第33話

 彼は全速力で間近にせまろうと駆け寄っていく。が、ヘビは向かっていくあゆみに対して口から黒い霧を吐きかけてきた。


「ワッタッタッ! くそっ……」


 それに気づいたあゆみはたたらを踏んで足を止める。そして、杖をクルクル回転させて煙を

 拡散させる。が、そちらに意識を向けた一瞬の隙にヘビ本体の太い尻尾が襲い掛かった。


 バシンッ


 身体に凄まじい衝撃と共にあゆみの身体はそのまま柱の方向へ跳ね飛ばされた。が、彼も負けてはいない。空中で態勢を立て直すと柱に手を掛けそのままグルンと一回転。そのまま再びヘビの元へ飛び掛かろうとする。


「ぐぅおぉぉぉぉぉぉおおおおおお」


 地鳴りの様な咆哮が辺りに響き渡った。

 対するヘビの側は鎌首をもたげながら大口を開けてあゆみを迎える構えだ。


 しかしそこへ、


 ビシッ


 鋭い音と共にヘビの尻尾の先端に氷のつららが突き刺さった。説明するまでもなくひみかによる一撃。


「ひみか、さんきゅっ」


 一瞬ちらりとそちらをみると、ひみかの傍に倒れている人々が集められていた。そして、周りにはバリアの様に分厚い氷を張り巡らせて身を守っている。


 先ほどと逆パターンでヘビは猛りながらひみかの方へ向かうが、その横っ腹へ杖で渾身の一撃をお見舞いした。


「ぎゃあああああああああああああ」


 それはヘビに相当な打撃を与えた様だった。身体をその巨体をうねらせてのたうち回った。

 が、残念ながら致命傷には至らない。

 ヨタヨタ、グニョグニョと身体をうねらせて動き回った顔の先。


 ひみかがいる反対方向、柱の陰に人が二人隠れていた。


「イッくん?」


「すいませんっす。逃げる機会を逸してしまったっす」


 そう叫ぶイノリにヘビは口から黒煙を吐きかけた。


「イッくん。逃げて」


 あゆみの声だけが空しく響いたが、煙はヘビ自身とイノリの身を包んだかたと想うと、少しづつその姿を薄れさせ、終いには消えてしまった。


「あゆみ! 大丈夫かい?」


 ヘビの姿がいなくなったのを見計らい、ひみかがあゆみの元へ駆け寄ってくる。


「ボクは大丈夫だよ。でもまた逃げられた。しかも、イッくんっも連れてかれちゃったよ」


 あゆみは悔しそうに床を叩く。


「うん、私も遠目に見てたよ。でも、ちょっと変じゃなかったかい? まるで自分からヘビに身をさらしたように見えたけど」


 あんな大きなヘビが目の前にいるのだ。しかも、辺りに危害を加えているのも隠れて見ていた筈なのに、彼は最後に抵抗しようともしてなかったように想えた。


「確かに、あのまま逃げようという風にしてなかったよね。一体、どうしたんだろう」


「あ……」


 ひみかは小さく声を上げると、イノリが影を潜めていた柱の影を覗き込んだ。

 すると、そこにはあさかが気を失って倒れていたのだ。


「あさかちゃん!」


「うん、大丈夫」


 ひみかは倒れている彼女のそばに屈んで様子を伺ったが意識はあるようだった。


「二人共逃げ遅れちゃってたのか」


「うん。ここにずっと身を潜めてたんだろう。私も二人がいないことに気づくべきだった」


 ひみかもいつになく悔しさを言葉ににじませて言う。が、あの状況で他の人間を守る事に手一杯だった筈。彼女にそれ以上の事に目を向けさせるのは酷というものだ。


「ひみかのせいじゃないよ。寧ろ良くやってくれた。でも……じゃあ、イッくんは」


「うん。きっと、あさかちゃんがここにいる事を悟られないように自分の身を晒したんだろうね」


 彼にとってあさかは大事な存在だ。昔からの古い幼馴染。そして、それ以上の想いも秘めている大切な相手。だから自分の身を挺してでも守ろうという意思を貫いたのだろう。


「なんてことだ。叔父さん、叔母さんに何て言えばいいか」


 この中では自分が一番年上であり、能力もある。責任を問われるべき立場なのに、ミスミスヘビを逃がしてしまい、イノリも奪われてしまった。


 自責の念で心が押しつぶされそうになる。


「あゆみのせいでもないさ。兎に角、一旦、百鬼夜荘に帰ろう」


 そんな彼の気持ちを察して、ひみかは優しく声をかける。


「……そうだね。ここでへこんじゃいられない。体制を立て直して絶対にイッくんは返してもらわなきゃ」

 ともすれば気力を失いそうになる心境を押し殺し、あゆみは決意と苦渋をにじませながら言った。

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