night
たった一つの疑問の解決は、いつか光さんが言っていたような気がする。
確か光さんは、才能に恵まれているから親も自分も手間をかけなかったとか言っていたような気がする。聞いた話でしかないから、確証はないけど、性格がこんなに捻じ曲がる要因はそれくらいしか考えられない。
けれど、それはあくまでも僕の予測に過ぎない。
憶測の域でこの人を、稀代の天才を語っているに過ぎない。
常識外を常識で語ることは、その人に対する失礼だ。だから、僕はこの人の真実を求めなければならない。真実をもってして、この人がどうしてこんなにも捻じ曲がった人間になったのかを探らなければならない。
いや、どうして赤の他人が一個人の人格の秘密を探ることを義務だと思っているんだ?
甚だお門違いなことじゃないか。
大体、僕のやろうとしていることはプライバシーの侵害だ。明かさなくても良いことを明かそうとするなんて、個人の権利を超えた権利だ。それを犯すことは、法的に罰せられなくとも個人的に犯罪だと思う。
「どうしてそんな目で僕を見つめるんだ……」
一人で懊悩していると、かすれた寂しい言葉が耳に届く。
僕は耳を疑った。
傲慢で高慢な人が、発せられる声だとは思えない。
弱々しさとは無縁の人が、今にも泣きそうな声を発するなんて想像もできなかった。けれど、想像できなかったことは現に今起きたし、その証拠に叶さんの表情は、暗がりの中でも歪んでいると分かる。眉をひそめて、口元を歪めて、悲痛な眼が僕の目に映る。美しいその人は、いつの間にか悲劇のクライマックスのような表情を浮かべている。
ただそれ以上に、意図せず叶さんを傷つけたしまったことに慌てる。叶さんは僕の目が自分を傷つけたと言っていた。けれど、僕の目は普段と変わらない目のはずだ。それがどうして天才を傷つけたんだ?
僕の目はどうなっているんだ?
いや、口を閉じて自分の中で悩み続けていても仕方がない。この問題の解を見つけることは、僕単独で出来ることじゃない。自分で自分の像を見ることが出来ないのだから。
なら、僕の像を明確に見ることが出来る唯一の人にことを尋ねよう。
「僕はどんな目をしているんですか?」
「うっさい。黙れ」
もっとも、尋ねたところで解が返ってくるわけではなかった。
返ってきたのは強烈な拒絶と、叶さん自身が自分に抱える恥じらいだけだった。僕が知りたかった僕自身の目の表情は、どうやら暗がりに消えてゆくらしい。
頼りない背中を叶さんは、僕に見せる。自分の弱さを僕という他人に見せてしまったことから逃れるために、この人は背を僕に向けたんだろう。これもまた予測に過ぎない。けれど、もしも僕の予想が正しかったのなら、この人は傲慢で高慢だけれど、人並みのいじらしさは持っているということになる。
初印象からかけ離れた憶測に笑いが零れる。
「なんだよ、笑いやがって」
背中を向けたまま叶さんは、不機嫌な言葉を漏らす。
「いえ、ただ叶さんにも人間らしいところがあると思うとついつい」
「僕だって人間だよ。天才だと言っても、ある一部分を除けば君たちと同じ人間さ。宇宙人でもなんでもないただの人だよ」
くるりと身をひるがえし、手を腰に当てて、華麗な体裁を取り繕った光さんは凛とした表情を見せる。この表情は叶さんが持ちうる悪徳の全てを廃した表情のように見える。清廉潔白な、叶さん自身を表しているように思える。
だからか僕の視線は、叶さんの顔に集中する。
「……まあ、いいや。とりあえず、上がってよ。玄関で立ち話って言うのも品が無いからさ」
ただ、凛とした叶さんの表情はすぐさま悪徳に包まれる。そして、突き放すような口調で叶さんは、土間から上がるように勧める。
「はい」
もちろん、僕は叶さんの言葉に従う。
拒む理由など無いのだから。
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