第4章〜白草四葉センセイの超恋愛工学Lesson1〜⑦

 週末から頭を悩ませていた懸念事項が思った以上に前向きに解決したことに気を良くしたオレは、クラス全員の提出書類を手に、足取りも軽く、晴れやかな気持ちで一年A組の教室から廊下へと歩みを進める。

 しかし、気分良く教室の外へ足を踏み出した彼に、室内からは死角になっていた位置から声を掛ける人物がいた。


「ずいぶんとゴキゲンね?黒田竜司くん」


「のわっ!?」


 思わず声をあげて反応し、声のした方へ目を向けると、そこには、オレに課題を課した自称・恋愛アドバイザーが立っていた。


「な、なんだ、白草か……脅かすなよ」


 不意を突かれて、思わず大声が出てしまったことに気恥ずかしさを覚えながら、小さく抗議の声をあげる。


「ふ〜ん、『脅かすな』ねぇ……恋愛予備校の教え子が課題をやり遂げたか心配で見に来たきただけなのに……声を掛けられたくらいで驚くほうがおかしいんじゃない? それとも、なにか、わたしに知られたくない、やましいことでもあるのかな?」


 口調そのものは穏やかだが、言葉の内容の随所に刺々しさが読み取れるうえに、何より全身から禍々しい負のオーラが感じられる。


「な、なんだよ急に!? やましいことなんて、なにもないゾ!?」


 やや取り乱したようすで答えると、こちらの表情をチラリと一瞥した四葉は、


「あっそ……それで、首尾はどうだったの?」


 結果報告を求められ、教室内に残っていた紅野が支度を終えて、廊下に出てくることを懸念したオレは、


「お、おう! 今すぐ報告が必要なら、歩きながらでイイか?」


と、白草に問う。

 その提案に「ええ」と短く応じた彼女は、スタスタと歩き出すした。

 自身の速い歩調に遅れないように着いて行くオレに対して、


「で?」


マドンナ講師は、再び短くたずねる。


「あぁ! バッチリだったぜ!! 春休み前に一方的に想いを告げて戸惑わせてしまったことも、勝手に自分の動画をアップして迷惑を掛けてしまうかもしれないことも、素直に謝ったら、理解してもらえた。これからも、委員会の仕事を行うペアとして、変わらずに接してくれるそうだ」


 吉報を担当講師と分かち合おうと、喜色満面の表情で四葉の背中越しに答えると、彼女は振り返りもせず、さらに、歩みを早めながら応えた。


「あっ、そう……へぇ〜、ねぇ。それはそれは……また、ずいぶんと仲のヨロシイことで……」


 相変わらず険のある彼女の言動に、


(なんだよ、その態度は……心配になって見に来たんじゃなかったのかよ)


などと、戸惑いながら、


「な、なにか、マズかったのか?」


と、問い掛ける。

 背後のこちらには表情を見せないまま、廊下から階下につながる階段に移動した彼女は、


「別に……」


と、かつて、主演映画の初日舞台あいさつの場を凍り付かせた若手女優(当時)のように、にべもない返答で応じたあと、質問をしてきた。


「ところで、彼女がカンタンに許してくれたってことは、なにか交換条件みたいなモノがあったんじゃないの?」


 その問いに、オレは思案しながら回答する。


「交換条件ーーーーーーと言えるほどのモノかはワカランが……紅野は吹奏楽部の練習が忙しくなるから……なるべく彼女のクラス委員の仕事の負担が減るように、出来る限りオレが引き受けるよ、って、コチラから提案させてもらった」


 白草のあとに着いて、階段を下りながら、紅野アザミと交わした約束のことを素直に伝えると、彼女は、


「ふ〜ん……さすが、紅野サンには、優しいのね。黒田クンは、料理の腕にも自身があるみたいだし……結婚したら、パートナーの女性の仕事にも理解を示して家事にも精を出すタイプなのかな?」


などと、突拍子もないことを口にしだした。

 さらに続けて、不機嫌オーラ全開で、たずねてくる。


「でも、男の子のヒトに家事を任せるタイプの女性は、外で浮気しがちなんだけどな〜。それでも、イイんだ?」


「ハァ!? 急にナニ言ってんだ……? 紅野と結婚とか、今の段階で、そんなこと考えてるワケじゃね〜よ! こうして、アドバイスをしてくれるのはありがたいと思うが……」


 こちらも、反論するように言葉を述べつつ、


「けど、いまは結婚とか、そんな話しをかんがえてるワケじゃないぞ? 恋愛アドバイザーの次は、にでもなるつもりか、白草?」


と、なかば、あきれながら、語りかける。

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