第21話

「あさか、あれを出しなさい」

「はーい」

 父に言われた向井あさかは茶色のカバンの中から黄色い布包みを取り出した。大蛇の石を三分割した内の一つだ。


「今日来てくれた訳だし、将来の管理はあさかちゃんが継いでくれるのかな? 」

 石の管理は望月神社、金鞠家、向井家が代々行う事になっている。

 向井家の管理責任者は鉄平だが、将来は彼の子供が負うことになるはずだ。

 望月家の現代表、正敏もそこは気になる所だった。


「え~! それはまだ分からないけど~。なんか面白そうなんでついて来ちゃいました」


「いや、家にはせがれもいるし、まだ決めてる訳じゃないんだが……」

向井家は3人の子供がいる。あさかの上に大学生の兄。下は小学4年生の弟だ。


「私、昔からオカルト系の話とか怖い話が大好きなんですよ。最近でもそういう動画とかよくみてるし~」


 子供の頃から聞かされていた大蛇の石の話。その内容についても昔から彼女は興味深々だったという。3つの石が揃う封印の儀についても同行したいと何度も父にせがんでいた。

 が、父の鉄平は小学生にはまだ刺激が強い。万が一の危険があるかもしれないということで中学に上がるまではダメだと拒んでいたのだ。

 ようやく今年。あさかが小学校を卒業したこともあり同行の許可が下りた。

 奇しくも同学年のイノリも正敏のサポート役で参加。更に儀式の主体、金鞠家はあゆみがやるということで、三家次世代の若者が集う形にもなった。


 「興味本位で来るような所じゃないぞ。それに、お前が期待しているような面白い事はないんじゃないかな」

 「面白いか面白くないかは私が決めるわ。今は分からないけど、本当に石の管理をすることになるかもしれないし。なんかお話の物語の主人公になったみたいでわくわくするじゃない? 」

 「だから、遊びじゃないんだ。神聖な儀式で……」

 目をキラキラさせながら楽しそうに言うあさかを父はたしなめるように言い募ろうとしたが、


 「まあまあ、何事にも実地で経験するのは悪い事じゃないと想いますよ」

 あゆみが横から助け舟を出す。


「さすがあゆみちゃん、優しい~。ねえこれから毎年あゆみちゃんがやるんでしょ? 尚更、何だか楽しそう~。それにイノリもいる訳だしね」


「いや、自分はずっとやるかは分からないっすよ」


「え~。なんでそんなこというの? 寂しいじゃん」


「オレがいないと、寂しいっすか」


「そりゃさっきはああいったけどさ。学校も別々になっちゃうし、アタシは一緒にいられる時間があるのは嬉しいけどな」


「僕もイノリには手伝ってほしいよ」

 当の本人は二人の美少女(正確に言うと内一人は男の娘だが)に迫られてタジタジになった。小学校を卒業したばかりの奥手男子にはキャパオーバーの状況だ。たまらず、

「か、考えておくっす」

 という言葉を振り絞るのみ。それに対してあさかは、

「なにそのつれない返事。いいもん。じゃあ私はあゆみちゃんと仲良くやるもん。ねー? 」

 ふんっと横を向いてそのまま目のあったあゆみに向けていった。


「あさかちゃん、心配いらないよ。イノリが居なくても頼れるオジさんがついているさ」

 そこへ正敏が割って入るように言うが、誰も彼の相手をするものはいなかった。

 一瞬の静寂。


 叔父のセリフは無かったように仕切り直しとあゆみがあさかに向けていう。

「でも、儀式の中身自体は本当に退屈だと思うよ。少しの間、我慢しててね」

「はーい。大丈夫でーす」

 元気良く手を上げて返事をするあさかの言葉が合図となり儀式の準備が始まった。


 金鞠家、向井家の石はそれぞれ用意された三方の上にのせられる。

 望月正敏も布に包んだ石を三方の上に乗せようとかがみこんだのだが、そこで突然彼の腰から、

 ギクッという音が鳴った。

 ぎっくり腰が襲ったのだ。

「ぐぎゃ~~~~~~~~~~」

 彼は腰を押さえながらそのまま倒れこんだ。


 乗っていた石は転がり落ちたかと思おうと偶然3つが合わさる。そして光を放ちながらグルグルと回転したかと思うと完全な球体へ形を変えた。その周りには怪しげなモヤが取り巻いている。


「そ、そんなー。い、石が元に戻った? 」

 あゆみが驚きの声をあげる。


 その一瞬に判断が鈍った。皆があっけにとられてるその隙にモヤを取り巻いた石はあさかの傍に近づいたかと思うと彼女を中に引きずり込む。

「キャー」

 姿は完全に見えないがモヤの中から悲鳴が聞こえた。

 完全にとりこまれてしまったようだ。

 そのまま石は拝殿の外へふよふよと浮かびながら飛び出していく。


「あ、あさか。あさか~」

慌て鉄平が後を追う。

「ボクも後を追うよ。イックンは叔父さんを見ててあげてくれないかな」

 気づくと正敏は涙を浮かべながら、

「すまない、すまない、すまない、すまない」と呟きながら悶絶している。


 その涙が悔悟のものなのか、ぎっくり腰の激痛によるものかは分からない。が、何にしろ流石に彼を一人残しておくのは気が引けた。


「しかし、俺もあさかを……」

 彼が幼馴染を。その胸に想いを秘めた相手を。

 心から心配しているのが分かる。


 だから安心させるために、あゆみはいつもと違うように力強く言った。

「絶対に連れ戻すよ。待っててくれないか」

 身体が小さく性格も普段は穏やかだ。しかも今は女性の姿をしている。

 でも、だからこそ言葉にみなぎる説得力。


「わ、分かりました。お願いします」


「うん! 」


 その言葉を背に受けて彼は表に向かって猛ダッシュする。

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