第23話
その声にひみかも今の状態を漸く思い出したかのように言った。
「ああ、そうだった。こんな所に長居させてすまない」
いえ、とんでもないです。
そんな言葉を言いかけたと同時に下の雪がエレベーターの様にすうと下がり二人を地面まで運ぶ。
そこに至ってあさかは感じていた疑問を口にする。
「こ、これってひみかさんがやってるんですか? 」
「ああ。信じてもらえないかもしれないけど、私。雪女なんだ」
「えっえええええええええ!」
「お、驚かせてすまないね。ひょうっとしたら気味が悪いとおもうかもしれないけど」
対してひみかは飽くまでクールに言葉を返すが、
「そ、そんな事思いません! 寧ろ、す、素敵です~。私、怪談とか妖怪とか大好きなんです。凄い凄い! 」
予想外の答えに、少し驚いた表情を見せる。
「そ、そうかい? 素敵っていうのはよくわからないけど。信じてもらえてよかった」
「信じますよ。そもそも、そうじゃなかったらこんな暖かい春の日にいきなり雪が現れるはずないですもん。あの、よかったら仲良くしてれませんか? 」
「うん。いいよ、こちらこそよろしく」
彼女らが賑やかなやりとりをしている一方、あゆみは忸怩たる思いでいっぱいだった。
あさかは取り戻したが石はどこかへ飛んで行ってしまい行方がわからない。
封印を重ねるどころか、解き放ってしまったことになる。
金鞠家代表としてこれ以上のない失態だ。
いや、そもそもこうなった原因のほとんどは望月正敏なのだが。
「あ、そうだ。いまり、叔父さんが大変なことになってるんだよ」
「え? なに?お父さん、怪我でもしたの? 」
いまりの口調に不安と緊張が混じるが、
「いや、ぎっくり腰になっちゃったみたいでさ。救急車とか呼ばなくていいのかな」
「また? もう、しようがないな。物を持つときには腰になるべく負担かけないようにっていわれてるのに」
彼女は心配して損したというような呆れ顔を作る。
「だ、大丈夫なのかな? 」
彼も歳若い為ぎっくり腰というのがどの程度の病気なのかがわからない。ただ、脳裏には泣きながら悶絶している姿が浮かんでいる。尋常な状態ではなさそうだったが、
「イノリが診てるんでしょう。対処は分かってるはず。大丈夫よ」
「そっか、それならいいけど」
そんな話をしているところへ、
「は、は……はっはっくしょんっ」
ひみかの大きなくしゃみが響いた。
「あ、ひみかが限界みたい。ちょっといってくるわ」
「はいはい、いってら~」
ひらひらと手を振って見送るいまりを後目にひみかの元へかけよるあゆみ。
傍へいき声をかけると、手水舎の陰に隠れるように入って行く。
きっと熱い抱擁が繰り広げられるのだろう。
二人のそんな様をトンとみてないので私も覗きにいってやろうかしらん。
そう想っているいまりの元へあさかが近づいてきた。
彼女を一人にするわけにもいくまい。とりあえず声をかける。
「間一髪ってとこだったみたいね。無事でよかった」
「ありがとう。いまりちゃん、ねえ、ところでひみかさんて知り合いなんだよね」
望月神社と旧村長である向井家は近い為家族ぐるみの付き合い。勿論、いまりとあさかも古い付き合いだ。
「うん。まあ、自慢の大親友で幼馴染だよ。今日だって私の所へ遊びにきてたんだから」
「そ、そうなんだ。じゃあ、あゆみちゃんと三人で仲良しなんだね」
「あゆみちゃん? へ~、あんたあいつのことあゆみちゃん呼んでんだ」
歳はあゆみの方が上の筈だが、相変わらず舐められやすい……もとい、どの年代にも親しまれやすい性質なのだな、わが従兄弟は。
「うん。歳上なのはしってるけど、気にしなくていいって。イノリはぶつくさいってたけどさ。本当に頭固ったらない」
「そうね、イッくんはもう少し年相応でもいいかもね」
望月家の長男として、ゆくゆくは神社を継ぐことを期待されているのもある為か、イノリは同年代よりも落ち着いているようには感じる。
「5年生になった当たりから急に態度も変わり始めてさ。ちょっと突き放したりすんの。あゆみちゃん達が羨ましい」
「はて? あゆとひみが? なんで? 」
「なんか異性の幼馴染って難しいのかなって。同性同士ならそんな事なさそうじゃん」
「異性の幼馴染。同性同士? 」
一瞬言っている意味がわからなかったが、丁度手水舎の陰から、ひみかがあゆみに肩を抱かれて出てくるところがみえた。
「ほら、同性同士ならあんな風に仲良くやれるんじゃん」
あゆみが現在巫女装束を着用して女性の姿だ。だからその様は女の子同士に見える。
「ああ、あれは…………」
言いかけたとき、彼女の頭にあることが浮かんだ。
(ふふふ、面白い事かんがーえた)
その日はこれ以上進展しようがなかった。
儀式をしようにも当の石が行方知れずなのだからまずは石の在処を探さなければならない。
望月、金鞠、向井3家の総力を挙げて探索するということでお開きになった。
ひみかはいまりの部屋に戻っていた。やはりもう少し帰宅が遅くなりそうだという。仕方なくあゆみは先に帰ろうとした。
すると、
「あゆみちゃん。今日は本当にありがとう」
向井あさかがやってきて言った。
「ううん。何事もなくてよかったよ」
正直なところ、彼女を助けたの自分一人の働きではない。ひみかの助けがなかったらどうなってたことか。それを想像すると肝が冷える。
「でね。ちょっとお願いがあるんだけど」
彼のそんな気持ちをしってか知らずか彼女は笑顔でそんなことを言う。
「なに? 僕ができる事なら何でも言ってよ」
あゆみはこの時、彼女から頼まれることが彼にとってとんでもない内容だとは露とも思わずそんな答えを返してしまった。
「本当に? ありがとう。あゆみちゃん、ひみかさんと仲良いんだよね」
「うん、まあ幼馴染だしね。長い付き合いだけど」
心に想いを秘めている相手と親しいことを誰かに伝えたい。そのことで距離が近いことが客観的に証明されるような気持ちも手伝って、少し誇らしげに答えた。
しかし、それに続くあさかの言葉を聞いて彼は心穏やかにいられなくなる。
「ならさ、ひみかさんとの中、取り持ってくれない? 」
「は? えっと。それはどういう事かな」
その内容は全く想像を超えたお願いだった。
彼の頭は一瞬真っ白になる。
そして、次の言葉で心臓が止まりそうなほどのショックを受けた。
「うん。今日、初めてひみかさんに会って優しくされて。私、好きになっちゃったかも」
言葉によるダメージは余りに大きく、言葉を振り絞るだけで精一杯だ。
「す、好きっていうのは」
「うーん。まだよくわからないの。でも、確かにトキメキを感じたのよ。だから、自分の気持ちも確かめたいし、それがはっきりしたら、ぶつけたいなって」
無邪気にあまりにも無邪気な言葉の連なり。
しかし、あゆみは相槌を打つのがやっと。
「そ、うなん、だ」
「あ、因みにひみかさんって好きな人とかいるのかな」
自分だとそう答えたい。
好きだとはいわれている。
でも、その言葉の意味。
それがあさかが聞いている意味かどうか、確かめられていない。
「ど、どうだろう。んー、わからないな」
「幼馴染のあゆみちゃんも知らないなら、多分いないのね」
それにはっきりした答えは持ち合わせていない。曖昧に返すしか術はなかった。
「そう、かもね」
そんな彼に対して、彼女はウキウキとした表情を浮かべ同意を求めてくる。
「ね、応援してくれるわよね? 」
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