第11話
守が真奈美に伴われて共有スペースに戻ると、食卓のテーブル前には新たに一人増えていた。
細身でひょろ長い体躯にこれといって特徴的でない顔。
それと比べて頭に生えている髪の色は雪の様に真っ白だ。
彼はB棟2-2に住む白蔵陣八の部屋に居候しているシロという男。
「すみませんです。今日、陣八様お部屋でお昼ご飯を頂くと言っていますです」
「いいよいいよ。ちゃんと、そうやって声かけてくるなんて感心感心。決まりを守れない誰かさんとは偉い違いさね」
メアリーの刺さるような視線に目を逸らしながら守は小さく、
「反省してまーす」
とノリで形ばかりの反省を口にする。
メアリーの小言は毎度の事、守も毎度のことなので本気で返すことがほとんどない。
そんなやりとりを後目に須磨子が目の前の大きなトレイを差し出す。
「シロちゃん。どうぞ、もって行って」
お盆の中には、8つの稲荷寿司。豚と大根の煮物に豚汁とサラダが2皿づつ乗っている。
「わざわざご用意ありがとうございますです。トレイは後で返しにきますです」
「へっ、天狗様はいいね。顎で使える召使いがいてさ」
修二が皮肉っぽくいった。
白蔵陣八は天狗の大長老だ。
現在の見た目は30代の美形メガネ男子だが実年齢は数百歳。恐らくジェシカよりも上だろう。
その妖力は凄まじく本気をだしたら修二など小指一本で吹き飛ばされるだろう。
到底本人の前ではとても言えないような言葉だが、いないのを良いことにシロに対して強気な発言をする。
「別にワタクシは顎で使われてるのではないのです。少しでも御恩に報いるためにお手伝いしているだけなのです」
シロは10年ほど前に近くの山で行き倒れていたところを陣八に保護された。
人間ではないらしい。
らしいというのは記憶を失っており、自身が何者なのかわからないままなのである。
行くところもないので、陣八のところに身を寄せている。
名前すら憶えていないということなので特徴的な髪の色からシロと名付けられた。
その陣八は人の世に身をおきながら、多くの天狗を配下に置き様々な活動を行っているという。
それは例えば天狗を勧請している寺社仏閣の警護。有力な企業やその役員、政治家や様々な土地の有力者などを守護し。大きく過ちを犯せば天罰を下す。そして、自分よりも下の天狗達の能力向上錬成などなど、何かと忙しい。
陣八のところに身を寄せて以来、シロは甲斐甲斐しく陣八の補佐として尽くしていた。
そんな居候身分のシロを修二は下に見ている部分がある。元々自分よりも弱い立場と決めた相手にはとことん強く出る性質なのだ。
「他人の為に尽くしているシロの事言える立場じゃないでしょ。あんたっもちっとは真面目に働きなさいよ。お金の話、まだ片ついて……」
尚も言い募ろうとする、あきなの言葉を修二は遮ってわざとらしく話を変えようとした。
「いや~、今日の昼飯も美味そうだな~。おい、もう食べようよ。みんな揃ったんだろ。ほら、シロもお天狗様に早くもっていっておあげよ」
そこで、守は気づく。
「そっか、ボクが来るのを待っててくれたんだ」
食卓の上の食べ物は未だ誰も手をつけていなかった。
「アタシたちゃとっとと食べちまおうって言ってたんだよ」
「そうそう、決まり守んない奴気にしてもしょうがないもんね」
メアリーとあきなの不満げな声を受け、あゆみもそれに被せた。
「そうだよ、守。君に何度もメッセージ送ったのに返事一つよこさないじゃん。ありゃないよ」
「ご、ごめん。悪かったよ。待っててくれてありがとう」
今度は形ばかりではなく、顔を振ってみんなに本気で謝罪と感謝の言葉を口にした。
そしてその目線は最後真奈美の方に自然と引き寄せられる。
(だ、だからなんでこのたぬき娘……真奈美の方に目が行っちゃうんだ)
当の真奈美も視線に気づいたが、ぽや~っとしたまま笑顔で彼を見返す。
それに気づきなんだかとても照れ臭くなって目を逸らしてしまった。
そうこうしている内に、
「まあ、よかったよ。これで気持ちよくご飯が食べれるね、じゃあみなさん」
ひみかの言葉を合図にするように、みんなが手を合わせ、
「いただきます」
その場全員の言葉が一つになった。
「では、ボクはお部屋に戻りますです」
「はいはい、トレイ気を付けてね」
シロが食事を手に部屋へ向かう姿を目に追って須磨子が声をかける。
「やっぱりみんな揃った方が気持ちいいね」
ひみかが言うと、
「うん、せっかくの休みの日だしね。こうやってみんなの様子が見れるの何だか楽しいな」
あゆみも笑顔で答える。
しかし、その横で須磨子が腑に落ちない顔で小首を何度かかしげていた。
「…………ねえ~」
「なに?母さん」
「本当にみんな揃ってる?」
「陣八さんとシロさんはいないけど。他は~、いるよね?」
ひみかは稲荷寿司を半分パクつき当たりをみまわしながらいう。
それに対して須磨子は箸の手を止め頬にやる。
「あんりちゃんは?あんりちゃんいなくない?」
「「「あ」」」
あゆみ、ひみか、メアリーの3人の声がはもった。
その頃ナメ山あんりはというと。
「凍らしたままそのままなんてひど~い」
中から少しづつ舌で舐めて小さな穴開けるまでには至っていたが。
それ以外は依然として身体が凍り付いている。
「ねえ、誰か~助けて~。もうしないから~。許してよ~」
ある晴れた春の昼下がり、風呂場には彼女の声がただ空しく響き渡っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます