第20話

 望月神社の拝殿には既に望月正敏とイノリ親子が正座している。その対面には旧村長一族の向井鉄平がいた。歳は正敏と同じくらい40代前半で現在建設会社の社長だった。彼とあゆみは既に面識があったが隣にもう一人見知らぬ女の子が座っていた。


 あゆみは巫女装束を翻してドタドタと駆け込んで入って行く。

「お待たせいたしました」


「おお、あゆみちゃん。すっかり晴れの姿が似合ってるじゃないか。多津乃さんが見たさぞ喜ばれるだろうな」

 会うのは2年ぶりになるか、そう言って鉄平は目を細めていた。


「そ、それはどうですかね」


 金鞠多津乃は色々なことを面白がりの祖母だった。女装だって元々彼女の提案でしたことだが、いじりまわされたりしたかもしれないなと思う。


 実際は彼女が生きている時にもこの姿になったことはあった。既にほぼ目が見えなくなっていた為その反応を伺うことは難しかったのだ。


 複雑な表情で曖昧に笑いを返す彼に鉄平が言った。


「あゆみちゃんは初対面だったな。娘のあさかだ」


 手をわが娘に差し向けて紹介したところで、正敏が思い出したように彼に声をかけた。


「あ、鉄ちゃん悪い。三方用意しなきゃなんないわ。一緒にきてくれないか」


 三方とは神社で神事に使われる台のことだ。


「なんだよ。マサやんは相変わらず段取り悪いな。どこだよ」


 一族の結び付きの中でこの二人の仲も相当気の置けない仲だった。


「あ、あの手伝いましょうか」


 それほど重い物ではないにしても、物を運ぶなら男手がいるかもしれない。そう思いあゆみも声をかけたが、


「いや、良いよ。あゆみちゃんにはこれから仕事してもらうんだ。それくらい大人でやらあね」鉄平に制されたので子供組は大人しく待つことになる。


 そこで改めて初対面同士の自己紹介タイムと相成った。


 口火は向井あさかから切られた。


「あさかでーす。よろしくね、あゆみちゃん」


「あ、あゆみちゃん?」


 あさかは派手な水色のキャミソールとカーディガンといういで立ち。

 その胸元から谷間が見えそうなくらい主張していてかなりのボリュームがある。

 が、背の高さはあゆみと同じか少し高いくらい。顔はまだ幼さを残していて髪はセミロングで、前 

 髪はぱっつんと切りそろえられたいわゆる姫カット。

 いで立ちからも恐らくあゆみよりも年下だろう。が、それを口にするべきか悩んでしまうところを、


「こら、あさか。年上に向かってそういう口の利き方はよくねっすよ」

 イノリが割って入ってくれた。


「え……あ。そうだったんですか。てっきり年下だと想っちゃって」

 言われたあさかはかなり意外だったようで動揺の色を隠せなかった。


「うん、ボクは一応次で高校生になるんだけど」

 少しやるせない気持ちになりながらも彼にとってこんなやりとりは日常茶飯事だ。

 勤めて明るく言葉を返す。


「あら、じゃあ3つも上なんですね。ごめんなさい」

 つまり彼女は中学1年生だった。全然想定内だ。


「いや。そんなに気にしないでいいよ。よろしくね」

 寧ろ、変に気を使わせても悪いなと想い始めていた。


 そんな気持ちをしってかしらずかあさかは屈託なく言う。

「あは、本当に? じゃあ気にせずあゆみちゃんて呼ぶね」

 中々に豪胆な性格とみえる。


「おいおい、調子にのるんじゃないっすよ。大体いつもお前は……」

 それに対してイノリはあゆみに目を向けながら言った、


「うるさいなー。しょうがないじゃん。あゆみちゃん、あまりに可愛いらしいんだもん。年下だと想っちゃうよ。イノリだってそう思うでしょ? 可愛いじゃん」

「いや、オ、オレは……」


 自分がそんなことをきかれるとは思っていなかったらしく、彼は困ったようにあゆみの方に目を向けた。あゆみはあゆみでなんだか妙な方向に話がいっているなと想い、ちょっと困ったように彼に顔を向けた。


「イッ、イッくん? 」


 見た目で言えば巫女装束の美少女が上目遣いでイノリに顔を向ける。しかし、その相手は昔から世話になっている年上の男の子。健全なる中学1年男子の経験としは既にキャパを超えてしまっていた。


「かはっ」


 イノリはたまりかねたように奇声を吐き出すと真っ赤になってうつむいてしまった。


「ね? 可愛いと想っちゃうのしょうがないでしょ」


「……か、可愛いは可愛いっすけど


 尚も言い募るあさかに対してイノリは言葉少なに返す。


「た、はははは。参ったな」


 あゆみもその様には苦笑で見守るしかなかった。


 このまま話が続いてもあまりいい方向へは行かないような気がしたので、彼は話題を変える。


「ところで、そうしてやり取りしてる所をみると二人は知り合いなんだ」


「同い歳で6年間同じ学校、同じクラスの腐れ縁すよ」


「なにそれイヤミな言い方~。私はイノリと一緒で結構嬉しかったのにな。嫌だったわけ? 」

 あさかは腐れ縁という言葉にひっかかったらしい。


「そ、そういう訳じゃないっていうか、俺も嬉しくなかったわけじゃなかったっていうか……」

 イノリも少しイジを張ってみただけなのだろう。本当はこの魅力的な幼馴染と一緒に居られて嬉しかった筈なのだ。あゆみもそれはよくわかる。


「ふん。もういいよ~だ。中学は別々になったんだし、腐れ縁が解けてよかったじゃん」


「腐れ縁でも、縁は縁っす。それが途切れるのは……」


 イノリの言葉は弱弱しい物になり形勢は逆転していた。いや、初めから優位に立っていたのはあさかの方だったか。


「あら、寂しい? やっぱり、私と離れ離れになって寂しいの? 」


「ふん。そ、そんな訳ねっす。清々するっすよ」


 イノリの見事なツンデレセリフ。あゆみは姉と弟でこうまで違うかと胸の中で想いながら聞いた。


「縁が途切れるっていうことは中学別々になるんだね」


 その問いに対してあさかは目を輝かせて答えた。


「そう、私は聖蘭女子学園に入学するの」


「ふん、聖蘭女子といえば小中高一貫っす。部外者ってことでせいぜい省られないように気を付けることっすね」


 それに対してイノリは皮肉っぽく言い添えた。


「あんたこそ、私と離れて寂しいからって毎日枕を濡らすような事のないように祈ってるわ。図体ばっかりでかくて気弱なくせに」


「べ、別に心配ご無用っす。お前こそ自分の心配をしろっす」


 そのやりとりをきいてあゆみは思い当たった。聖蘭女子と言えば美奈穂や真奈美と同じ学校だ。


「あさかちゃん。実は聖蘭女子にはボクの知り合いも二人入るんだよ。一緒になったら仲良くしてやって欲しいな」


 正確には二人でなく、鼬と狸なのだが、それは今言わなくてもいいだろう。


「はい、勿論勿論。周りは女子ばっかりになるし、楽しみな反面、正直緊張しちゃってるの」


「それは丁度よかったな。知り合いも中学からなんだ。よかったら紹介するよ」


 そんなやり取りをしている所へ、大人二人が戻ってきて言った。


「お待たせ~、さあ始めようか」

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