fire
瞬間、僕の胸に火が付いた。
体は熱を帯びて、心臓の動悸が止まらなくなる。
体の穴という穴から汗が噴き出てる。
顔が赤熱する。
張り詰めた緊張なんてどうでも良い。
そういった環境的な理由じゃなくて、本能的にこの場から逃げ出したい。一人になって灼熱の恥じらいをどうにかして収めたい。もっとも、一人になったところでこの息苦しさが解決されるのかは分からない。むしろ、悪化することになるかもしれない。けれど、例え悪化したとしても僕は光さんから逃げ出して、一人になって、光さんの言った意味を咀嚼したい。
「ふふ、赤くなって可愛いじゃん」
「……」
恥じらいのせいで、悪戯心満載の笑みを向ける光さんに言葉を返すことは出来なかった。
言葉は頭に浮かんでくるのにもかかわらず、それを発することが出来ない。声帯が上手く震えず、ただ臆病に痙攣するだけだからだ。酷くもどかしくて、酷く恥ずかしい。
内外から訪れる恥に熱を帯びる僕をからかうように、光さんはジッと僕に微笑を送り続ける。それもあの夜に見たどこか熱っぽくて、どこか艶やかな笑みを。魅力的な笑みは僕の中に、ついさっき叶さんから受け取った愛に対して抱いた欲求と同等の欲を沸き立たせる。腐った杏の臭いを漂わせる醜い生理的欲求がこみ上げてくる。気持ちが悪い。
杏の腐臭のおかげか、僕を包み込む恥じらいはその勢いを殺した。けれど、反動として僕自身に二つの刃が突き刺さった。いや、この二つの刃は今突き刺さったわけじゃない。叶さんが僕にキスをしてくれた時から、刺さっていたものだ。そして、ようやく自分に鈍い僕は二つの刃と傷口から滴り落ちる罰の血を認識したんだ。
ただ、認識できていなかっただけだ。
「へえ、けどそれじゃあ説明になってないじゃないか」
艶やかな笑みを浮かべる光さんに反するように、叶さんは鋭い口調で問いただす。
簡潔な理由だけでは、叶さんは満足できなかったらしい。このため珍しく強情な態度を取って、自らが納得出来得る理由を得ようと行動を取っていた。
「そう? これ以外に理由も無いんだから説明なんて要らないでしょ」
「いいや、それは違うぜ、姉ちゃん。動機の理由は必要だよ。たった一言から相手に全部知ってもらおうなんて言うのは、意地っ張りの傲慢に過ぎないよ。それに例え、今の姉ちゃんの言葉に姉ちゃんの動機の全てが詰め込まれていたとしても、人の言葉も気持ちもわからない僕には、言葉の中に含まれた意味は理解できない。だからさ、教えてくれよ」
「……珍しい」
けれど、叶さんの強情は光さんに自らが理由を欲している理由を段階的に説明するのに従って徐々に綻んでいった。刺々しい高慢ちきな態度は失われ、最後に残ったのは知的欲求と自らの経験不足という極めて単純な理由と人にものを頼む恭しい態度だけだった。
叶さんの態度に、最も光さんを近くで見てきた光さんも驚いていた。けれど、驚きの衝撃が長く続くことは無かった。この代わりとして現れたのは優しい笑みだった。丸みを帯びていて、暖かく、無償の愛が含まれた慈愛の笑みだった。
「そっか、なら教えてあげよう。私の罪をね」
そして、光さんは自分の中で一つの区切りをつけると、叶さんから視線を離して僕と外村に目配せをして遠い目で外の景色を眺めながらそういった。光さんの表情は吹っ切れた様に清々しい印象を覚えた。
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