第30話

「な、なんだ。てめえは」


 言われたイノリは中学卒業したばかりの男の子だがガタイはかなりデカい。また、幼い頃から空手の心得もある。相手が大人だろうと凄まれた程度では怯むようなことはなかった。


「嫌がっているだろう」


 彼は言って男とあさかの間に割って入ると彼女の手をとって自分の方にぐいっと引き寄せる。


「イ、イノリ……」


 引き寄せられたあさかの身体はそのままイノリの胸にトスンと当たり、彼はそれを優しく抱き留める。


「な、なんともないっすか」


 軽く両手で彼女の背中に手を回し、心配そうに声をかけた。


「う、うん」


 見上げて答える彼女の顔は、薄暗い中でも赤らみを帯びているように見えた。


「な、なんだ。てめえ、関係ねえだろう」と、事の発端となった男Aが吠える。

「そうだそうだ。すっこんでろ」取り巻きらしい男Bが続けて言い、

「恰好付けてんじゃねえぞ」二人に乗っかるように男Cが引き取る形になった。


 テンプレの様なヤカラ台詞で言い募る三人の男。しかし、イノリはそれにも怯まず男たちを睨みつけながら言う。


「じゃあ、あんたらはどう関係あるってんだ」


 相手の三人は彼が未だ中学生にも上がっていないと想っていないらしい。


「そ、その嬢ちゃんが俺にぶつかってきてな。ケガしちまったから、ちょいと落とし前つけて貰おうとしただけだよ」

 男三人に囲まれながらも動じない彼に、Aは言い返すが言葉には少し迫力が薄れ気圧されている様だった。


「落とし前? 謝らなかったんすか」


 彼は未だにあさかの肩に回したまま、まっすぐ彼女に尋ねた。


「ううん。謝ったんだけど、お金払えって」


 返す彼女の言葉には自分の非を認めながらも、相応以上の要求をされた事に怯えがまじっていた。


「ふん。なら、そんなもんに従う必要はないっす。どう見ても怪我してるなんて、言いがかりっしょ」


 言ってイノリはあさかの腰あたりに優しく手をやると男たちとは反対方向に軽く押し出して「行くっす」そちらへ向かうように促す。


「お、おい。勝手なことしてんじゃねえぞ」


 駆けていくあさかの後ろ姿を見て慌てて男Bが言うが、


「へ、まだもう一人いるぜ。なら、こっちだ。お嬢ちゃ~ん。へへへ……」


 男Aはあゆみに焦点を変えたらしく、手を伸ばそうとした。が、それより先にあゆみはその手首に触れた。それに対して男は一見可愛い女の子から触れられて男は嬉しがるが、


「お、なんだ。お嬢ちゃんの方からエスコートしてくれ、ん……うっ、い、いたたたたた。」


 浮き立った様子だった男は途中で突然苦しそうな声を上げた。


 あゆみが触れた手首に力を込めたのだ。その力は見た目とは大きくかけ離れたものであり

 、手首が締まる事により血液の循環が止まったのだろう。見る見る内に掌が紫色に変わっていく。


 そのまま、男は白目をむいて半ば意識を失ってしまったようだ。


 あゆみも霊能の修行をするために身体を鍛えている。その力は大人の男一人くらいは上回るものなのだ。


「て、てめえ。なにしやがる」


「くそ、なめやがって。相手になってやんよ」


 異変に気付いた男Bがあゆみに迫ろうとした。しかし、


「へ? な、なんだこりゃ。足が、足が動かねえ」


「なにしてんだよ。こんな時にふざけやっがって」


 実は、そこから少し離れた位置にひみかが待機していて、Bの靴を地面と氷漬けにたのだ。


「ほ、本当なんだよ。地、地面に足がへばりついて持ちあがらねえ。それに、足が異様につうめてえんだ。ちょ、ちょっと見てくれよ。」


 言われてCがかがみこんでBの足元をまじまじと覗き込むと、靴の半分が氷漬けになっていた。


「……なんだこりゃ。お前、氷かなんかに足つっこんでんじゃねえのか」


 言って、CはBの足に手を置いてしまうが、それが彼等にとって更なる地獄の始まりだった。


「あ、な、なんだこりゃ。手、手が足に張り付いてとれねえ」


 更に、ひみかはBの足に置かれたCの手をくっつけてしまったのだ。

 その為かがんだ不自然な体制のまま、立ち上がる事も出来なくなってしまう。


「お、おい。お前こそなにふざけてんだよ」


 言ってBが今度はCの両肩に手を置くと「な、なんだこりゃ。か、肩に手が張り付いてと

 れねえ。冷たい。痛い。ど、どうすりゃいいんだ」


 ひみかが更に氷で固定しまったのだ


「お兄さん達。手、冷たいよね」


 あゆみが彼らの凍り付いた身体の一部と引けを取らないくらいに冷たい口調で語りかけた。


「な、なんだ。お、お前の仕業か。どうやってやったか知らないが、つまらないイタズラしやがって。何とかしろ」


 そんなあゆみにBは焦りの口調を隠しもせずに吠えた。


「何とかしろ? 口の利き方に気を付けた方がいいよ。それ無理やりはがそうとすると

 皮膚毎びりっといっちゃうかもしれないし。そのまま行くと凍傷になっちゃうかもね」


 しかし、身体を動かせない二人の間抜けな男の姿に怖さなどあるわけがない。寧ろ滑稽さすらあるが、あゆみは口調を崩さない。


「と、凍傷ってなんだ」


「俺、スキー行った時に聞いたことある。皮膚がボロボロになって細胞が壊死しちまうって」


 実際は、ひみかによって凍傷が起きないように調整されていた。が、脅しとしてはそれで十分だ。


「お兄さん、よく知ってるね。早く納めないと大変な事になるよ。それに、今は手で済んでるけど、それが心臓で起こしたらどうなるかな」


「な、なんだって。そ、そんなこともできるるのか……」


「う、嘘だろ。そんな事したら死んじまうよ」


 言われた言葉の重大さに流石に二人の言葉も切迫感が感じられた。


「ははははははは。い、いくらなんでも。冗談だよな? な?」


 既にその言葉にはさっきまでの敵意は感じられず、乾いた愛想笑いがまじっていた。


「ふふふ。冗談かどうか、お望みならば試してみる?」


「の、望んでない。望んでない。勘弁してくれ」


 それは降参の合図。哀れっぽさすら混じる男の言葉。


「それが人に物を頼む態度かな? まあ、いいや。ほっぽっていっちゃおうかな」


 ここで、もう一押しとばかりにあゆみは突き放すような言葉を向けた。


「ま、待ってくれ……ください。お、お願いします」


「た、助けてください」


 ついに観念したように土下座せんばかりに頭を下げて言う男二人。


「……。イッくん。どうしようか」


 二人の様子を見てあゆみはイノリに尋ねた。


「一つだけ条件があるっす」


「な、なんでしょうか?」


 イノリはそれに答えず距離を置いて退避していたあさかに向けて言った。


「あさか、ちょっと戻ってくるっす」


 恐々呼ばれて彼女はそれでもイノリの背中越しまでやってくる。


「三人共彼女に謝って欲しいっす。それが条件っす」


 威厳たっぷり、有無を言わさずそういう彼に、


「わ、分かりました」

 Bが答えたと同時にCがAに声をかけた。


「お、おい。寝てんじゃないよ。起きろ」


「は!? お、俺はい、一体? あ、あああああ」


 半分放心状態だった男Aは意識を取り戻した。そして、未だ手を緩めながらも腕を手首を

 掴んでいるあゆみに慄いて声をあげた」


「お、おい。あ、謝るぞ。あの、嬢ちゃんに」


 男Cは唯一自由になる片手をあさかに差し向けた。


「あ、謝るって? で、でも」


「いいから。謝るんだよ。てめえがそもそもつまんねえ言いがかりしたからこんな目にあったんだろが」


「そうだそうだ。俺らはいい迷惑なんだ」


 先ほどあゆみとあさかに因縁をふっかけた時には三人ともノリノリに見えたが既にその絆

 は崩壊していたようだった。


「だ、だけど……」


 尚も混乱しながら言い募ろうとしたが、


「お兄さん。今度は腕だけじゃすまないかもしれないよ」


 そのAに対してあゆみがいってニンマリと凄絶に笑う。


 その様子に恐れをなしたのか、


「ひゃひゃい」


 と返事をした後、三人が揃ってあさかへの謝罪の言葉を口にする。

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