第6話 真実

 一


 いよいよロンベル王国跡へ本格的に足を踏み入れた五人。

 ルピアとルークは二回目だが。


「なんか……あの時と同じ、いや前より酷くなっている気がするぜ」

「ホント。もうなんか――氷っていうより絶対零度の都って感じだよ」


 二人は過去を見る様な目で遠くを見る。

 確かに今は至る所ビッシリと氷が覆っていて、絶対零度の王国と呼ぶに相応しいだろう。

 だが、風だけは遺跡へ行く前と比べると、僅かだが緩くなっている。

 アイスゴーレムを倒したからだろうか……。

 国の外壁は地面の部分以外は崩れてしまっていて、その地面の部分が辛うじて規則正しさを保っているからこれが外壁と分かる。

 城下町らしき所は、家の方は多少は残っている。

 ここは煉瓦造りの家が主流だが、家によっては外壁が剥げているのもある。

 花壇や噴水は殆ど崩れていて、言わなければ分からない位だ。

 こんな気候だから蔓草は伸びていないが、代わりにしつこいようだが雪と氷柱が占めている。

 そんな城下町をまっすぐ進むと、城が見えてきた。


『……』


 五人はその異様な姿に息を飲む。

 その姿は――城下町よりも遥かに巨大な水色の氷柱が城全体を覆っており、城の正確な形が分からない。

 氷柱の形で大きさが大体想像できる位だ。

 正門は当然のことながら氷で阻まれて開きそうもない。

 他に入口は、使用人用の通用口と裏口があるのだが、どちらも凍っていてとても入れそうにない。


「どうやって入る? 流石にこんなデカい氷、サラでも難しいぜ」

「そうですね。武器で削るにしても凄く時間かかりそうですし」

「他に入れるところも無い様だが……」


 アレックス、レナ、フィリアが正門の前でう~んと打開策を考えていると、


「三人とも、こっちこっち」


 ルピアが少し得意げに手招きする。


『?』


 三人が何だろう、と正門から離れてルピアについて行くと、ルークが城の外れの古井戸の前にいた。

 それには水を汲む桶は残っていない。


「井戸……ですね」

「そうだ。実はここはな、あの城に通ずる隠し通路なんだよ」

「そうなんですか?」

「うん。前に城へ入った時もこの井戸から入ったんだよ」


 ルークはいたずらっ子のようにペロっと舌を出す。


「水は……無いか」


 フィリアが、上半身を少し乗り出しながら覗き込んでカンテラで照らす。

 肉眼で見える範囲では水は無い。

 中は結構深く、底が見えない。


「あたしらがあの時来た時から既に枯れていたからね」

「そうか」

「んじゃ、乗り込もうぜ」


 ルークが井戸にかかっている鉄の梯子に足をかけて下りてゆく。

 続いてルピア、フィリア、アレックス、レナの順で下りる。

 梯子は錆びて赤茶色になってはいるものの、かなり丈夫で、これだけの人数が連続で下りても壊れない。

 暫く降りていくと、やっと地面が見えてきた。

 ぴょんとルークが飛び降りて、カンテラで辺りを見渡す。

 人は勿論、魔物の気配も無い。

 中は入口とカンテラ以外には光は無い。通路は石造りのシンプルなものだ。

 ルピア達も続けて飛び降りる。

 アレックスとフィリアもカンテラを点けて、井戸を下りた順で通路を歩いていく。

 通路の所々から地下水がしみだしているが、そんなものは巨大な氷の世界の中では朝露でしかならない。

 コツン、コツンと五人の靴の多重音声が響く。

 音一つしない空間で聴くと、緊張感が醸し出される。

 道なりに進んでいくと、道が二つに分かれている所へ出た。


「どっちだ?」


 アレックスが前にいる二人に訊く。


「これは左だ」

「そうそう。右は行き止まりだったよ」

「そっか」


 二人は足を左に向け、進んでいく。レナ達も二人を信じてついて行く。

 確かに正解で、どんどん進んで行けている。

 更に歩き続けると、続いて今度は三方に分かれた通路へと出る。

「今度は右だ」とルークが言い、右へと進む。

 十メートル程進んでいくと、通路の色が一か所だけ変わっている所へ着く。

 そこの天井部分から僅かに光が漏れている。


「お、ここだ」

「そうそう。ここは確か厨房に繋がってるんだったよね」

「あの時もこっから侵入したよな」


 三人は「成程」と頷いて、井戸と同じ鉄の梯子を上ってゆく。

 だが、出口には鍵がかかっており、このままでは入れない。

 

「んじゃ、開けるとするか」

「でも、大丈夫かよ。錠を開けるとしたら両手を使うだろ?」

「そ、そうだな……」

「ふう、んじゃあ精霊達、皆来てくれ」


 アレックスの言葉に五人とも集合した。


「悪いけど、ルークの背中を支えてくれないか?」


 精霊達は一斉に頷き、ルークの背中を支える。


「頑張れよ。気を抜いたら俺らもヤバいからな」

「有難う。んじゃ、急いで……」


 ルークはお手製のキーピックを取り出して、鍵穴に差し込む。

 そこからは素早く、僅か一分でカチリと音を立てさせた。


「OK、開いたぜ」

「よし」

「おし。何もいないぜ」


 蓋を開けたルークがきょろきょろと辺りを見て、ひょいとジャンプする。

 ルピア達もひょいとそれに続く。


 氷漬けになっているものの、かまどや洗い場が分かる。


「あの時より氷がでっかくなってるね」

「そうだな」


 二人は少ししみじみする。


「んで。何処を調べる?」


 アレックスが訊く。

 するとフィリアがルークとルピアの方を向いて、


「二人共。書庫へ行った事はあるか?」


 と訊く。


「いや……」

「そう言えば、あの時は真っすぐあいつがいた謁見の間しか言ってなかったからねえ」


 二人は盲点を突かれた、とばかりに頭を押さえて言う。


「そうか。ではそちらへ向かいたいのだが」

「どうしてだ?」


 アレックスが訊き返す。


「手がかりを掴むためだ。敵についてもう少し深くな」

「そうですね」


 レナが頷き、三人も「分かった」と頷く。


「あ、ここに地図がありました」


 レナがかまどに引っかかっている鍋の中に、端が擦り切れてボロボロになった地図を見つける。

 幸いこれは凍っていないので読めた。


「書庫は、えっと……ここですね」


 レナが地下一階の【書庫】と書かれた箇所を指さす。

 面積は大分広いようで、フロアの三分の二を占めている。



 五人は厨房の鍵を開けて、食堂を出て、大広間へ出る。

 大広間はドーム状になっている。アーサラ遺跡と同じく。

 造りは大理石で、壁には無数のタペストリー、床は霜だらけになっているが、毛足が長い絨毯が敷かれている。

 そして上の窓にはステンドグラスが埋め込まれている。それも一枚ではなく幾つも。

 だが、タペストリーの殆どが破れ、窓も無惨に割れている。

 栄えていた当時はステンドグラスの光で虹色に輝いていたであろう。だが今は冷気と言う青鈍色一色に埋め尽くされている。

 栄枯盛衰の枯と衰が一気に来たとも言える光景だ。

 地図を見ると、使用人の部屋が並ぶ廊下の手前に、地下へと続く階段がある。

 五人がホテルの様な廊下を歩いていくと、確かに使用人の部屋の手前に階段があった。

 この階段は、シンプルで装飾も少ないデザインだ。地下らしい。


「……」


 レナが丸みのある目を鋭くさせて首をゆっくり左右に振る。


「どうした? レナ」


 アレックスが訊く。


「アレックスさん。さっき大広間に来た時から冷気が強くなった気がしたんですが」


 レナが緊張した声でアレックスに言う。


「――そう言えば、外よりも少し強い?」


 レナの言葉を聴いたアレックスも緊張した声を出す。


「敵も気づいたのでしょうか? 私達がここへ入った事を」

「かもな。兎に角今は書庫へ行って手掛かりを探そうぜ」

「はい」


 少し重い足取りで五人は地下一階へ辿り着いた。

 地下は地上よりも淀んだ冷気が漂っている。

 下りてすぐ左に【書庫】と表札の様な板が貼られている少し豪華な扉があった。

 フィリアが恐る恐るドアノブに手をかける。

 ガチャガチャ。

 やはりここも鍵がかかっている。

 三度みたびルークがキーピックで瞬く間に開ける。 

 再びフィリアがドアノブを回すとゆっくりと回り、ギィィと少し錆びた音を立てて扉が開く。



 中へ入ると、そこはもう図書館と言うに相応しい蔵書量を誇っている。

 全てを読み切るには到底一日では読み切れないだろう。


「うわあ、こりゃあ立派だねえ~」


 ルピアが少し皮肉めいた声で首をゆっくり大きく動かして呟く。


「兎に角グラキエースに関わる本を手分けして探そう」

『おう』

「はい」

「うん」


 ルークとレナは奥の方へ行き、アレックスとルピアは入口近くを。

 そしてフィリアは、中央にある可動式の本棚の所を探す事にした。

 五人は本屋で目当ての本を探す様に、背表紙を指さして探してゆく。


 ルークとレナが探している奥の方は、ロンベル王国の歴史にまつわる本や一般的な書物が多い。


「それにしても古いな。無理も無いか二百年前の本だからな」

「もしかすると、国はそれよりも長くあったってことですね」

「そう、だな」

「そういえば、訊きたいんだけどさ」

「何ですか?」

「アレックスってさ、ルピアのことどう思ってるのかなって」


 ルークが思い切ってレナに訊く。

 彼女なら特に冷やかす事も無く、真剣に答えてくれそうだと思ったからだ。


「そうですね。軽口を言い合ってよく口喧嘩をし合っています」

「へえ」

「けど、殴り合いの喧嘩はしたことありません。それにお酒を飲むと凄く気が合いますから」

「ふ~ん」


 ルークは複雑な相槌をする。


「それがどうかしましたか?」

「あ、い、いや……。距離が近いな、と思っただけだよ」

「そうですか。ですが、恋愛感情はどうかは分かりません。それに、アレックスさんには奥様がいたのです」

「え、マジ? 既婚者!? でも、?」

「はい。もう亡くなっていますが」

「マジか!」

「はい。アレックスさんの話ですと、航海中クラーケンと遭遇して、船が叩き落されたそうなんです。アレックスさんは辛うじて助かったのですが、奥様は結局……」

「そうか」

「その奥様がルピアさんに似ているんです」

「え!!」

「私も一度写真を見せてもらったのですが、髪と目の色以外はルピアさんそのものでした」

「も、もしかしてその奥さんとルピアを重ね合わせてるのか?」

「それは分かりません。アレックスさんは奥様を真剣に愛していましたから、それに関しては薄そうですけど」

「……」


 ルークは黙り込んで、「有難う」と少し元気を奪われた声で返して、再び本に目を落とす。

 レナは少し気まずそうにしながらも同じく本に目を向け直す。


 ルークとレナは大体本の読み方が似通っていて、まず全体をざっと目を通してから目についたところをもう一度読み返すタイプだ。

 一方、アレックスとルピアは。


「うへぇ~、ちんぷんかんぷんだな」

「あたしも、こういうのはマジで分かんないよ」


 二人は眉間に皺を寄せながら読んでいる。

 入り口近くは、魔導書が多く鎮座している。

 ロンベル王国は魔法に力を入れていた国らしく、付近には魔導書がそこかしこに並んでいる。

 けれど、ルピアもアレックスも、魔法に関してはあまり関わらない職業についているので、こういうのを読むことはほぼ無いのだ。


「こういうタイプの本は頭が痛くなっちまう」

「あれ? あんたって本って苦手?」


 ルピアがニヤニヤしながらアレックスに訊く。


「い、いや。別に本は嫌いじゃねえよ。こういうのが苦手なだけだよ」


 ちょっとむっとした顔したアレックスが軽く反論する。

 先程レナが言っていた通りに。


「ふ~ん。てっきり本がまるっきり駄目なタイプかと思ったよ」

「あのなあ、まさか俺が漫画しかってタイプだと思ってたのか?」

「ちょっとね」


 ルピアがけたけたと笑う。


「お前な~」


 アレックスが軽く怒る。

 とまあ、こんなやり取りで探していっていると、ふとこんな事が浮かんできたので、ルピアに訊いてみる。

 但し、アレックスはあくまで態度はドライだ。


「なあルピア」

「ん?」

「ルークとは幼馴染みか?」

「いいや。ルークと会ったのは、あたしが盗賊稼業に入って間もなくだったからね」

「ふ~ん」

「なにさ」

「いんにゃ。もしかしてコレの関係かと思っただけだよ」


 アレックスが右手の小指のみを立てる。

 すると、ルピアは真っ赤になって、


「あんたには関係ないだろ!」


 と目をキッと鋭くさせてそっぽを向く。


「あっそ」


 口だけ笑みを浮かべたアレックスはルピアに背を向けてまた本を探しに行った。


(……ったく)


 ルピアは口を尖らせアレックスの反対の方の本を探す。



 そしてフィリアは――ガラガラと本棚の側に付いているハンドルを回して、奥に隠れている本を調べていると、他とは違う一冊の本を見つけた。


「何だこれは?」


 それは、分厚い表紙の周りの本と違い、薄い紐綴じの本だった。


「……」


 フィリアが一ページ一ページじっくり黙読していると、やがて読み切って確信を抱いた顔をして四人を呼び出した。


「皆、来てくれ」


 フィリアの招集に四人がやって来た。


「どうした?」


 アレックスが訊くと、


「これを……」


 フィリアが例の紐綴じの本を最初からめくってゆく。


「! こ、これって……」

「ま、まさか……」

「これが……真実なのか……」

「マジかよ」


 レナ、ルピア、ルーク、アレックスが驚愕した。

 内容はこうだった。



 我が一族は代々王族の右腕として仕えていた。

 それは国を建立した時から今まで。

 王族を支えている立場として、町の者も我ら一族に注目していた。

 我らがいなければ、王を始め、国を支える事は到底出来ない事だ。

 そんな我々の名誉が傷つけられ、地に堕ちるとは夢にも思わなかった。


 祖父から聴いた話では、私にとって高祖父の代から、私達を見る眼が明らかに変わったそうだ。

 尊敬の目で見ていた目が、まるで穢れた物を見る目になった、と。

 そうだと思う。現に今の民衆の目は羨望の眼差しと言う柔らかな物ではない。

 突き刺さる無数の矢のようだ。

 祖父から聞いた話では、高祖父は王族に不満を抱き、我が城の書庫に隠されていた禁書から魔物を呼び出し、当時の王を亡き者にした、と。

 魔物の名は【グラキエース】

 魔界の中でも氷の世界に住まう髑髏の姿の魔物だそうだ。

 氷に魔物――それはダンテの【神曲】を思わせる。

 王はその魔物によって亡き者となったが、高祖父もその後、魔物に氷像とされたそうだ。

 魔物の力は国全体に広がり、まさに氷の世界そのものになってしまった。

 その惨状に嘆いた当時の王子――先々代の王がここを訪れた五人の冒険者に退治をお願いした。

 グラキエースの力は凄まじく、一度は窮地に立たされた。

 そこで、ある一人の賢者がフルートを奏でると、グラキエースは急に苦しみだし、氷の世界へと戻っていったと。

 そしてみるみるうちに氷は融け、国に平和の炎が灯った。

 その後、高祖父は極刑になったと祖父が曽祖父から聞いた。


 成程。確かにそれなら今の私達を見る目に納得がいく。

 無理もない。私が民衆の立場なら、私もそれに関わる者をその目で見るのは分からなくもない。

 だが、もうその話は高祖父の時だ。ほとぼりが冷めても良いと思うのに、世間がそうしてくれない。

 何故、何もしていない私達がその様な目で見られなければならないのだ。

 私は高祖父が憎い。そして未だにその目で見る民衆が憎い。更にはそれを問題視せず、何もしない王族も憎い。

 憎い、憎い、憎い!!




「なんだか凄い文面ですね」


 レナが少し震える。


「恐らく、筆の主はグラキエースを呼び出した張本人の玄孫だろう」

「大体の内容は文献と似ているな」

「ああ」


 ルークの言葉にフィリアが頷く。


「そんで、続きは?」

「ああ」


 アレックスに促され、フィリアはページをめくる。




 今まで民衆や王族の目の圧に耐えて生きてきたが、もう今日と言う今日は我慢ならん!

 まさか王にまであの男のことであのように言われるとは……。

 ……少々癪だが私もあの魔物をここへ呼び戻してやろう。

 幸い今の王には子はいない。王を葬れば、実質次に国を継ぐのは王の次に身分のある大臣であるこの私だ。

 確か地下の書庫に禁書として扱われている召喚の書がまだあった筈だ。

 特殊な封印が施されているが、父から解呪の術は聞いている。

 明日早速読んでみるとしよう。


 その本は随分古い本で、端が擦り切れているところが年月を物語っている。

 だが、基本的な文面は長い間禁書として読まれていなかった為、表面はそこまで褪せていない。

 肝心のページを探し、丁度真ん中のページに……あった。

 グラキエースは、召喚した者の魂の半分を引き換えにして呼び出す事が出来るらしい。

 案外たやすい方法だ。

 そう言えば、曽祖父が極刑になる前のあの男は、虚無に満ちた顔をしていた、と呆れた声で話していたのを聞いた事がある。

 愚かな……。それはあの男は魂が弱かったに過ぎない。

 私は何が何でも魂を持ちこたえてみせよう。

 この国を我が物にするまでは……。


 成功だ。魔界の氷の世界に棲んでいると書かれているだけあって、見た目は禍々しいが、力と冷気が溢れんばかりに伝わって来る。

 肌がピリピリと静電気の様に痺れてくる。

 グラキエースは寒気と重さを兼ね備えた声で私に語り掛けた。

「私を呼んだのはお前か?」と。

 私は躊躇いなく肯定した。私は心の内から望んでいたことを一滴も漏らさず吐露する。

 私の話を聞いたグラキエースは、空洞の瞳に生気が宿ったように見えた。

 歯のみの口も笑みを浮かべているようにも。

「良かろう」と答え、私の頭を頭皮を揉むように掴む。


「同じ思いを抱いた男と同じ魂を感じる。皮肉なものだな。あの男もお前と同じ目をしていた」


 その言葉を聞いて、複雑な思いを抱く。

 あの男と同じと言う点は気に入らないが、この者はあの男のことを知っている。

 それは仕方ないのだろう。

 

 グラキエースはすぐに王を葬り、国全体を雪と氷で覆いつくした。

 完璧だ。私は漸く国を統べる者となったのだ。




「一体何を言われたのやら……」


 アレックスが少し同情した声でやれやれなポーズをする。


「こんなんじゃあ、言っちゃなんだけどあいつを呼ばれても仕方ないね」


 ルピアが呆れた声を出す。


「……そうだな。だが……」


 フィリアが更にページをめくる。




 誤算だった……。

 グラキエースがもたらす冷気は、想像以上だった。

 生きとし生ける者は次々と死に絶えてゆく。

 私は――そこまで望んでいなかった。

 ただ、僅かばかりの冷気をもって民衆に知らしめたかっただけだった。

 だが、その者達も死に絶えた今、もう意味はなさない。

 私はもう満足した。戻って欲しいと頼んだ。

 すると、グラキエースは嘲笑を持ってこう言った。


「国を掌握したいと望んだのはお前だろう。お前が頂点に立てる国にしたまでだ」

と。

 その言葉に私は絶望に染まった。

 奴の力は計り知れず、僅か一週間でロンベル王国は氷と雪の国に変わってしまった。

 このままではこの国のみならず、フォード大陸、果ては世界を覆ってしまうだろう。

 私は、秘かに用意していた封印の札をつけた杭の形をした楔を奴に打ち付けようと考えた。

 これは、用心深い祖父が「もしもの時にお守りとして取っておきなさい」と書庫の隠し金庫に入れていたものだ。

 あのフルート程では無いが、封じるには十分に値する力はまだ残っている筈だ。

 グラキエースはやはり一度召喚されたことがある証拠に、真っ先に例のフルートを安置しているアーサラ遺跡を凍らせた。

 用心棒として氷で出来たゴーレムを置いて。

 グラキエースは勝ち誇った笑みが滲んでいた。

 だが、切り札を封じた事で奴は油断していた。

 私は奴を謁見の間へ誘い出し、渾身の思いで楔を打ち付けた。

 結果としては封印に成功した。

 奴はバラバラに砕け、動かなくなった。

 

 だが私は……国を滅ぼしてしまった……。

 民衆はおろか城の者も全て死に絶えてしまった。

 結局は私も高祖父と同じ道を歩んでしまった……いや、それ以上に悪い未来を歩んでしまっただろう。

 何故あんなことをしたのだろう……。

 こんなことになるのなら、あのようなものを呼び覚ますのではなかった……。


 私は非常に重い罪を犯してしまった。

 だが、国はもう冷気を伴う純銀に覆われている。

 滅びるのも時間の問題だろう。


 これを読んだ者の中に、もしも勇気がある者ならばあの魔物を滅して欲しい。

 【紅蓮のフルート】をアーサラ遺跡に残しておく。

 私に出来ることは、もうこれしか残っていない。

 大切に残して下さったこの国を台無しにしてしまい、申し訳ございません……。



「ここで終わっている」


 フィリアは悟りを開いたような顔で紐綴じの本をパタンとたたんだ。


「まさか滅ぼしたのが国王じゃなく大臣だったとはな……」

「そうだね……」


 ルークとルピアが珍しくしんみりした顔になる。


「……皆さん、行きましょう」


 レナが深呼吸をして意を決した手で剣の柄を握る。

 四人は一斉に強く頷く。

 いよいよ元凶が犠牲者を待ち詫びている謁見の間へと向かって行った。

 フィリアが本を元の場所へ戻す前、一枚のわら半紙を見つけて、読んだ。

 それを見て、フィリアの目が変わった。


(この文……覚えておくか) 


 それを頭の片隅に刻み込み、決意した顔で元の場所へ戻して、四人の後に続いた。

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