第27話

「じゃあ、私とひみかさん。あゆみちゃんとイノリのペアで行きましょう」

「わかった。いいよ、それで」


 ひみかの腕に絡みつくといった体で身を寄せながら言うあさか。

 あゆみは苦笑しながらそう返事をするしかなかった。

 距離からしたらちょっとしたピクニックと言ったところだろう。


 しかし、楽しそうな女子ペアとは裏腹に男子二人ペアの間の空気はぎこちない。

 年も比較的近い従兄弟どうしだ。仲だって悪くないのだが、あまりにも特殊な状況が重なりすぎている。


「すみません。自分と一緒に行くことになっちゃって……」

 重い空気の中、先に口火を切ったのがイノリだった。

「え? なんでなんで? 別にイッくんと一緒でも楽しいよ……ってそんな場面じゃないけどさ」

そう言って屈託なく笑うあゆみ。


昨日に限らずイノリはこれまでも女装姿を見る機会はあったのだが、それは巫女装束の時だけだ。しかし今回、普通の服装をして女装をしているのを見ると女の子にしかみえない。

(こんな可愛い子が男の子で、しかも世話になっている従兄弟の兄ちゃんで、それでそれで)

小学校を卒業したばかりの思春期男子には脳の処理が追っつかなくても仕方がないだろう。

が、このままではいけない。それを態度に出しては兄ちゃんにも悪い。

彼は一度深呼吸すると、意を決したようにようやく言葉を返す。


「や、そうじゃなくって。ひみか姉ちゃんと一緒が良かったんじゃないかって」

そもそも、この場にはあゆみ×ひみか。イノリ×あさかできたのだ。

本来ならそのままで行動すればいい筈なのである。だが、


「えっと。そ、それは、どういう意味かな」

あゆみは見てすぐに読み取れるほどの空っとぼけた返事をした。


「流石にわかっるすよ。長年見てますから、兄ちゃんの気持ちくらい」

イノリもあゆみの気持ちくらいは当に気づいていた。

「……いまりから聞いたの? 」

別にあゆみはいまりに相談したわけではない。が、彼女にバレているということはしっている。

「姉ちゃんから聞かなくてもわかりますって」


幼い頃は特にイノリがいまりに引っ付いてみんなで一緒に遊んでもらっていた。

ある時期からあゆみのひみか好き好きオーラは前回で子供でも気づく物だった。

「そっか、周りにはわかっちゃってるのかな。でも、本人には全然届かないんだよな」

少ししょんぼりとした様子で俯く。そんなあゆみの様子を可愛いと想ってしまいそうになるのをイノリは抑えた。


「そう想ってるなら、なんであさかからの話引き受けたんすか? 」

「ああ、聞いてるんだ。その話」

「ええ。あいつ家に帰った後に連絡したんすよ。2時間くらいひみか姉ちゃんの武勇伝を聞かされました」

「それだけ、長く話すっていうことは仲いいんだね」

年頃の男女だ。それだけ長く話をするというのは普通ないのではないか。


「こんな話、自分にしかできないっすからね。で、話戻しますがなんで引き受けたんすか? 好きな相手の橋渡しってことっすよね」

好きになっちゃったかもしれない。間を取り持ってほしいというのは、そういうことになるのだろう。


「なんでって、引き受けるも何もこっちの意見を聞いてくれるような感じじゃなかったんだよ。結構、強引だよね」

勿論あゆみも進んで返事をしたわけではないが、拒否もできなかったのだ。


「ああ。あいつ、昔っからそうなんですよ。常に猪突猛進。思いつきで突っ走っちゃうんですよ」

「あはは、そうだったんだね、なんだかわかる気がする」

想えば、彼女が昨日同席した経緯もかなり強引なものだったようだった。


「ええ。逆に自分は図体だけはでかくて。でも、気が小さい臆病もんですから」

「違うよ。イッくんは優しいんだよ」

そうだ、昨日だって結局は叔父の元にいて最後まで面倒をみていた。

あれだけの混乱状態だ。パニックになって何も手を付かなくても普通じゃない。


「…………」

言われたイノリははにかむような、それでいて少し苦い思いが混じるような顔で沈黙する。

「ど、どうしたの」

「いや、実は自分。小さい頃、上級生にいじめられそうになったことがあるんです。でも、そこにあさかが助けに来てくれたんす」

「へ~。それは凄いな」


彼と彼女は同い年。ということは、彼を助けるために年上に立ち向かったということになる。

「いじめっ子を追っ払った後、さっきと同じようにいったんす。自分は臆病もんだから情けない。ごめんって」

「うん、そしたら? 」

「兄ちゃんと同じようにいってくれました。あなたは優しいんだって。だから自分が守ってあげるって」


「強いね。恰好いいじゃん。僕、そんな事言われたら惚れちゃうかも」

「はい。自分もそうでした」

「……。惚れちゃった、か」

想像していた通りの答えだった


「ええ。その上で自分は少し自惚れていた部分もありました。そんな風に気にかけてくれるってことは、それだけ想いがあるんだって」

「それは、そうなんじゃないの? 嫌いな相手にはそんな事……」

言いかけて言葉を濁し沈黙した。


彼とひみかの間柄がまさしく同じようなものだったからだ。

沈黙を埋めるようにイノリが続ける。

「でも、昨日起きたことを後で聞ききました。それで、あさかはひみか姉ちゃんを好きになったって。それって、やっぱり守ってもらった方が嬉しいってことじゃないっすか」

「ああ、まあ。ねえ。でも、それはタイミングもあったしねえ」

本来は彼女を助けるのは自分の役目だった筈だが、ひみかに大分助けられたのは事実だ。あさかにしたらヒーローに見えただろう。


「ひみか姉ちゃんになら、あさかを任せてもいいかなと思ったんすけど」

「ま、任せるって言ったってさ。お互いの気持ちっていうものもあるし」

今の段階で、あさかの気持ちはひみかに伝わっていない。そもそも。あさかだってどれくらい本気なのだろうか。


「勿論わかってます。今の段階ではあさかの一人相撲っす。それにあゆみ兄ちゃんの気持ちも考えるとそういう訳にもいかないっすからね」

ここへ来て煮え切らない態度を見せるイノリに喝をいれようとあゆみがいった。

年下の従兄弟の為に何かしてあげられないかという思いがもたげてきたのだ。それに、あさかとイノリがくっつけば、ひみかとの事も心配なくなる。


「僕の気持ちより、イッくんの気持ちがどうかだよ! 」

「じ、自分の気持ちっすか」

「そうだよ。好きなんでしょ? あさかちゃんの事」

「は、はい。そうっす」

イノリはドギマギしながら答える。それはあさかの事を好きだときかれたのもあるが、単純に女装した姿のあゆみにそんなことを問われたことのドキドキもあった。


「聞こえないよ。ちゃんと気持ちをつたえたいって思わないの? 」

しかし、あゆみはスイッチが入ってしまったようで、彼に言い募った。

「す、好きっす。今度は自分が守ってあげたいっす」

半分、自棄になった部分あるのかもしれない。ここ一番という感じでイノリが声を張り上げた。


「へ~。イノリってあゆみちゃんが好きなんだ。いつものあんたらしくないわね。好きな子相手ならそんなに男らしくなっちゃうんだね~。応援してるよ~」

気づくとあさかがこちらに手をヒラヒラしながら言っている。


そして隣のひみかもニヤついているようにみえるがそこに幾何かの皮肉が混じっているように感じたのは気のせいだろうか。

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