第12話

 その日の昼下がり。あゆみとひみかは町外れの小道を歩いていた。

 都会の喧騒とは無縁の長閑のどかな景色。周りにはポツンポツンと家が建つ間に小さな畑が連なっている中を進んだ後、左に折れた。


 そこからアスファルト舗装はなくなり、下は土で舗装された道がまっすぐ伸びている。

 手前に建っている鳥居をくぐり進んだ。更にもう一つの鳥居をくぐると目の前には小高い山がそびえたち、真ん中には階段が設えられていた。


 ここはあゆみの叔父である望月正敏が宮司を務める望月神社。

 あゆみとひみか。目的地は同じだったがそれぞれ別件で来訪している。


 「あゆ~、ひみ~。やっほ~」


 甲高くどこか甘えを含んだような独特の声に二人とも振り替える。


 まるでフランス人形かと見まがう美少女がそこに立っていた。

 あゆみの従兄弟、望月いまりだ。


 栗色でロングウェーブのヘアスタイルをなびかせながら笑顔で手を振っている。


 「やあ、いまり。おまたせ」


 ひみかは春休みを利用して彼女の家に招かれていたのだ。


 「全然時間通りだよ~、二人で来てるけど。あゆはお父様からの呼び出しでしょ」


 あゆみは叔父からある作業の手伝いを請われてきていたのだ。


 「うん、手伝ってほしいことがあるっていうんでね」


 「じゃあ、今日のひみは私が独り占め。頑張ってね~、お部屋デート楽しみ~」

 いまりはひみかに腕を絡ませながら楽しそうにいう。


 「デートだったら死ぬほどしてるだろ。別にひみかとじゃなくたっていいじゃないか」


 「ひみは特別だもん」


 「数多あまたいるボーイフレンドがその姿みたらどう思うかね。まあ、いいや。行ってくる」


 手を上げて彼は階段を上がっていく。


 その背に向かって、


「いってら~」といまり。

「頑張りなよ」とひみか。


 それぞれが声をかけて見送った後、いまりの部屋に向かった。

 望月家は敷地内にある社務所を兼ねた典型的日本家屋だ。


 廊下から障子戸を開けると8畳の広々とした空間が広がっている。

 床は本来畳敷だがカーペットで覆われていた。


 部屋の真ん中には二人掛けのソファと小さなテーブル。壁脇にL字型の勉強机とコンパクトにまとまったドレッサーなどを配置。全体的に白を基調としたその中で、淡いピンク色のベッドとカーテンが映えていた。

 

 「家に遊びに来るのも久しぶりじゃない?」


 「そっかなー。大晦日とお正月には手伝いにきたじゃないか」


 「あれは神社のお手伝いでしょ。部屋でゆっくりなんてしてないじゃない」


 「お互いに休む暇もない状況だったからね。でも、年越しも祝えた。新年頭からいまりにも会えた。私はそれだけで嬉しかったな」

 

 言ってひみかはポンポンと頭を撫でた。

 

 対していまりは顔を赤く染める。


 「え、えへへへへへへへへ。私もそれは嬉しかったけどさ」


 この二人。付き合いは相当長い。


 ひみかが引き取られてまもなく望月一家が百鬼夜荘を訪れたときが初対面だっただろうか。


 いまりは初対面のひみかが片手に嵌めていた腕輪を指差していった。


「これちょうだい。今からワタシのものね」


 それは、ひみかが母の元を離れるときにお守り代わりにくれたものだ。


 水晶に雪女の能力を使い加工した特殊なものだという。


 ひみかは一瞬ぽかんとした顔になると、


 「嫌だよ」と答えた。


 それはそうだろう。


 いきなり見ず知らずの女の子に自分の持ち物を奪われるいわれはない。


 ましてや、その腕輪は離れて暮らすことになった母から預かった大切な贈り物だ。

 渡せるわけがない。


 しかし、その答えに今度はいまりがポカンとした顔をした。

 彼女は彼女で何をいわれたかわからないという顔をする。


 (嫌だってなんだろう)本気でそう思った。


 因みに昔も今も、いまりはモテる


 もてまくる。愛らしい容姿をしているので人気があるのはわかるのだが彼女のそれは異常なくらいだった。


 一月に十回以上告白されるのはザラ。


 しかも、彼女は相手を絶対に振らない。

 なので、新しい相手ができてもそれを受けれる。


 いわゆる二股三股でいいならそのまま付き合う。

 そして暫くその期間が続くとなぜか前の相手が自然と身を引いてくれる。


 その為期間限定で順番につきあったりもしているようだ。

 にも関わらず、周りの誰しもが彼女を悪くいわないのだ。


 男女の恋愛だけではない。


 昔から老若男女誰からも愛されるキャラで、会う人会う人魅力にとりつかれる。

 皆がむき出しの好意を向けて、欲しいといったものは差し出してくれる。

 嘘をついても、いたずらをしても、何かのものを壊したりしても許してくれる。

 そんな不思議な魅力、オーラを放っている少女なのである。


 ただし、その魅力は普通の人間限定だった。

 金鞠家の様に霊力が高い人々や妖怪達は他の人々の様にむき出しの愛をぶつけることがないのだ。

 だからだろう。半妖怪のひみかにも彼女のオーラが効かなったのだ。


 男の子だろうと女の子だろうと彼女がほしいといえば誰もがそれを差し出すはずなのに。

 自分にとっての当り前を否定されて訳が分からなくなった彼女は更に言い募った。


 「だって、ワタシがほしいんだからくれて当然でしょ」


 「嫌だよ。あげるわけないじゃん」


 「な、なんで?なんでくれないの?ねえ」


 つかみかかりそうになる、いまりをあゆみが押しとどめる。


 「やめなよ、いまり。前からいおうとおもってたけど君ちょっとわがままが過ぎるよ」


 「なんで?あゆちゃん。あゆちゃんだっていつもワタシがほしいっていうものくれてたじゃない」


 「ああ、でも嫌だったよ。我慢してただけさ」


 「そ、そうなの?」


 いわれて、いまりはショックをうけていたようだ。


 「だって、みんなワタシの欲しいっていうもの、普通にくれたよ。みんな喜んでくれてたんじゃないの。ワタシ、ワタシ」


 「じゃあ、君は自分の大事にしているものをくれっていってあげられるのかい」


 「そ、そんなのあげられるわけないじゃん」


 「じゃあ、なんで他の人だってそうだって思えないのかな」


 「え、そ、そうなのかな」


 突然、彼女の頭の中で何かが弾けとんだ。


 「ワタシ、人のものとってたのかな。本当は嫌な思いさせちゃってたの?」


 うずくまったまま、彼女は幼い涙声をあげる。


 本当に言われるまで、そんな当たり前のことに気づいていなかったようだ。


 その様子にひみかもあゆみもどうしていいかわからず固まってしまう。


 すると、いつの間にか誰かがひみかの手に何かを握らせてくるのを感じる。


 それは青みがかった水晶玉だった。


 気づくと横に金鞠多津乃が立っている、彼女が握らせたものらしい。


 「ひみか。いまりのことが嫌いですか?」


 「んん、まだよくわからない。でも、なんだか聞いていたら可哀想なきもするし」


 「そうですか。では、彼女と仲良くしてあげてくれませんか?」


 「でも、どうればいいかわからないよ。腕輪はあげられない」


 「ひみか。腕輪を外してその水晶に能力をこめてみてください」


 「え。でも、また大変なことになっちゃうんじゃないかな?」


 「大丈夫、水晶玉を握って思いっきりぶつけなさい」


 「うん。わかった」


 いわれたままに水晶玉に力をこめる。


 その上から多津乃が更に手を被せた。


 キンッと音がしたかと思うと、水晶玉が中に白と青が混じったハート型に変わる。


 「わ、きれい。かわいい」


 「ひみかがよかったら。これを、いまりにあげてもよいですか?」


 「え、うん」


 幼心に一瞬惜しいなと思ってしまったが、自分には腕輪がある。


 それならいいかと思った。


 「ねえ」


 「な、なに?」


  いまりはその手の中のものに目をやりながら、怯えたような顔でかえした。


 「こっちの腕輪はあげられないの。私のお母さん遠い所にいるんだ。そのお母さんからもらったものだから」


 「そうだったんだね。ごめんなさい」


 いまりも馬鹿ではない。事情を聴けばそれがどのような意味を持つか理解できた。そして幼いながら自分の罪を意識したのだろう。涙声になりうつむきそうになる。


 「うん。わかった。許してあげるから。だからこちらを向いて。ねえ、手を出して」


 「な、なに?」


 恐る恐る、差しだれた手にひみかはハート型の水晶を握らせた。


 「変わりに、これあげるね」


 「え?」


 驚いた声を上げていまりは手の中のものに目を向けた。


 「く、くれるの?」


 「うん。私、安満蕗ひみか。あなたの名前は?」


 「も、望月いまり」


 「じゃあ、これで私たち。お友達だね」


 「お友達になってくれるの?」


 いまりにとって自分が望まずにものが与えてくれたのも、望まずに自分から友達だといってくれたのもひみかが始めてだったのだ。


 それ以降、ひみか、あゆみ、いまりは三人でよく遊ぶようになった。


 「ひみかにあの時拒否してもらえてよかった。あゆにも思ってたことぶつけてもらえて、今ならうれしいって思える。私あれから相手のこと考えるようになったんだよ」


 小学生高学年になった頃だったろうか。


 二人にいまりにそう告げられた。なんだか照れ臭かったが二人よかったと思った。


 が、それからのいまりは魅了のオーラにますます磨きがかかり、中学にあがった頃には続々告白され続けるという状態になった。


 あゆみはそのことに度々苦言を示すものの、


 「相手のことを考えると断れないよ。だって、私のこと好きっていってくれるのは嬉しいし。相手も私に好きっていわれると嬉しいいんだからウィンウィンだよね。私、人の気持ちをぶつけあうことの大事さをしったもの。二人のお蔭」と悪びれもせずニコニコ。


 その様をみると、ひみかも修二もあの時のことが果たして正しかったのか悩ましい気分になるのである。

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