第34話

 あの後、水族館は大騒ぎになった。それはそうだろう。水槽の一部が割られて人が大勢倒れているのが発見されたのだ。煙が上がったという目撃証言もあったようだ。

 その為に消防、事故や事件の可能性も鑑み警察も呼ばれる事となり、倒れている人達は搬送され、訪問客は全員外へ出された。


 ひみかとあゆみも意識を取り戻したあさかを伴って外へ出た。まずは彼女に簡単な状況説明をしようという事で、水族館の脇にある海浜公園に向かう。途中自動販売機で飲み物を買った後、海岸沿いに作られている広い大階段に腰を下した。


「はい、まずはこれ飲んで落ち着けて」


 言ってあゆみは冷たいミルクティーを手渡す。


「うん。ありがとう……ところで、イノリはどうしたの?」


 その言葉にあゆみとひみかは一瞬かける言葉を失う。


 やはり彼女は事態を良く呑み込めていないようだった。


「あさかちゃん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」


「なに? なんかあったの?」


「うん。実は、イッくんはヘビに連れていかれちゃったんだ」


「え……」


 その答えは想定していなかったのだろう。あまりの事に絶句している様だった。


 その様子に心を痛めながらも、あゆみは起こった事を説明した。


「私のせいだ、よね」


「違うよ。そうじゃない」


「でも、私をかばったんだよね」


 ヘビが水槽から煙を吐きかけてきて、あさか達にすこしそれがかかったと同時に意識がもうろうとした。しかし、


「ふせろ!」


 イノリが叫んであさかを柱の陰に倒れ伏させてハンカチで口と鼻を覆ってくれた所までは記憶がある。お陰で煙に直接触れることも身体の中に入れることも避けられたのだ。


 煙を吸った他の人達の様子からすると彼等は未だ意識を失ったままであるらしい。

 あさかが意識を取り戻している程度に回復しているのは、イノリの判断の賜物といっていい。


「私のせい……だ」


「それは違うよ」


「うん。さっきあゆみにも言ったんだけど、自分を責めちゃダメさ」


 二人共きっぱりと強い口調で否定した。


「でも……」


「あさかちゃんだって、いうなれば被害者じゃないか。二回も襲われかけて……。僕が不甲斐ないばっかりに。ごめんね」


「ううん。あゆみちゃんは助けてくれたんじゃない。やっぱり私が……」


 正直彼女としてもここまで危険な事態が起きるとは思っていなかったのだろう。昨日の事を考えれば度胸が据わっているかもしれないし。攫われかけたものの助かったという事が逆に気を軽くした面もあるかもしれない。


 それは兎も角、二人がお互い自責の念をぶつけるような会話の応酬になりそうな所へひみかが口を挟む、


「はいはい。堂々巡りになっちゃってるよ。今は建設的な話をしなきゃ」


「そうは言ったって。一度取りにがしちゃってるし、イッくんがどんな目にあってるかもわからない。見つけるのはなるべく早いに越したことはないのに、このままじゃいつ見つかるか……」


 言っている内に心配な気持ちが極限に達したのだろう、それ以上の言葉が出てこない。

 しかし、あゆみのそんな様子にひみかは極めて冷静に言った。


「うーん。少し不思議なんだけどさ。そもそも、イノリは何故連れ去られたんだろうね」


 それはとてもシンプルな問いだったが、確かに謎だといえば謎だ。あゆみも、


「え? それは……」


 と返すしかない。


「だってそうじゃないか。他の人達は倒れたままだったよ。私が傍にいたけれども、こちらには目もくれなかったよ」


「それは……。あさかちゃんを狙おうとしたけど、邪魔されたからかな」


「じゃあ、なぜあさかちゃんは狙われたんだろう」


「うーん……。あっ!そもそも大蛇退治を主導したのが、旧村長一族、そして神社の神主一族だからじゃないかな」


 そもそもヘビが石となった原因を作り、そして石を管理、封じていた三家。それらに怨みを抱いていてもおかしくない。


 だから、村長一族の娘であるあさかが狙われた。そしてそれをかばったイノリもその対象だったと考えれば筋が通る。


「じゃあ、イノリも怨みを持たれてるってこと? じゃあ、ひょっとして、もう……」


 命をとられている可能性もあるという言葉をあさかはのみこんだ。


「いや、そうとは限らないさ。兎に角、一刻も早く見つけよう。まずは百鬼夜荘に戻ってみんなにも相談しなきゃ」


「うん、そうだね。きっと力になってくれるよ」


「……ねえ。ヘビは私を狙ってたんだよね」


 二人の会話を聞いていたあさかがそこへ口を挟む。


「うん、それはそうだけど。でも、さっきも言ったけど、だからといって自分を責めちゃだめだよ」


 あゆみはあさかがまた自分を責め始めてしまったのかと想いそう答えた。が、彼女の答えはその上をいくものだった。


「ううん。そんな事を言いたいんじゃないの。イノリは捕まったけど、ヘビがまだ私を狙っているんならば。私を餌におびき出せないかな」


「な! なにを言ってんの。危険だよ。二回も狙われてるじゃないか」


 あまりの提案にあゆみは慌て声を上げる。


「でも、二度あることは三度あるという言葉もある。もう一度狙われる可能性も否定できないかもね」


 そのやりとりを聞きながら飽くまでクールにひみかがいう。それに勇気づけられるようにあさかが続けた。


「私もそうなんじゃないかと想うの。だったらいっそね……」


「うーん。まあ、何にしろあさかちゃんの身の安全は図らなきゃならない訳だけど」


 あゆみはあゆみで考えることがあまりにも多くありすぎて答えに窮してしまう。


「だから、私を囮にしておびき出せばいいじゃない。それであゆみちゃんが倒してくれれば一石二鳥でしょ」


 彼女の口調や顔には真剣みが宿っている。やはり責任も感じているのだろう。それをはねのけるのも容易ではなさそうだった。とりあえず、あゆみはそれに対して、


「ま、まあ、とりあえず。その件は保留。勿論、あさかちゃんの事は何があっても守るから心配しないで」


 ここでの話は一先ずの状況説明のつもりだった。それは既に十分果たしたと言えよう。


「きゃー、あゆみちゃん。嬉しい~。お願いね」


 そういうあゆみに対してあさかが敢えてテンションを上げる意味もあったのか、大げさ

 に声を出してあゆみに抱きついた。すると突然、


 ゴキンッと鈍い音が響き渡る。


「な、なに? あ、ひみか! それっ」


 あゆみは音のした方を向いて目にしたものに驚きの声をあげる。


「あ、あれ?」


 目を向けられたひみかは戸惑いの表情を隠せないでいた。何がおきたか理解できていない様子で自分が持っていた清涼飲料水のペットボトルに目をやっている。


 それは買った時には普通の液体だった筈だが、中身が凍りついていたのだ。


 明らかに彼女の能力によるものだったが、その表情から自分で意識をしてやった訳ではなさそうだった。

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