第36話

 食堂でのやりとりをした後、陣八の配下である天狗達。そしてメアリーの眷属達からほぼ同時に情報が入ってきた。街で次々に意識不明で倒れる人達が現れたというのだ。原因はわらないが、人が倒れる前に謎の黒い煙が立ち込めていたことが確認されたという。つまりヘビがなりふり構わず人を襲いのだろう。このまま行けば被害は増える一方になる。


 事ここに至ってイノリの身を奪い返すだけでなく、ヘビを倒すのが急務となった訳だ。


 なので、やはり決着はその日の夜の内にした方がいいだろうということになった。


 あさかはまず一旦実家に帰り、百鬼夜荘に泊まる事にして親に許可を貰う事にしたようだ。

 流石に自分を囮にするといったら止められる可能性があるので本当の事は言えないからだ。


 決行時刻は午後十時。


 彼の沼地は町外れにあり、付近の住宅地などからも離れている。横には緑地公園が広がっていて、昼間には人出もそこそこあるが、夜になると一気に人気が無くなる。

 頃合いを見計らい予定の時間よりも前にまずは公園にみんなが寄り集まった。


「辺りには人がいないようだね。でも、万が一戦闘中に誰か来ちゃったらまずくないかい」


 メアリーは辺りを見回しながら言った。人気がないとはいえ万が一ということもある。誰か人がやってくると却って戦いの邪魔になりかねない。


「それは心配いらないよ。ヘビが出てきた時点で私が沼の周りを氷で囲うから、誰も入ってこれないよ」


 ひみかが掌を広げて力を込めるようにしていう。


「っていうことは、逆にこっちも氷の囲いの中に閉じ込め状態って訳ね」


 普段の洋装と違い白い着物姿のあきなが言うと美奈穂も、


「氷の金網デスマッチ状態って訳だ」と完全に言葉遣いを戻しながら「へへ、面白いぜ」と続けた。

 その手の先は既に鎌状となっており、それをビュンビュン振り回している。


「逃げ場はないって訳だ。文句は言わないよ。怖い奴は今から去りな」


 つまり戦闘が始まった段階で出ることも入ることもかなわなくなるという事。その前提に立ちメアリーはみんなが改めて覚悟を問う。


「メア姐、冗談いっちゃいけないよ。久々に大暴れ出来るんだ。寧ろウズウズしてるんだから」


 美奈穂は完全に戦闘モードとなり、かかった状態のようだった。


「真奈美は? 君、イッくんとは関係ないだろ。家で待っててくれてもよかったんだよ」


 美奈穂とは逆にいつもと変わらない姿のぽやーとした真奈美にあゆみが声をかけるが、


「冷たいこと~いわないでくださいよぉ~。ご迷惑でしたらぁ~、帰りますけどぉ~」


 普段、まん丸い顔の頬を膨らませながらそう答える彼女にあゆみは、


「いいや、そんなことないよ。仲間は何人いてもいいし、いてくれた方が心強いよ。ありがとう」


 言って笑顔で答えた。


「はい~」当の真由美はあゆみにそう返事をした後、隣に居る守に顔を向けて言った。「がんばりましょうねぇ~。守さん」


 言われた守は微妙な顔をして、俯き加減で答えて、


「ま、イノリは知らない中じゃないし。それに……」


 その眼差しをチラチラと真奈美に向けた。その様子に不思議そうな顔をして真奈美は返す。」


「どうかしましたかぁ~」


 正直彼の心境を言えば彼女の事が心配だという想いが全くないと問われたら嘘になるかもしれない。


「いや、近頃身体がなまってたからね。運動がてら参加させてもらうさ」


 が、そんな気持ちを悟られまいと、心にもない事を答えてしまう。


「私もイノリちゃんを助けるために頑張るわよ! で、あゆみちゃん」


 いつもの気だるい感じとはうってかわってナメ山アンリも張り切っている。彼女は手に何か棒のようなものを持ってブンブン振り回していた。


「はい、なんでしょう?」


 そう答えながら、あゆみはその振り回している物がなんだろうと、よくよく見てみると、それは風呂場にあった湯かき棒だった。


「もし、私がイノリちゃんを助けられたら、イノリちゃんの身体、舐めさせてもらっていい? ちょっとでいいの。若い男の子の垢を久しぶりに味わいたいのよ」


 彼女はこの期に及んでまだ懲りていないようだ。でも、仕方がない。それが彼女のアイデンティティであり、存在する意味ですらあるのだから。


「…………。それは、本人と交渉してください」


 それに対してあゆみもまともに答えていられないのでそんな言葉を返す。


「まあ、いいんじゃないの。あいつも年頃の男の子だし、却って喜んじゃったりして」


 そう言って一団の輪に入ってきたのはイノリの姉、いまりだった。つい今しがた到着したようだ。


「いまり! ご、ごめん。イッくんが連れてかれちゃって……」


「聞いてるって、謝らないでよ。あゆのせいじゃないんでしょ。寧ろ、我が弟が迷惑かけてすまないわね」


「そんな。迷惑だなんて……叔父さんと叔母さんはどうしてる?」


 息子が突然連れ去られたのだ。心境は穏やかではないだろう。


「父さんは怒るどころか悔し涙にくれてるよ。自分が動ければすぐにでもはせ参じるのにって」


 そもそも、ヘビ復活の元となったのは彼がぎっくり腰になった為だ。彼のせいとは言えないが、責任を感じてしまうのも仕方ないかもしれない。


「まだ、腰、良くなってないんだ」


 昨日の今日だし流石に全快とはいかないだろう。


「痛みは大分引いたみたいだけどね。大太刀回りする状態ではないね。お母さんが様子を見てくれてる。変わりに私が見守り要員としてきたわけ。あ、でも戦力は期待しないでね」


「そこは気にしなくていい。ただイッくんを奪還したら手当をしてあげて欲しいんだ」


「おけ。それくらいならなんとかするよ」言った後、辺りを見回す「えっとそいえば、陣八様は?」


 今、この場にはほとんどの住人が揃っているが全員ではない。この場に顔を出していないいものもいる。天狗の陣八、シロ。そしてジェシカの姿がなかった。


「ああ、森の木に潜んで様子を見てくれているよ。ここは一次防衛網みたいなものだから、破られたらシロさんと対応してくれることになってる」


 既に他の人間にも被害が出てしまっている。この場で今しとめる必要があるのだ。あゆみ達がやられてしまったその時の為。防護柵として陣八とシロ、そして彼の配下の天狗達が対応してくれるような手筈となっていた。


「そか。なら安心だね。後は……ジェシカさんか」


「ああ、母さんなら戦況によってはこちらにどれだけ被害があるかわからないからね。病院待機してくれてるよ」


 彼女は妖怪専門の医者なので救護要員ということになるのだった。


 こうして大蛇退治の布陣は固まっていった。

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