第19話

 金鞠家が沼から去っても特に問題がない日が続いた。


 それから大分経ち、明治が終わり大正の世になって暫くした時の事。沼のほとりを一人の男が歩いていた。


 すると、

「お~い。お~い。お~い……」

 

 お堂の方から呼び声がする。でもここは基本的に無人の筈。

 不審に思いながら中を覗くと誰もいない。

 

 しかし、


「お~い。お~い。お~い……」


 どこからともなく声は聞こえて続ける。


 薄気味悪くなった男はその場を逃げ出して村の者に話した。


 恐れる者もいたが、中には豪胆なものもいる。


 まだ年若い茂三という男が、


 「よし、俺が正体を確かめてやる」


 言って、お堂に向かうった。そして暫くして帰って来た。


 みんな口々に様子を聞いたが、


「そんなに恐ろしいことはなかった」

 

 と言いながら口を噤む。以降何を聞いても話をしたがらない。


 その数日後、男がどこからか大金を手にしたらしいとの噂が村に回る。

 五人家族全員今までとは比べ物にならないくらい身なりが良くなり、豪華な食事をして、働きもせずに遊んで暮らし始めた。


 村の者もおかしいく思い、聞いてみたがノラリクラリと言葉を返すだけだった。


 ついには村を出て町に新しい家に住むと言って越していった。


 みんなますますおかしいと想っていたが一月後、一家全員火事で焼け死んだとの話が入ってきた。


 村中の者は全員唖然としたが、中でも驚きながら青ざめた顔をした男がいる。金太といって茂三と親しかった男だ。実は彼にだけ茂三は話をしていたのだ。


 金太はすぐに望月神社にかけこみ神主の元にかけこみ、茂三から聞いた話をそのまま伝えたという。


 それはこのような内容だった。


 あの日お堂へ向かうその最中、確かに「お~い。お~い。お~い」という呼び声が聞こえてきた。


 でも、お堂の中を覗いても人の姿はない。


 ただ、声だけはする。


 気味が悪くなりながらもよくよく調べてみると、なんと声は石から聞こえてきていたのだ。


 驚きながらも彼はその石を手にしてみた。


 すると、


「お前の願いはなんだ。お前の願いを言え。お前の願いを叶えてやる」


 頭の中にその声が響く。胸の内に恐怖が広がる。でも、同時に彼は言わなければならないとの想いが急激にもたげてきた、


「金が欲しい。家族全員で楽に暮らしたい」


 それは誰もが望む平均的な願いだったかもしれない。


「そんな事でいいのか。ではいいことを教えてやろう」


 村の裏手にある山を分け入っていくと、一本の大きな杉がある。その根元を掘ってみろ。


 茂三は半信半疑ながら鍬を使って掘ってみたところ、そこになんと千両箱が埋まっていたのだ。


「茂三は大蛇は悪い物じゃない。福を授けてくれる神様みたいなもんだ。お前も行って声が聞こえたら頼んでみろよと言ってました。でも、オレは怖くて何か悪いことが起きないか案じてたんですが」


 彼の悪い予感は当たり、家族全員の焼死という最悪の結果に結びついた。


 大蛇の死に様も火を放たれて焼き殺されたものなのだから。偶然にしては出来すぎている。


 望月神社の神主はすぐに金鞠家に出向き相談した。


当時の当主、金鞠民代はすぐに事態を飲みこんだようだ。


「おそらく、大蛇の霊気が強まっています。そして、復活の機会を伺っているのでしょう」


その為に人の邪気や欲を吸いあげることにより力を溜めようとしている。


このまま行けば犠牲者は増え、更に大蛇がこの地に復活してしまう。


それを避ける為に民代はこの玉を3つに砕いた上で封印を施した。


 そして、各々を金鞠家と、望月神社、村長である池端家がそれぞれ管理することとした。


 以来一年に一度望月神社で封印が弱まらないようにする為の儀式が行われている。


 そして今日がその日なのだ。


 多津乃が亡くなって以来、あゆみの母である須磨子が変わりに行っていたが、彼女は身体が弱い。既に述べた通り霊能力を使うことは更に負荷をかけることを意味する。


 そこで、あゆみにお鉢が回ってきたわけだ。

 彼にも能力はある。しかし、金鞠家の女性と比べると能力は大きく劣る。

 ではその霊力を大きく引き上げる方法はないか。

 亡くなる前に多津乃はそれを言い残していた。

 

 それが男性であるあゆみが女性の装いをすることだった。

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