第29話
「わあ、ねえねえ。あゆみちゃん。クラゲいるよ、キレイだね~」
「う、うん。本当だね」
腕を絡めながら水槽をクラゲの水槽を覗くあさかに気おされながらあゆみは返事をした。
結局、どこを探すかという話になって、湖に映し出されていた映像の中にあった水族館に的を絞る事になったのだが、ここであさかがペア替えを申し出てきた。
それを聞いてあゆみは一瞬、自分とひみか。あさかとイノリのコンビになればいいのにと願った。が、そううまくは行かない。彼女の提案はあゆみとあさか。ひみかとイノリの組み合わせだった。
「ね、ねえ……。あさかちゃん」
グイグイと身体に押し付けられて彼女の身体が当たる感触。
「なになに~、ふふ~ん?」
それを隠そうと顔を赤らめるのを必死に抑えようとしているあゆみ、それに対してニコニコと楽しそうなあさか。そんな二人は傍目に仲の良い女の子同士がスキンシップを量っているようにしか見えない。
それに春休みの館内は程よく混雑しており、また水族館独特の薄暗いライトの下では顔や体型などもはっきり視認は出来ず、彼らが注目される気遣いはない。だが、それでも彼は辺りを気にしてキョロキョロと伺ってしまう。
「ひ、ひみかと一緒じゃなくていいの?今日は彼女と一緒にいるためにきたんでしょ?
」
言って、彼は自身の現在の立場が分からないな。と想う。
あさかからひみかが好きかもしれないといわれた。そしてまた彼もひみかが明確に好きなのだ。
だから、本来ならこんなお願いは断るべきだったのだろうが、それは出来なかった。
あさかの勢いに負けたというのもある。でも、それだけじゃない。
「う~ん。勿論、ひみかさんと一緒にいるのは楽しいんだけど。折角お友達になったんだから、あゆみちゃんとも仲良くなりたいじゃない?」
あゆみがそんなことを考えているとは露とも知らない様子であさかはそんなことを言う。
「ま、まあ。そういってくれるなら嬉しいけど」
彼としても、新しく出来たこの可愛い異性の友人と仲良くなることはやぶさかではない。が、
「後、作戦会議もしたいしね」
という言葉にまた心がかき乱されてしまう。
「……作戦会議って、ひみかとの?」
言葉に詰まりそうになりながらも、あゆみはどうにかそれを口に出す。
「うん。今日は丁度会える機会ができたけど、これから顔を合わせられる事ってそうそうないもんね」
「うーん。まあ学年も学校も違うしね」
今はまだ春休みの最中だが学校が始まれば尚更時間を取るのは難しい。
家だって近い訳ではないだし。
「出来れば春休みの間にもう少しお近づきになれたらいいなって想うんだけど」
「うーん。それなら、遊びに来たら?」
これはつまり、百鬼夜荘へ来ないかとの誘いである。二人の仲を推し進めるつもりはさらさらないがとはいえ、とりあえず、約束をした以上なにかしら提案はしなきゃならないだろうという配慮である。
「え? 遊びにってどこへ?」
言いながら、彼女は水槽から離れ歩き出す。彼もそれに合わせた。
「うん。ひみか住んでいるのは家が管理してる共同住宅なんだよ」
「ああ、少し聞いたよ。あゆみちゃんのお家の裏にすんでるんでしょ。で、色んな人と住んでるんだよね? なんだかシェアハウスみたいで素敵じゃない」
「そんな、洒落たところではないけどね。良かったら招待するよ」
そう言いつつ、ちょっとした躊躇いもある。ひみかとの事もそうだが、単純に百鬼夜荘の建物自体が相当古い。リフォームはしているが、お嬢様育ちの彼女にはどう映るか。
「本当に? 遊びに行っていいの?」
「うん。まあ、問題ないと想うよ。他の住人もいるからうるさいくらいかもしれないけど」
と想いながら、思い出した。同じ中学へ入学するイタチ娘と狸娘に紹介するという約束もしてたんだった。引き合わせるにも丁度いいだろう。
「わ~、楽しみ。ありがとう。これでもっとお近づきになれるように頑張んなきゃ」
彼女はその提案を素直に喜んでいるようだった。その様子を見て、彼は気になる事をぶつけることにする。
「……ねえ。ひみかの事本気なの?」
「ん~、素敵な人だと想う。今日もちょっと一緒にいて、どんどん気持ちは大きくなっていく感じだよ。まだ、気持ちははっきりしないけど、どんどん惹かれるの」
「そっか……」
元々、ひみかは女性人気が強いのだ。だらか、このこと自体はそれほど不自然なことじゃない。
「あの様子だと、ひみさんって人気あるんじゃない? もてるでしょ?」
「うん、特に中学校では女子からは好かれていたね。呼び出しとかも受けてたよ」
学校内で彼女へ好意をもっていた人間は相当多い筈だ。彼自身、幼馴染ということで
橋渡しを頼まれそうにもなった。どうにか断ったが、今回も出来ればそうしたいところだが……。
「やっぱり告白とかもされたりもしてたのね」
「まあ、そういう事もあったよ。でも……」
「オーケーはしてないんでしょ」
「うん、全員断ってるはずだよ」
自分の知る限り彼女はその告白を受け入れた事例は一度たりともない。彼女は誰にでも、特に女子にはとても優しいが、だからこそ自分の気持ちを偽ることはしない。ダメなときはキッパリと断る。
「なんでだろ?」
「それは……。なんでだろうね」
とても、シンプルな問い。その答えは誰よりあゆみが一番知りたいことだったかもしれない。
「誰か、好きな人がいるとか? そういう事聞いたことない?好きだって言っている相手」
更に問われるあさかの問いに該当するかもしれない人物は一人いる。それは外ならぬ自分自身だ。彼女から何度も好きだという言葉も気持ちもぶつけられていた。
「……いや、どうだろう」
ただ、その【好き】の種類がどういうものかは掴めない。だから、胸を張ってそれを主張できないのだ。
「あゆみちゃんはどうなの?」
「な、なにが?」
更に更に、続けられたあさかの質問。しかし、これにあゆみはストレートに返事できない。
「ひみかさんのことどう思ってるの?」
そもそも、あさかからひみかの仲を繋いでほしいと言われたとき、断るのは簡単だった。
自分もひみかが好きだと胸をはって言えばよかったのだ。でも、その気持ちを当人にすら言ってないのに。あさかに言うのも違う話だと想ったのだ。しかしそんな気持ちを知る筈もなく、あさかにいきなり核心を突かれた質問を投げかけられて、
「えっ?」
その言葉にたじろぎ、彼は思わず足を止める。が、あさかは彼の腕をとったままだったので、慣性の法則が働くまま身体が前につんのめった。そして悪い事にその先にいた三人連れの若い男性に肩をぶつけてしまった。
「いてっ。おい、何するんだ姉ちゃん」
一目見て、あまり柄の良い相手ではなさそうに見える。
「あ、ご、ごめんなさい」
それまで上機嫌だったあさかも流石にうろたえて、ただただ頭を下げて謝っている。
「あ、ぼ、僕が悪いんです。ごめんなさい」
それに続いてあゆみも頭を下げた。しかし、
「いてえな。ヤバい。こりゃ、どっか骨でも折れたかも知んねえな」
ぶつかった男は大げさに腕をさすりながらそんなことを言う。
「タケシ、大丈夫か? こりゃ、大変だ。おい姉ちゃん、治療費払ってもおうか」
横にいた連れらしき男も顔をしかめて迫ってきた。完全に因縁をつけられた形だ。
「い、いくら払えばいいんですか?」
こうした荒事には余りなれていないのだろう、あさかがバックに手をいれた。
「あ、あさかちゃん。払うことはないよ」
当然、あゆみにしてみればそれは茶番だとわかっていたので、財布を取り出そうとしている模様の彼女を諫めた。
「あん? 勝手なこと言ってんじゃねえぞ。おっ?……」
片や中学一年、片や高校生になる年齢だが、二人共小柄なため、男はかがみこんで二人にメンチを切った。
「な、なんですか?ぼ、僕らそんなお金払えません」
「なんだ、薄暗くてよくわからなかったが、二人共なかなか……。おい」
そして、薄暗い中でも二人の顔を検めたらしい。既に書いた通り、見た目はうら若き乙女二人連れに見えるのだ。
「金が払えないってんだったらさ、まあいいや。ちょっと、俺たちと来いよ、その分楽しませてもらおうじゃねえか」
言ってあさかの手を取ろうとしたところへ、
「やめろ」
若い男の声が耳に入る。
そちらに目を向けるとイノリが一人で立っていた。
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