第8話 説得の理由1

「僕としては、たてかすかちゃんと付き合ってくれたら嬉しい。明後日までに」


「いや、だから、なんで明後日までなんだよ! なんのこだわりだよ! つーか、聞かないでおこうかと思ったけど、まどろっこしいからもう聞くわ! 幽と五行ごぎょうになんか言われたんだろ!?」



吟嶺ぎんねのやつが、珍しく、そんでもって謎の説得を、いつになくしつこくしてくるから。

さすがに面倒になって聞いてしまった。



「い、いやいやいやいや。落ち着け、楯。そんなんじゃねぇから、なっ?」


「えぇ......そうは言ってもさぁ」


「..................」



吟嶺の反応的にも、絶対にあいつらになんか脅されたりしてるんだと思うんだけど。

口では頑なにそうじゃないと否定を続けるコイツに呆れて二の句が継げなくなる。


何を隠してる......?



疑問は晴れないまま、それから数分くらい、俺も吟嶺も2人して、口を開かない時間が流れる。

まぁ、俺たちでいるときは別に沈黙は気まずいとかなくて、それはそれで心地いい時間なんだけど。


沈黙の間、吟嶺はなにやら自分のカバンをガサゴソとしてた。

かと思ったら、何やらボールペンとポストイットみたいな付箋型のメモ用紙を取り出して何かを書き出した。



その様子をぼんやり眺めながら、新しく運ばれてきたビールを流し込む。


数秒して、吟嶺が文字を書いた小さな黄色の紙を見せてくる。

そこには......。



<この紙に書いてる文字は読み上げないようにして、この後僕と楯で温泉に行くよう提案してもらえないか>



って書かれてた。


正直、意味不明。


何で読み上げちゃいけないのか、何で温泉なのか、何で吟嶺から誘うんじゃなく俺の方から提案しなきゃいけないのか。

そして何より、何でわざわざこんなことを紙に書いてまで俺に見せた?



「えーっと......」


俺がどうしたら良いのかわからず口ごもると、吟嶺はもう1枚紙を取り分けて何かを書き出した。



<悪いけど、この筆談に関する話は声に出さないでくれ>



なんかわからんけど、筆談してることを声に出してはいけないらしい。


なんだ? こんな居酒屋で声に出してはいけないって......。

どっかのスパイ映画的な何かなのか?


......まさか、近くに五行か幽が居て、盗み聞きされてる!?


その可能性が思い当たってすぐ、俺は居酒屋内の席をぐるっと見回してみる。

けど、それらしい人はだれも居ない。


吟嶺の方を向き直っても、首を小さく振って、「そうじゃない」ということを言外にアピールしてくる。

どうやら周りにいるわけじゃないらしい。


だとしたら............盗聴?

あり得るかもな。


OKわかった。

それならそれで、合わせるまでだ。



「あー、その、なんだ。最近2人で出かけるってなったら酒ばっかだったけどさ。たまにはどっか遊びに行かないか?」


「おぉ、いいな。何するよ?」



ノッてきた。

まぁそりゃそうか。コイツが言えって言ってきたんだしな。


どうやら俺は吟嶺の狙い通りに動けているらしい。よかったよかった。



「そうだなぁ。じゃあ、この後久々に温泉とか行かねぇか? こっからすぐのとこにあるし、ちょうどいいんじゃね?」


「温泉か〜。ちょっとめんどいけどなぁ。それに酒も入ってるしさ〜」



はぁ!?

お前が誘えって言ったんじゃねぇか!?


......ここも何か狙いがあるってことかな?


「まぁそう言わずにさ。酒入ってるって言っても、俺もお前も今日は全然飲んでないじゃん。それに温泉って口に出したらもう完全にその気分になってきたわ。温泉の口になったってやつだ。いや、この場合は温泉の身体......的な?」


「はは、なんだそれ。ま、いいか。すげぇ久々だしな。そうするか〜」



お、やっぱ食いついてきた。

一回断るみたいな流れが必要だったのかな?


「誰か他のやつも呼ぶか? たまには学部のやつ呼んでもいいけど」


「いやぁ、今日は2人で水入らずしようぜ」


「なんだよ、気持ち悪い言い方すんなよ。まぁいいや。おっけ、じゃあ、コレ飲んだら行くか?」


「だな」



というわけで、吟嶺から出たミッションを無事にクリアした俺は、残った酒を一気に飲み干す。

吟嶺もなんだかスッキリしたような表情をして、今日は全然進まなくて半分くらい残ったハイボールを、俺と同じように一口で呑み切る。


そうして俺たちはさっさと会計を済ませて店を出た。



*****



「「ふぃ〜〜〜〜〜〜〜〜」」


軽くシャワーを浴びてからすぐに、割と空いていた露天風呂に移動して、あっつい湯に浸かる。

2月の凍えるような空気の中、外に出た一瞬で急激に冷え込んだ身体に、40度近い熱めのお湯が骨の真まで染み込むみたいな感覚に、2人揃っておっさんくさい声がまろびでる。



「いやぁ〜、やっぱ温泉はいいなぁ! こう寒いとなおさらだわぁ〜」


「あぁ〜、そうだなぁ〜。なんか急に決まったことだったけど、俺もこれは間違いなく正解だと思うわぁ〜」



謎のメモからの急な流れで来た温泉だったけど、こんだけ快適だったら文句の1つも湧かない。

むしろ、1人ではあんまし来ないところだから、吟嶺に感謝するレベルだ。


けど、それこそ、あの謎のミッション。

そこには何かしら意味があったと思うしかない。



「そんで? なんでわざわざあんな方法・・・・・まで使ってここに来たんだ? 盗聴とかを気にしてたのか?」


「おぉ、そこまでわかってたか。さすがは楯だなぁ。そう、盗聴避け」


「やっぱり?」



予想はちゃんと当たってたらしい。


「けど、そこまで警戒するような感じなの? っていうかわざわざ聞く必要もないけど、盗聴の相手って、五行か幽だよな?」


「あぁ、そうだよ。実際に盗聴してるのはあーちゃん」



あーちゃん。五行明稀端ごぎょうあけは

やっぱり、幽に言われて、五行経由で吟嶺が動いたんだな。


盗聴も、幽が指示して、俺からなんかの言質を取ろうとしたのかな?

吟嶺は俺が変なことを言う前に居酒屋から連れ出したとか?



「っていうか、実際、幽はなんで盗聴なんてさせたんだ?」


「いや、別に盗聴は今回だけの話じゃないんだ。..................今までは言わないようにしてた、っていうか言わないように口止めされてたんだけどさ。僕は、もうずっと前からあーちゃんに盗聴とかはされてるんだ」


「え?」



ずっと前から?

俺と幽の今回の件は関係ないってこと?


「いつも服に自分で盗聴器をつけるように言われてるんだ。でもこうやって風呂にくれば、自然に服脱がなきゃいけない感じにできるし、もっと早くこうしてればよかったわ」


「......まじで? そんなの断れよ。え、なに、キミらそういうプレイが好きなの?」



まじかよ。

まぁ、この街に住んでる人間なら恋人の盗聴とかわりと普通かもしれないけどさ。



「いや、好きでやってるわけじゃねぇよ」


「え、じゃあ断ればいいじゃん。脅されたりしてんの?」


あんなに仲良いんだし、お互いのすべてを知りたくて、合意の上で積極的にやってんのかと思ったわ。


っていうか、まさか、吟嶺と五行が付き合ってるのも、五行に脅されて、とかいうパターンなのか......?

もうそうだとしたら、俺が今まで大事にしてきた「いつもの4人の空気」ってのは、表面的な仮初のものでしかなかった......?



「そう、そうなんだよ......俺は盗聴はしてほしくないんだけどな......。いや、あーちゃんのことは素直に好きだよ? 付き合えてるのもシンプルに嬉しいし。けどさぁ、肝心なときに下手に口を滑らせられないっていう縛りがキツイんだよね。今回みたいに」


あぁ、よかった、好き同士ではあるんだな。

想いが行き過ぎてる部分はあるみたいだけど、まぁそういうことなら、むしろ関係は変わらないでいてくれる可能性高そうだし、俺にとっては好都合、かな?



「そう、なんだ......っていうか、脅されてるって、どういう......?」


「............それが今回、楯に無茶なお願いをした原因なんだよなぁ」



ん? 俺が幽と付き合うことと、吟嶺が五行からされてる脅しが関係あると?


「実はさ......。あーちゃん、僕があーちゃんの気に食わないことするとさ......。その、なんていうか......」



めちゃくちゃ口ごもるじゃん。

そんな言いづらいことなのか?


「なんだよ、そんな溜められたら恐いって」


「............その、子どもを、作らせようとしてくるんだ......」


「はぁ?」



何の話だ?



「あーちゃんは気に入らないことがあったら、僕に睡眠薬飲ませて、寝てる間に生で本番するんだよ......。さすがに僕はまだ子どもとかできたら困るんだけどさ。あーちゃんは退学も余裕で覚悟してるみたいでね......避妊してほしいんだけどさ。ヤッた後、あーちゃんが満足する何かしらの結果を残せないと、アフターピル飲んでくれないんだ......」


「えぇ............」





思ったよりエグかった。

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