第5章〜白草四葉センセイの超恋愛工学Lesson2〜①
ーーーーーー真面目に恋をする男は、恋人の前では困惑したり拙劣であり、愛嬌もろくにないものである。ーーーーーー
カント(ドイツの哲学者/1724~1804)の言葉
4月9日(土)
恋愛塾の自称・マドンナ講師から、「最初にするべきこと」として出された課題の説明を聞き終えてしばらくすると、カタカタという音を発していた壮馬のキーボード・タイピングも鳴り止んだ。
「ありがとう、白草さん! あとで、見直して清書するけど、最初のアドバイスは、何とか記録できたよ」
講義録を残すという大役を自らかって出た壮馬が告げると、四葉は満足したように笑みを見せ、軽くうなずく。
「まぁ、いま言った、最初の課題くらいは、カンタンに済ませてもらわないとね」
竜司の目を見据え、恋愛アドバイザーは澄ました表情でサラリと言う。
「そこは善処する……白草からのありがたいアドバイスもあるが、紅野には迷惑をかけちまってるからな」
殊勝な顔つきで語る竜司の様子に、かすかに眉を動かす四葉。
そんな二人の言動には構うことなく、先を急ぐ壮馬がたずねた。
「とりあえず、最初のミッションは竜司にがんばってもらうとして……次は、どんなことをすれば良いの?」
聴講生の質問に応じた講師は、すぐに答えを提示する。
「関係の再構築が、無事に終わったら、その次は……」
※
4月11日(月)
校内を案内する竜司は、隣を歩く四葉にたずねる。
「とりあえず、最初の課題はクリアできた、と思う……。白草が良ければ、校舎を案内する間に、次の課題について、確認させてもらって良いか?」
最初の課題を突破した教え子の質問に、足取り軽やかに歩きながら、講師役は問い返してきた。
「わたしの言ったこと覚えてる?」
竜司は、二日前の四葉の言葉を思い返す。
「彼女との仲をフラットに戻せたら、次は少しずつアプローチしていこう! 相手と二人きりになった時、もしくは、別れたあとにメッセージアプリのLANEなんかで、『アナタと一緒にいる時間が楽しい』ってことを言葉にしてアピールしていくの」
さらに、彼女は、こんな言葉を付け加えた。
「これは、男女ともに有効な方法だと思うな! 自分が必要とされている、と認識することで自己肯定感と相手に対する好感度が上がるからね」
アドバイザーの助言を反芻しながら、
「相手と居る時に楽しいと思ってることを伝える、か……」
と、つぶやくように言葉を発した。すると、講師役はすぐに反応し、人差し指を立てながら、最初は取り澄ました顔で
「そう! ホントは、こういうことは、大げさに告白する前に、ちょっとずつ布石を打って行くモノなんだけど……」
そう語ったあと、「まぁ、それを今さら言っても仕方ない、か……」と、竜司に目線を向けながら、悪戯っぽく笑った。
彼女の表情と言葉に、「うっ……」と言葉に詰まる竜司をニマニマと見つめながら、四葉は続けて問い掛ける。
「じゃあ、次に言ったことは?黒田クンは、ちゃんと思い出せるかな〜?」
マドンナ講師の挑発的な問いに、竜司は再び土曜日の編集スタジオ内で行われた彼女の講義内容を思い出す。
「その次は、女子と男子でアピール方法が変わるけど……女子なら、あざといと思われるくらいの可愛さアピール。男子なら、頼り甲斐のあるところをアピールすることが有効かな?」
四葉の口からは、スラスラと自身の見解が述べられた。さらに、彼女は笑顔を浮かべながら語る。
「もっとも、黄瀬クンみたいなタイプの男の子なら、可愛さアピールで、《あざと系男子》を目指すのもアリだけど……年上の女性とか、キャリア女子には需要が高いと思うよ?」
楽しげに語る彼女に対し、それまで淡々とキーボードを叩いていた壮馬は、
「ウゲッ……」
と、小さく声をあげ、わざとらしく顔をしかめ、その気がないことをアピールしていた。
その時のことを思い出しながら、
「頼りになるところをアピールか……」
と、竜司が独り言のように発した言葉に、「良く出来ました」と言うようにうなずく四葉。
「そう言えば、さっき、ユリちゃん先生も、そんなこと言ってたな?」
また、独り言ちるように言う竜司に、四葉は、
「でしょう? 黒田クン、谷崎先生の言葉に、露骨に反応するんだもん。可笑しかった」
そう言ってクスクスと笑いながら、教え子の反応を確認するように付け加える。
「でも、これで、わたしの言っていることの信憑性が増したんじゃないかな?」
「まぁ、ユリちゃん先生が、どういう意味で、あんなことを言ったかはワカランが、たしかに、白草の言ったことは個人的な見解ってコトではなさそうだな……」
竜司が彼女に同意してうなずくと、自称・マドンナ講師は余裕タップリの表情で、「ウンウン」と、うなずき返し、
「紅野サンの負担を減らすために、『クラス委員の仕事をなるべく引き受ける』って言ったんでしょ? ちゃんと、次の行動につなげることが出来て、エライエライ」
と言いながら、右手を伸ばし、竜司の頭を撫でようとする。
「ちょ……子供扱いするんじゃね〜よ!」
顔を赤くしながら抗議の声を上げる同級生男子の表情を確認し、コロコロと楽しげに笑う四葉。
「まぁ、大事なのは、言ったことをキチンと実行できるかどうかだから……紅野サンに安心してもらえるように、ちゃんと仕事をこなさないと!しっかりね、委員長!」
転入二日目の放課後、クラス委員の男子に校内を案内されている転入生は、かたわらを歩く男子生徒の肩を軽く叩く。
そんな風に談笑を続けながら、各学年の教室のある本館とは別棟になっている芸術棟の四階にある音楽教室の入り口付近に来た時、白草四葉はガラス張りの窓に近寄り、校舎の南側に広がる景色に目を向けた。
そして、大きなグラウンドを挟んだ学園の敷地外に広がる新池と呼ばれる溜め池を見下ろしながら、
「あの池って、ココからは、こんな風に見えるんだ……」
と、目を細めてつぶやく彼女の姿が、竜司には強く印象に残った。
たっぷりと、一時間近くかけて校内の案内を終えて、二年A組の教室に戻って来た二人は、竜司の通学カバンを取り、生徒昇降口へと向かう。
「今日は、ありがとう! 黒田クンの案内が上手だから、一緒に校舎を回れて楽しかった!」
別れ際、白草四葉は、そんなことを口にした。
「いや……別に、特別なことはしてね〜よ」
やや視線を反らし、後頭部を指で掻きながら、竜司は返答する。
「ううん……黒田クンって、頼りになるんだな、って思ったよ! これからも、ヨロシクね」
四葉はそう言って、彼の視線が戻ってきたことを確認し、潤んだような瞳で彼の目を見据えながら、男子クラス委員の二の腕に軽く触れた。
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