第7話 謎の説得

「な、なぁ、たてかすかちゃんと付き合ってあげる気はないのか?」


「は? 急にどうした? そういうこと言うのは、ちょっと吟嶺ぎんねらしくなくね? なんかあったのか?」


「い、いや、そういうわけじゃないんだ......。っていうか、実際、僕は楯と幽ちゃんはすでに付き合ってるものだと思ってたし......。でも、違うんだよな? なんかいつも無遠慮な感じで悪かった。それに、幽ちゃんと付き合うってのも、もし昔のこと気にしてるんだとしたら............難しいことなのかもしれないけどさ」



まじでどうした?

いつもノリだけで生きてるめんどうくさがりのコイツが、こんなに口ごもるのは相当珍しい。


けど、コイツにそこまで気を遣われるのも逆に嫌だな。

適当にしてくれてるのが居心地いいんだから。



「あ、あぁ、いや、そんなん全然気にすんな。完璧いつものノリってことでスルーしてたし、ってか、お前は特にそういうの口にしなかったろ。言ってたのは五行ごぎょうだけじゃねーか」


「ま、まぁそうなんだけどさ......」


「それに、そういうの気にしなくていいってところが、お前らと一緒に居て楽しいし、ずっと仲良くしたいって思うところなんだからさ。けど、まぁ、そうだな。幽と付き合うってのは、正直乗り気にはなれない、かな」


「そ、そうか......。お前は相変わらずそういう小っ恥ずかしいこと気軽に口に出してくるよな」


「ん? なにが?」


「いや、『ずっと仲良くしたい』とかさ。それも、なんかそのへんの女子高生とかが仲良しの証明のためみたいなノリで言う、『あたしらズッ友だよ』みたいなのじゃなくて、さらっとマジ顔で言うからさ。なんか照れるんだわ」



何の話だよ。


「思ってること口に出してるだけ。え、なに、一緒に居て楽しいって思ってるの俺だけなん?」


「......いや、だからそういうさぁ。まぁもういいや。僕も楽しいよ! いつもの4人でいるの。いつもありがとなっ」



うむ、こいつのこういうの割と素直に返してくれるところもいいよな。


「よかったわ。そんじゃ、これからもよろしく」



友情、なんてチープな言葉で表したりしたくはないけど、そういう何かを確認できて満足。

話に一区切りついたし、ジョッキをおしぼりに乗せるようにして、側面から底に伝った水滴を軽く拭ってから、中に半分残った金色の液体を一気に煽る。



うまい!

ビールおかわり。



「お、おぉ......もちろん。って、そうじゃなく! ..................いや、そうじゃなくもないか。僕たちがこれからも4人でいられるためにも、幽ちゃんとの付き合い、ちょっと考えてみる気はないか? もちろん、僕から強要するつもりはないんだけど......」


「え、その話続ける感じ? 一区切りついたんかと思ったわ。つーか、ほんとに珍しいね、吟嶺がそういうのしつこく聞いてくるの。........................幽になんか言われた?」


「い、いや、幽ちゃんには、なにも言われてないよ!」



なるほど、『幽には』か。

こりゃ五行経由でなんか言われた感じかな?


あんまし突っ込むのも野暮ってものかな。

この間の幽、帰り際になんか不穏なこと言ってたのは、これのことだったのかな?


まぁいいか、適当に流すか。


「いいんだけどさ。吟嶺が言いたいことも、わからないではないし。俺と幽が付き合ってたら、カップル同士で仲良くできるんじゃないか、みたいなことだろ?」


「あぁうん、そうそう。いや、ほんと、楯の考えを無下にしてまで強制するような話じゃないんだけどさ......。け、けどさ? 楯も幽ちゃんのこと、嫌いとかってわけじゃないんだろ?」


「まぁ、そうだね。幽はすげぇ良いやつだし、見た目もいいと思ってるよ。ただ単に、俺の中の問題ってだけ」


「そっかそっか。........................あんまり重く捉えないでほしいんだけどさ。もし、もしさ? 楯にその気がちょっとでもあるなら、できれば、明後日までに・・・・・・幽ちゃんと付き合ってみたりして、もらえないか......?」


「はぁ? 明後日までにって......。なんだよ、めっちゃ性急じゃん」


「そ、そうだよ、な......。急すぎだよな。ははは、すまん」



少し俯いて額から小さな汗の玉を流してから、手元のハイボールを一口、口に含む。


これはマジでなんかあったんだな。

幽......なにしたんだ..................。






4人での宅飲みの晩から1日、間を空けて、今日。


珍しく吟嶺が俺だけを呑みに誘ってきた。

吟嶺と2人で呑みに行くことは少なくないんだけど、それは基本的にはいつもの4人を誘って、だけど五行と幽の予定が合わなかった、って場合が多い。


けど今回は吟嶺が直接俺に、それも幽と五行には内緒でってことで呼び出されて、今、居酒屋に来てる。


全然イイし、たまにはこいつと2人でってのも楽しいから構わないんだけどね。

けどこのタイミング、幽が不穏な言葉を残したタイミングで、吟嶺が俺だけを呼ぶって時点で、なんかちょっと嫌な予感はしてたんだよな。


実際、蓋を開けてみたらこれだ。


吟嶺は普段は人の色恋に口出ししてこない。

コトが上手くいったとしても、悪い方に転がったとしても、めんどくさいことになるからだと思う。


良くも悪くも、いつも爽やかな顔して無関心を決め込むコイツが。

この2年弱の間、俺と幽の関係について、滅多なことでは言及したことがなかったコイツが。


そんなコイツの口から「幽と付き合ってあげられないか?」なんて出てきたのだから、それは間違いなく『何かあった』と考えて相違ないだろうよ?


さらに珍しく、吟嶺のやつが微妙に口ごもってるし、何で俺と幽のためにコイツがここまで頼み込むなんてことするんだよ。

酒もさっきからあんまり進んでないし。


しかも、『明後日までに付き合え』という謎の期限付き。


異常過ぎるだろ。



幽が何したかはわからないけど。

最初は、幽がシンプルに「楯と付き合いたいから吟嶺からも何か言ってくれないか」みたいなお願いをしたのかと思った。


けど、この感じはちょっと違う気がする。

なんていうか、吟嶺が焦ってる? 感じがする。


脅したりされてるのかな?

でも、幽は俺の『今の関係、4人でいる空気を壊したくない』っていう願いも聞いてくれるつもりみたいだったし、そんな危険な橋は渡らないか......?


でもでも、この間、気の所為だと思おうとしたけど、帰り際に「ごめんね」って謝ってた気がするし......。


やっぱり幽が糸を引いてるとしか考えられないよな。

謝ってたのは、『関係は壊しちゃうけどごめんね』ってことなのか?


............わからん......。

けど、もし吟嶺を脅したりして、こんなこと言わせてるんだとしたら、やっぱり幽の気持ちには応えられないな。



「いやまぁ、良いんだけどさ。お前そういうの首突っ込まない質なのに、あんまりにも珍しいからさ。困ってるなら、言ってくれよ。助けられるかは、わからないけどさ」


「............自分の都合で楯に何かを強制するのはしたくねぇんだよ......。楯が昔のこと引き摺ってんのもわかってるから余計にさ」



うん、凄まじい気遣いを感じる。

ありがたいんだけどさ、なんかムズムズするわ。









「けど、僕としては、楯が幽ちゃんと付き合ってくれたら嬉しい。明後日までに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る