第3章〜123分間の奇跡〜①

――――――なにごとでも、進むみちさえわかれば、こわいことなんてないのよ。こわい、と思うのは、自分のせいなのね。――――――


ジェームズ・クラベル(イギリス出身の小説家・脚本家/1924〜1994)『23分間の奇跡』より新しい先生のセリフ


 長い回想録の間に、聞き手の二名は、ベーカリー・ショップで購入していたパンを食べ終えていた。

 竜司の長い独白を聞き終えた二人は、憐れみをたたえた表情で、彼を見つめる。

そして、彼の口から語られた内容については掛ける言葉が無いのか、


「…………………………」


 四葉は、沈黙をもって応えた。

 壮馬も、また、一言も発しないまま、スマホで動画サイトにアクセスし、検索を行っている。

 やがて、哀愁ただようメロディーとともに、


♪窓に映る景色は 偽りにあふれて

♪僕の胸を冷たい 暗闇が閉ざすよ


という歌詞が流れてきた。

 無言で自身を見つめ続ける二名に対し、


「いや、何か言えよ!」


 いたたまれなくなった竜司は声を上げる。

 すると、壮馬が、


「この曲、恋愛SLGの元祖的なタイトルのバッド・エンドで流れる曲らしいよ」


と、解説を加えた。


「いや、おまえの選曲したBGMの解説を求めてるんじゃねぇ!!」


 竜司が、少々イラ立ちながらツッコミを入れると、ここまで沈黙を守っていた同世代のカリスマ・インフルエンサーにして、自称・恋愛アドバイザーの転入生は、


「キモ………………ちは、わからなくはないけど――――――なんて言うか……考え得る限り、最ッ悪の告白パターンね……」


と、彼の報告を、一言の元に切って捨てた。

 転入してきたばかりの女子に、自身の経験を一刀両断にされた竜司は、「えっ……」と、しばし絶句したあと、やや憮然とした表情で聞き返す。


「ちょっと待て! いま、『キモっ』……て、言おうとしただろ!? それに、《最悪》って、そこまで言わなくても……じゃあ、具体的に、ドコが悪かったんだよ!?」


その返報に、白草四葉は、小首をかしげて、ニッコリと微笑み、


「うん……! 全部!!」


と、またも一言で応じる。


「なっ…………!!」


 無慈悲な返答に絶句する竜司をよそに、四葉は、


「まあ、具体的に指摘していく、その前に……。黄瀬クンは、黒田クンが、紅野サンに告白することを知っていた?」


と、そばで聞き役に徹している壮馬に話しを振る。

 第三者として、二人の様子を観察しようと傍観を決め込んでいたにも関わらず、急に会話に巻き込まれるカタチになった壮馬は、「えっ!?」と、一瞬、戸惑ったあと、


「いや、竜司からは一言も相談がなかったし、全然知らなかった……」


と、やや決まりの悪そうな表情で、答えを返した。


「なるほど……じゃあ、彼がしていたことは?」


「ケソウ……? あぁ、竜司が紅野さんに片想いしてたってこと? いや、それも、恥ずかしながら、気付かなかったな……。なんとなく、『紅野さんと話している時は、他の女子と話している時より、仲が良さそうだな〜』とは思ってたけどね……」


「やっぱり……」


「……? まあ、女子の中では一番親しそうにしてたから、『告った相手が紅野さんだ』って聞いた時に、驚きはなかったけど……その、『やっぱり』っていうのは、どういうこと?」


 会話の中で気になったことがあったのか、竜司より先に、壮馬が先に四葉にたずねる。

 壮馬の問いに、四葉は一瞬、「う〜ん」と、考えたあと、


「じゃあ、せっかくだし、そのことから、説明していこっか?」


と、提案する。彼女の一言に、第三者のハズの壮馬は、


「チョット待って! せっかくだから、メモを取らせてくれない?」


 そう言って、デスクの上に置かれたノートパソコンのクロームブックを持ち出し、サインインを行って、ドキュメント・アプリを起動する。

 十秒ほどで一連の作業を終えた壮馬は、起動したアプリに


『白草四葉の恋愛指南(仮)』


と、タイトルを付け、


「お待たせ! 白草さん、続きをお願いします」


 再びペコリと頭を下げて、解説の継続をうながす。すると、四葉も軽くうなずいて応じた。


「まず、第一に、黒田クンは、『自分の気持ちを、紅野サン自身にも、周囲にも気付かれないように注意深くしていたつもり』と言っていたけど、それ……完全に逆効果だから……」


「ハァ!? どういうことだ……!?」


 自分の振る舞いを否定されたと感じたのか、今度は、竜司が反応してたずねる。

 憐れな男子の発言に、「ヤレヤレ……」と言った表情を作りながら、四葉は応えた。


「とりま……自分が相手に『好意を抱いている』ということを匂わせるコトだけはしておかないと……急に好意を告げて、驚かせる《奇襲攻撃》を仕掛けてどうするの?恋愛は、戦争じゃないんだよ!?」


「そうか……竜司の話しじゃ、紅野さんもビックリしてたみたいだもんね……」


 壮馬が、同意するようにうなずく。第三者の相槌に、四葉はさらに説明を加える。


「そうそう! 『ぬいぐるみペニス・ショック』って聞いたことない? 『恋愛感情なしに仲の良かった男性が突然告白してきたので、まるでぬいぐるみから唐突にペニスが生えてきたような気持ち』ってことだけど……」


「あっ、それ、何年か前に、《トゥイッター》で、バズってたワードだよね?」


 またも、壮馬が先に反応し、有名女優の血を引く、白草四葉の整った容姿から、男性器を意味するワードが出たことに面食らった竜司は、


「な、なんだソレは……!?」


と混乱気味だ。


「いや、ボクも最初にそのワードを目にした時は、『ずい分とヒドいことを言うな!』と思ったけど……竜司の回想と白草さんの解説を聞いて、なんとなく、ニュアンスが理解できつつある」


と、壮馬が感心したように同意する。一方の竜司はあきれながら感想を述べた。


「いや、それにしても、なんつ〜品の無い言葉だよ……オトコのオレでも、ドン引きだわ」


 そんな男子二名の所感を聞きながら、恋愛アドバイザーは、講釈を続けた。

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