声をあげるが、
「ご、ごめんなさい。転びかけちゃって……」
暗がりの中であさかが転びかけた、それをあゆみが助けようとして抱きとめたのだ。
その姿が、燐光の淡い光に浮かびあがった。
「全く、驚かせないでよ。まあ、何事も……」
あきながそれを見て言いかけたところで、
ビッシッ
とてつもなく大きな音が辺りに響き渡った。
「今度は何だ? 襲撃か?」
今度は美奈穂が驚きながら辺りをキョロキョロと見まわす。
「いや、違う。ごめん、私の作った氷の壁が音を鳴らしたみたい」
言われて気づくと周りに張り巡らされた氷の壁が先ほどより厚くなっているように感じる。
「ふーん。へ~」
美奈穂はあゆみとあさかの方を見た後、ぐるりと取り囲まれた氷の壁に目をやり、そして、ひみかに目を移す。
「な、なんだよ。ニヤニヤしながら人の顔みちゃってさ」
「べっつに~。ただ、ひみか姉ちゃんにも可愛い所あるんだなって思ってさ」
「あら、そういう事。あんたにしちゃらしくないっていうか。らしいのかしらね」
「ちょっとは素直になるってことも大事って事なのかもしれないさね」
続けて言う美奈穂、あきな。そして上空からその様子を伺っていたらしいメアリーらの言葉にひみかは戸惑いの声を上げる。
「そ、それは。どういう意味さ。みんな、なにいってんの」
当のひみかだけその意味がわからないらしい。
と、そんな賑やかなやり取りをしていたので気づかなかったが、いつの間にやら、
ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ。
あゆみ達が歩いてきた遊歩道の方から足音が聞こえてきたのだ。
「え? ちょっと。だ、誰か人がいるの? まずくない」
ひみかとのやりとりを打ち切り、あきなが声を上げる。
「いや、そんな筈はないよ。今見てきた限りでは人がいるようには思えなかったよ。ねえ、あさかちゃん」
「うん。誰もいなかったし、道は氷の壁すれすれにできてたから、人が入ってきたようにも思えないけど」
沼の周りを歩いた二人としては人影すら目に入らなかった。壁があるから他所から人が入ってこれるとも思えない。
「じゃあ、一体。あの足音は……」
あきなの言葉にみんなが固唾を飲んでそちらに目を向ける。そして、その相手に初めて気づいて声を上げたのは美奈穂だった。
「イ、 イノリだ。イノリだよ」
「ともしび、いきなさい」
その言葉に反応し、顔を確認する為にあきなが人魂を傍にやる。するとその姿は望月イノリ
その人に間違いなかった。
「ほ、本当だ。イッくん。無事だったんだね」
あゆみもその姿を確認して弾んだ声を上げて彼に近づいて行った。そして、
「い、イノリ。良かった……」
あさかはやはり相当心配だったんだろう。感極まって言葉に詰まっている様だった。
他の面子も口々に彼への言葉をかけて、無事を喜んだ。が、
「…………」
様子がおかしかった。みんながそのように声をかけているのに、当のイノリは黙ったままだ。
「イ、 イッくん?」
それにあゆみも不審な態度に気が付いて足を止めた。と同時に、
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」
イノリが突然叫び声をあげてあゆみに襲い掛かる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます