第28話

 藤浜市は県の最東端に位置し北と南、縦に伸びた面積の南側には三つの海岸を有している。中でも向浜と呼ばれる海岸地域は季節関係なく観光客で賑わっている。


 のどかな昼下がりの砂浜。独特の磯臭い匂いを含んだ風が若い四人を迎えるように吹き包んでくる。


太陽が照り付ける真夏の海とは違いうららかな春の日差しに照り返された波間を眺めるだけで心が洗われるようだった。


さて、これからどうしたもんか。


「さっき、沼に写しだされた場所ってこの辺だったよね」


「そっすね。角度的にもう少し進んだ場所かもしれないっすが」


「うーん。じゃあもうちょっと海寄りかな」


あゆみは言ってキョロキョロと当たりを見回しながら身体を動かすが、足を砂にとられてしまう。と、更にそこへザッパーンと、一際大きな波が迫った。


「うわっ!」


よろめいた拍子に勢い余って近くにいたイノリの方に倒れこんだ。


「おっと、だ、大丈夫っすか」


対して彼はそれを慌てて優しく抱きとめる。


「ご、ごめんね。イッくん」


年下でありながら巨体である少年の厚い胸板に顔を埋める形になり、あゆみは顔を赤らめた。そしておずおずと上目遣いで言う。


「い、いえ。これくらいなんでもないっす」


と何故か彼自身も顔を赤らめて返す。

不思議な空気に包まれたやり取りを少し離れた位置からひみかとあさかは見ていた。


「可愛いですね。あゆみちゃん」


「うん。あさかちゃんもそう思うだろ?」


微笑みながら言うあさかにひみかも嬉しそうにそう返した。


女装しているあゆみが可愛いことは誰にも否定できない事実だ。いや、ひみかにとってみれ

ば普段のあゆみも可愛くて仕方がないのだ。だから、あさかの言葉もことさら嬉しかったの

だが……。


「幼馴染なんでしょ? 相当古い付き合いってきいてますよ」


「うん。そうだね、幼馴染だし、ある意味家族みたいなものかな」


「へ~。何だか素敵な関係ですね」


あさかは海風に髪をたなびかせながら、目線は彼らの方を向いている。


「そうかな。まあ、ちょっと特殊な関係かもしれないけどね」


百鬼夜荘と金鞠家をお互い頻繁に行き来しているし、ほぼ同じ釜の飯を食う中だ。いわゆ

る一般的な幼馴染よりもさらに密な関係であることは間違いない。


「羨ましいです。私も特別な関係が作れるような相手がほしいな~」


その声の響きには幼馴染や家族といったものから更に越えたものを含んでいるように感じ

る。


「きっと、見つかるよ。あさかちゃんなら想いを伝えればきっと誰でも喜んで

くれるさ。私こそ、その相手がちょと羨ましいな」


「え、何が羨ましいんですか?」


「君みたいな素敵な女子に好意を抱かれるなんて誰でも羨ましいと想うに違いないよ」


このような返答はひみかにとっての通常営業。別に普段と変わるものではない。


「え~。本当に? 嬉しい! 実はちょっと気になってる人がいるんですけど」


その言葉に対して過剰に反応するようにあさかが答える。


「え、だ、誰かな」


この時点で内心、ひみかは困ったなという思いも抱き始めていた。別にうぬぼれではないが、

十中八九、彼女が気になっているのは自分自身だろうと検討を付けていた。


昨日、いまりにも注意されたばかりだが、実際女子から告白めいたものをされたことが多い

のも事実。当然、当たり障りのない言葉で断ってきた。


だから、ひみかの心の中は彼女から気持ちを伝えられたらどうかえそう。どうしたら傷つ

けずに返事ができるかをシミュレートし始めていたのだ。彼女にとってそれはとりわけ珍

しいことではないので、この時点では心に余裕があった。


が、次のあさかの言葉から始まる内容はひみかの予想を超える物だった。


「あの、あゆみちゃんってすごいですよね。可愛い上に、ものっ凄い一生懸命私の事を助けてくれようとして頑張ってくれましたし。とおおおおおっても素敵でした。」


「ああ、まあね。あの見た目とは考えられないくらい、勇ましい部分もあるんだよね」


大好きなあゆみを様々な形で持ち上げてくれる事でひみかは相当気分を良くしていた。

それに、話題が自分への好意をぶつけるといった内容とは逸れたようにも思った。が……が、


「はい、だから、私、あゆみちゃんの事、好きになっちゃったかもしれません」


「へ?」


ひみかは言われたその言葉の内容に一瞬ついていけず、柄にもなく間抜けな声を上げてしまった。が、あさかはそんな様子にも構わず言葉を続ける。


「だって、だって、可愛いし、強いし、優しいし。とっても可愛い男の子ですもの」


「……知ってたんだ。女装だって」


「勿論、父から聞いてましたよ」


彼女の父親、鉄平はあゆみの昔馴染だ。彼が何故女装をしなければならないかまで分かっている。あさかも聞かされていて当然だった。


「彼はまだ気づかれてないと想ってるっぽいけどね」


現段階で、あゆみは女装を表立ってすることも多くない。そして関わった人間に自分から進んで性別を言うことはしない。聞かれれば否定もしないといったところだった。


「ふふふ、バレてないって想ってるんですよね。なんだかそういう所も可愛い」


「……まあ、それに関しては異存はないかな」


性格的には隙も多い事も事実、でもそんな部分も含めてひみかは彼が好きだったので、否定はしない。


「それで、ひみかさんに頼みたい事があるんですけど……」


言いながらあさかは謎めいた笑みを浮かべて彼女ににじり寄る。


そんな様子から今までにない迫力を感じてひみかはたじろぎながら短く尋ねた。


「な、なにかな?」


するとあさかはその場で腕を伸ばした。そして、人差し指を突き立てて目一杯のウィンクをする。そして、


「ここまで話したら気づいてるかもしれないんですけど。あゆみちゃんと私の間、とりもっってくれませんか?」


そんなことを言って可愛い顔に小悪魔っぽい笑みを浮かべてそんなことを言うのだった。

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