第4章〜白草四葉センセイの超恋愛工学Lesson1〜⑧

 その『婚活アドバイザー』というキーワードが、自称・恋愛アドバイザーのツボを刺激したのか、一階の廊下に足を着けたタイミングで、彼女は、肩をピクリと震わせて、


「『考えてるワケ』じゃないんだ……」


と、ポツリとつぶやいた。

 そして、


「そうね! フォロワーさんに需要があるなら、そのうち、そういう分野を開拓してみるのもイイかもね」


と、サッパリした笑顔で、これまでの語り口とは一転、朗らかな口調で答えた。

 白草四葉がまとっていたダークカラー系統のオーラが消えつつあることに安堵したオレは、苦笑しながら、言葉を返す。


「おいおい! なんの冗談だよ……どこまで活動の幅を拡げるんだ!?」


 こう言う時に、


「いや、紅野は、そんな風に相手を蔑ろにするタイプじゃねぇだろ?」


と、クラス委員のパートナーをフォローしなかったことが、マドンナ講師の機嫌を損ねずに済んだという事実にオレが気付くのは、かなり後になってからのことだ。

 そして、機嫌をなおした白草は、こちらの抱えている紙束に目をとめて、


「それ、職員室に持って行くんでしょ? 校内のことを色々と知っておきたいし……一緒に行ってもイイ?」


と、たずねてきた。


「ん? 転入して来てから、職員室にも、まだ行ってなかったのか? このあとで良いなら、校内の案内をさせてもらうが……」


 そう答えると、「うん!お願い!!」満面の笑みで、白草は答える。

 そんなやり取りをしながら職員室にたどり着き、ドアをノックして、校内ルールに従い、


「失礼します! 二年A組の黒田竜司です。谷崎先生にクラスのアンケート用紙を持ってきました!」


と、声をかけて入室すると、彼女も、


「失礼します! 二年A組の白草四葉です。黒田クンの付き添いで来させてもらいました!」


と言って、オレに続いて職員室に入室してきた。

 彼女の発した一言に、最初は、怪訝な表情を見せた職員室入り口付近の座席の教師陣も、明るい口調と極上の営業スマイルをたたえた転入生に姿を目にして口にする。


「あぁ〜、ウワサの転入生か〜。早速、クラスの仕事を請け負ってくれて、感心だな!」


 一瞬で和んだ職員室の雰囲気を感じながら、オレは、


「おい、付き添いを頼んだ覚えはないゾ!?」


と、ツッコミを入れたあと、


「しかし、『愛嬌◎』のスキルを持ってるヤツはイイな。初対面でも好感度爆上げだ……」


苦笑しながらつぶやく。

 すると、こちらの発言に、笑みを絶やさないまま、小首をかしげる白草。

 談笑を続けながら、広い職員室の中央、二年担当の教師陣の机が集まるシマに近づくと、オレたち二人に気付いた担任教師が、こちらより先に声を掛けてきた。


「ありがとう、黒田クン。あら、白草さんも一緒?」


「はい、谷崎先生! 黒田クンが、校内を案内してくれるらしいので、職員室に着いて来ちゃいました」


 嬉しそうに答える四葉の返答に、竜司からプリントの束を受け取りながら、


「へぇ〜、さすが、私が見込んだクラス委員! 白草さんが、早くクラスと学校に馴染めるよう、ヨロシクね」


と、男子クラス委員に声を掛ける。


「なに言ってんの? 委員決めが長引かないように、オレと紅野に仕事を押し付けただけのくせに……そうでしょ、?」


 職員室というオフィシャルな場であるため、普段使いのファースト・ネーム呼びではなく、オレは担任教師のファミリー・ネームを呼ぶ気遣いをみせた竜司だが、その目は、眠りに落ちるカピバラの瞳のように、か細く、光が宿っていなかったはずだ。


「押し付けたんじゃなくて、信頼の証よ? 現に、白草さんもアナタを頼っているみたいだし! わよ〜」


 男子生徒をなだめるように言う担任教師に、一瞬ピクリと反応しながらも、


「いや、ホント、そういうの良いッスから……」


オレは、ぶっきらぼうに返答し、


「他に用がないなら、もう行きますよ?」


と、付け加えた。


「はい、アリガトね! それじゃ、白草さんの校内案内をお願い! でも、仲良くしすぎて、他の男子に妬まれないように気を付けて」

 

 留学経験のある英語教師らしく、軽いジョークを交えた言葉に、ふたたび「ナニ言ってんスか……」と、呆れ口調で応じつつ、


「それじゃ、失礼します」


と言ってから、かたわらの四葉に退散をうながす。

 職員室から廊下に歩みを進めた白草は、オレが校内を案内する間、終始ゴキゲンだった。

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