第32話

「剛霊丈が……」


気づいて懐から杖を取り出す。すると全体を鈍く震わせながら、二人が抱き合っていた柱の脇に設えられた水槽の方へ先を向けていた。


「あ、あゆみ。な、中をごらんよ」

先に気づいたひみかが差した指のその先。水槽内が真っ黒だった。


「こ、これは」


一見、下に敷かれている砂が砂煙でも起こしているのかと想ったがそうではない。よくよく覗いて見てみると、黒い煙が中を取り巻いているのだ。

それは昨日あさかを連れ去った際に石を取り巻いていた瘴気の煙と同じものだった。


「やっぱり、石はここにあったんだ。けど、なんだろう。それだけじゃない気が……」

あゆみの言葉通り、たなびく煙の間に間に二つの光がチカチカと瞬いている。

「あ……。へ、ヘビ」


「へ?」


ひみかの驚くような声を上げた。あゆみも釣られて彼女の視線の先に目を向けると、その先には水槽の中にいる生物を紹介するプレートが掛かっている。そして、そこには

『エラブウミヘビ』と記載してあった。全長は120cm以上の大きさとも書かれている。


「まさか。石を中に取り込んで……」


いや、寧ろ石がウミヘビを乗っ取ったというべきか。肉体を焼かれてその身を失い、石だけになったヘビの石は復活の機会を伺っていた。そして、最適な器を見つけたのではないか。

現代日本に普通巨大な蛇などはいない。そこで一番形の近いウミヘビの中に潜り込んだ。


「ぐぅぅぅぅるうぅぅぅぅぅぅるうううう」


あゆみがそう考えた途端に、まるで返事をするように、野太く不気味な唸り声が辺り一面に木霊すると同時に水槽の中の煙が一気に晴れる。


すると、ソレに気づいた水族館の訪問客達が水槽の方をみながら騒ぎ始めた。


「うわ、な。なんだあれは」


「え? あんなに大きいのいたっけ」


「すっげえ。写真写真」


「ママ―、おっきい蛇さん」


あゆみとひみかが声を上げる前に、彼等は思い思いの事を口にしながら水槽の近くに集まってくる。


そもそもこの『エラブウミヘビ』プレートには120cmとあった。しかし、煙の中から立ち現れたそれは明らかにそんな規模ではない。目測だが明らかに3mは超えていた。


更に水槽内から、近づいてくる人々に不気味な声が響く。


「おーい。おーい。おーい。おーい」


呼びかける声に目を向ける人々。そこへ向かって蛇は水槽越しに煙を吐きだした。その煙は水槽をすり抜けて集った人々の元へ届き彼等彼女等を包み込む。


「あ、あゆみちゃん。ひみかさん。大丈夫?」


異変に気付き、あさかが声をかけてきた。それに対して、


「あ、あさかちゃん。イッくんっ。ここは危険だ、離れた方がいい」


言ったと同時に、


「あゆみ!」


ふいに、ひみかの声がすぐ近くに届いたかと想うと彼女が体当たりしてきた。そのまま元居た位置から飛ばされて、彼女に覆いかぶさられる。


「うわっぷ! ちょ、ちょっとひみか、どうし……」


その言葉を言い終わらない内に、ガッシャーン。水槽が叩き割られる音が辺りに響き渡った。そして大量の水が溢れ出しすと同時にソレが姿を現す。


「で、でかっ!」


ソレを見たあゆみは思わず声を上げてしまう。


あさか達に声をかけてほんの一時目を離しただけだった。なのに、水槽から出てきた蛇は更に大きく5mくらいになっていた。


「人の霊力を吸ってでかくなったのか。クソッ。ひみか、倒れている人たちの様子を見てくれないかな」


「わかった」


あゆみはひみかにそう声をかけると、杖を片手にヘビへ向かって突き進む。

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