第1章〜学園一の美少女転校生が、休み時間の度に非モテのオレに話しかけて来る件w〜①

――――――愛の告白は、チェスの初めの一手さながらだ。結末は見通しがつかない。――――――

ハンス・ゼーンカー(ドイツの俳優 / 1903~1981)の言葉


 春のあたたかな風にそよぐ木々が、午後の陽射しをさえぎり、木漏れ日が足もとで揺れている。

 耳元からうなじに掛けて、綺麗に揃えてカットされたボーイッシュな髪型の少女は、緊張した面持ちで、こちらを見据えている。


 「ねぇ、クロ……わたしは、クロのことが好き……クロ……クロは、わたしのことをどう想ってる……?」


 彼女の緊張感が、そっくりそのまま自分にも伝わったように、ピリピリした空気を感じた。


 「いや、急にそんなこと言われても……」


 自身の当惑が、今度は相手にも伝わったのか、彼女は、戸惑ったような、あるいは哀しそうな瞳で、こちらを見つめた。


 「シ、シロ……オレは、オマエと、ずっと――――――」



4月8日(金)


 そこまで口にした後、花冷えの季節特有の肌寒さと春の匂いで目が覚めた。


 「なんだ……夢か……」


と、つぶやく。


 (今さら、ガキの頃のことを思い出すとか……どんだけ――――――)


 そんなことを起き掛けの冴えない頭で考えながら、目をこする。

目覚まし時計がわりのスマートフォンのアラームを確認して、


 「今日から、新学期なんだな……」


と、誰もいない室内で独り言をつぶやいて、彼は、ノロノロと登校の準備を始めた。



 四月の始業式当日――――――。

 通学靴に両足をおさめ、玄関のドアを開けると、視界には、晴れ渡った空と、その青空に映える散り際を迎えた桜の樹々が飛びこんでくる。

これ以上はないくらいの春の日の始まりを感じさせる風景が、目の前に広がっているにも関わらず……。

 通学のために自転車をこぐ黒田竜司くろだりゅうじのココロは、梅雨時の日本列島か、真冬の日本海側の空の色と同じくらい、暗く曇っていた。


 「せっかくの新学期なのに、いつまで浮かない顔してんの?」


 声を掛けてきたのは、黄瀬壮馬きせそうま

 小学校時代からの付き合いになる、彼にとっての無二の親友だ。

 身長は、竜司よりもこぶしひとつ分くらい低いが、流行りのマッシュヘアを程よい長さに伸ばし、波打ちパーマを組み合わせたヘアスタイルと、中性的で柔和な容貌は、某有名男性アイドル事務所に所属していても、おかしくないくらいの顔立ちである。


 「この痛みは、経験した人間ヤツにしか、わからねぇよ……ハァ……」


 ため息を吐きつつ返答する竜司に、


 「まぁ、の痛みは、『日にち薬』でしか治らない、って言うしね」


 壮馬は、ニヤニヤと笑いながら言葉を返す。


 「オマエ……わざわざ、特定のワードを強調するんじゃねぇ!」


 隣あって自転車を走らせる壮馬の肩にパンチをお見舞いしようとした竜司だが、壮馬は、器用に身をかわす。


 「まぁまぁ……! せっかくの貴重な竜司の《恋バナ》なんだし……もうちょっと、ボクにも楽しませてよ!」


 「オレの恋愛は、見世物じゃねぇぞ!?」


 声のボリュームを上げた自身に対して、悪びれもせず、「ハハハ……」と、笑いかける友人の姿に、再びため息をつきつつ、黒田竜司は重たい足取りで、自転車のペダルを踏みこんだ。

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