栄光と土塊
べっ紅飴
第1話 我が手に在りし土塊
我が手に栄光を、誰もがそう願った。俺も曾てそう望んだ記憶がある。
我が手に溢れんばかりの栄光を掴む。そう決意したのは幼さゆえか、それとも生来の無謀さに因るものか。
どちらにせよ、俺には過ぎた望みだったに違いない。なんせ、その栄光を望んだがゆえに俺はいま死の淵に瀕しているのだから。
「ああ、クソ……こんなところで死んでたまるか……。」
目の前に広がるのは一方的に蹂躙される味方の兵と、壮大にして凄絶の魔術を操りし、敵軍の魔術兵。
戦場には火焔の槍が絶えず降り注ぎ、一人、また一人と兵が火達磨にされていく。
最早この戦場に俺たちの勝機は残されていなかった。
背を向ければ瞬く間に火炎槍に焼かれ、貫かれ、その命を奪われることだろう。
ただそれは勇敢に前進したとしても同じことだろう。どちらにしても死ぬ。まさにここは地獄の先導者が生み出した死地に違いなかった。
しかし往生際の悪いことに、俺も、他の奴らも、まだここで骨を埋めるつもりはないらしかった。
ある者は火炎の槍を剣にて掻き消し、またある者は俊敏な身のこなしによって巧みにそれを躱していく。死地を前にして魔術が使えないことを言い訳にしている暇はなかった。
才気に抗うは才気のみ。
ただ、俺には魔術が使えなくとも魔術に抗えるような才能を持っているわけじゃなかった。清々しいほどに何もない。俺はそこで転がっている雑兵と同じなんだ。自らの器量には場違いの戦場に身の程を弁えずに繰り出した愚か者。
得てして戦場ではそういう奴から死んでいく。
現時点で俺が死んでないのは偶然としか言いようがない。次の瞬間には屍になっていても可笑しくはないほど脆弱な命だ。
そんな俺がこの戦場で生き延びることがあるとすれば、起こり得ぬ奇跡でも呼び寄せる他にない。
そう、奇跡だ。奇跡さえ起これば俺はこれから先も生きることができる。そうなったのなら、故郷から離れた縁もゆかりも無い土地で酒場でも開いて、戦場での経験を時に語りながらグラスでも磨き、手にすることのできなかった栄光への渇望を胸の内へと燻ぶらせながら朽ちていくのもいいだろう。今まさに俺の中では走馬灯のようにそんな光景が映し出されていた。
栄光を望んだはずの人間が栄光を諦め、自身に見切りをつけながら生きていく光景。かつて忌み嫌ったそれに俺は成り下がろうとしている。しかし、そんなこと今は欠片も気にならなかった。生き残ることさえできればプライドなどどうでも良くなっていた。
ああ、戦場での血を吐き出し、冥府にて眠りについた戦友たちよ!俺を笑いたくば笑うがいいさ!
冥府に沈む勇気もない臆病者とな!
死ぬ目にあってなお戦場から人がいなくならない理由は、俺だけは死なないと思うやつが大勢いるからに違いない。そして俺だけは死なないと根拠のない妄言に取り憑かれながら戦場を墓場とすることになるのだ。
そんな愚者の葬列にいつまでも並んでいれば命がいくつあっても足りないだろう。
魔術兵、あんなものがいるのなら最早戦場に俺の立つべき場所はないのだ。それなら、生き延びて戦場以外に己の道を見出したほうが数千倍マシというものだ。
いけ好かないフリードの野郎や、一騎当千を謳われたアルカスだって魔術兵に殺された。
いつもどおりの戦場だったのなら、フリードは賢しく立ち回り、当然のように生き延びただろうし、アルカスは大将首を己の手柄にしていただろう。業腹ではあるが、あいつらは戦場で生きるのには申し分ない力を持っていると俺は認めていたのだ。
そんな奴らでもここでは雑兵と変わらなかった。
俺かまだ死んでいないのはある一重に幸運だったからだ。これから先も戦い続けたとして、俺が生き残れるとは思わない。
魔術師という化け物共が横行闊歩する戦場で栄光を摑むという無謀を続けるくらいなら、やはり酒場でも開いたほうがマシだ。
そうだ、俺は生きて酒場の店主になるんだ。
だから……
「ここで死んでたまるかよ……!」
時に、奇跡を起こすのに何が必要なのものとはなにか。フリードの野郎は軌跡を起こすにはチップをベットしなければならないと言っていた。アルカスは軌跡を信じなかった。
奴らが嘗て語って聞かせた持論が脳裏で鋭く思い返された。
こんなこと論ずるまでもない。
奇跡とは余人の想像を超えるからこそ奇跡なのだ。
最後まで諦めない限り奇跡が起こる可能性はゼロじゃない。そこに必要なものがあるとすれば勇気だ。それも最も性質の悪い勇気。蛮勇。
魔術兵の数は総勢30程だろうか。周囲には巻き込まないという意図があるのか、配置される兵は少ない。ある程度まばらに散開しているため、たとえ一人討ち取ることができたとしても、そこから先へ進むのは困難だ。
栄光と土塊 べっ紅飴 @nyaru_hotepu
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