第8話

丸みを帯びた顔。黒目の多いパッチリとした大きなたれ目。小さく丸みを帯びた鼻に、厚ぼったい艶やかな唇で愛くるしい表情におっとりした口振り。


 声の主は盛狸山真奈美という化け狸の女の子。彼女は数日前に百鬼夜荘の住人となった新参者だ。


 父は山陰一帯を牛耳る狸一族の長だという。地元では人間に化けて事業を起こし、地元の名士としても知られている。


「わたしぃ、ここにくる時にぃお父様からぁ、人としてどういふうにぃ振る舞えばいいかぁー。学んで来いってぇいわれだんですぅー。わたしもその女子会っていうのぉー、混ぜてくださいぃー」


 一族は人間との交流も多く、彼女も人に化けて地元の小学校に通学していたが、中学入学を機に親元を離れてやってきた。


 世間を知るようにと父親の命を受けての事らしい。4月には美奈穗と同じ学校に通う。


 そんな彼女にジェシカが胸を叩いていう。


「任せなさい!アタシがあんたをどこへ出しても人間の女の子として自然に振る舞える術を伝授してあげるわ」


 自信満々の言葉だが、果たしてどれ程の根拠があるやら。夜しか出歩けない彼女にそんな事できるのか。女子会云々だってその場のノリだけでいってる可能性もある。元々熱っぽく覚めやすい性分なのだ。


「おっーほっほっほっほっほっほっ。遠慮する事はありませんわ。私も協力させて頂きますわ。特にエレガントでお嬢様として相応しい振る舞いを参考になさい」


 ジェシカの言葉を受けて美奈穗もそんな事をいっているが、これ至っては更に怪しい。先ほどまで自分のキャラ変でアップアップだったくせに。


 そもそも家柄と立場を考えれば、真奈美こそが正真正銘のお嬢様だろうに。


「なんだか良くわからないけど、まあせいぜい楽しくやっとくれよ」


 まあ、今いる住人と新入居者がコミュニケーションをとる事は悪い事じゃない。修二に絡まれたりするよりはいいだろう。


 修二は真奈美が金持ちのお嬢様だと既にしっている。まだ、目にみてるところでは何もしていないようだが、金に汚い修二の事だ。世間知らずのお嬢様に取りいって、甘い汁を吸おうと考えているに違いないのだ。


 問題児対策の意味でも修二の天敵で妹の美奈穗と距離が近くなるのは望ましい。


「同い年同士、せいぜい仲良くしとくれよ」そんな思いを込めてメアリーが言うと、ジェシカは「アタシは?ねえ、アタシも若いもん同士の仲に入るからね」などといった。


 メアリーは本当の若者はそもそも『若いもん同士』などと言う言葉は使わないと思ったが、これ以上母親の相手をしていて不毛な時間を過ごしたくないので華麗にスルーする。


 そこへ須磨子の声が響く。


「ご飯できたわよ。みんな手洗ってらっしゃい」


『はーい』


 みんなの声が大きくはもる。


 百鬼夜荘の炊事場はA棟に一つ。こちらはかなりの大きなシステムキッチンで、大量の食事を作る事も可能なものだった。


 B棟にも狭いながら給湯器一つ、コンロ一つの小さな炊事場が用意されていた。


 どちらも住人は自由に使えるのだが、各々勝手に使うと食事時などにはバッティングしてしまう。


 なので、一括して人数分一度に作るのが効率的だった。その理由もあり、住人全員に食事の提供を行っている。

 料理は須磨子がする。ただやはり量が多い為、手が足りないいときには、あゆみやひみか含め住人が手伝う事もあった。


 別に全員で食事する事は強制ではない。ただ、準備などの問題もある為、必要無いときは必要ないとの意思表示が無くては須磨子が困る。


 その為、冷蔵庫に貼りつけてあるホワイトボードに記入する事になっていた。


 そこには『陣八、シロ。昼食間に合わず。保存希望』と簡潔に書かれていた。二人は同室だ。後で食べると言うことだろう。しかし、


「きつねさんがいませんねぇ」


 テーブルに付いた住人達を見回しながら真奈美がいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る