第5話 切り札を求めて



「よし。んじゃあ、まずはそのフルートを取りにアーサラ遺跡へ向かうとするか!」

「ああ!」


 アレックスとルピアは気合十分に意気込む。

 その顔には寒さなど微塵も感じていない。

 それは精霊の力だけではなく、皆フィリアのホットハーブ水を飲んだからでもあるからだ。

 外は相変わらずレナを探しに行った時と同じ、青鈍色の世界が広がり、雪のシャワーが五人を襲っている。

 まずは遺跡の前に王国の跡地へと向かう事にした。

 そこを行った方が遺跡への方角が分かり易いからだ。


 ではここで、ルークの大まかなことを説明しよう。

 ルークは、ルピアと同じ盗賊でありながら銃を武器にしている。

 現に今背にショットガンとライフル、そして腰にはマグナムを装着している。

 身軽を売りにしている盗賊には大丈夫か、と言いたいかもしれないが、彼の場合は足の速さよりは獲物を確実に仕留める事に重きを置いているので、本人としては大きな問題では無いそうだ。

 ルピアが盗む担当なら、ルークは獲物を仕留める担当になる。

 彼の銃の腕はルピアと同じ位、つまり命中率は非常に高い。

 とまあ、戦闘に関してはこんなところだ。

 後は錠前の開錠も得意である。

 どんな錠も彼お手製のキーピックで開けられるのだ。


 では、話を戻そう。


「ルーク。遺跡はどんな見た目だ?」


 アレックスが吹雪に負けないように、叫ぶ形で訊く。


「ああ。俺も直接は言った事無いんだけど、学者曰く外観は白いドーム型らしいぜ」


 ルークも吹雪とアレックスに負けじと答える。


「白いドームか。分かった」


 とアレックス。

 一人増えただけでも心強さがある為か、足取りはコテージへ入る前と比べると、微かに軽い気がする。

 今度は五人で固まって行動したので、はぐれることなく目当ての場所を視界に入れることが出来た。


 五人は漸く王国の跡地まで辿り着いた。

 城門はかつて栄えていた面影が全く無く、辛うじて建物の地盤やその残骸が所々に残っている位だ。

 そこにも勿論霜がビッチリ降りていて、一部は凍っているのもある。

 奥の方は吹雪で霞んでしまって見えないが、恐らくこれと同じがそれ以上に荒れているだろう。


「ひでぇな……」

「ああ」


 アレックスとフィリアが、まるで自分達の大切な人を失った時の様な声の調子で呟く。


「ルーク。遺跡ってここからどこにあるんだい?」


 ルピアはまるで昔に戻ったかのように明るい口調で訊く。


「確か……ここから西の方にあるって聞いた」


 ルークも明るい声で左を指さす。


「左だな。よし」


 アレックスが爪先を左に向けてざくざくと進んでいく。

 四人もすぐにその後に続いていく。

 歩いて十分ほどで、例のドーム型の建物がうっすらと見えてきた。

 ルピアが指差して、


「あれじゃない?」

「確かにドーム状で、色も雪ではっきりとは分かりにくいが白っぽいな」


 アレックスが首を動かして全体を確認する。

 ここがアーサラ遺跡で間違いなさそうだ。

 ルピアとアレックスが首を上下に動かして確認する。

 

「では参りましょう」

「……」


 レナ達が乗り込もうとすると、フィリアが入口手前で立ち止まる。


「どうした?」


 アレックスが訊く。


「……おかしい」


 フィリアの顔が険しくなり、声も警戒が含んでいる。

 その姿はまるで暗殺者の様にも見える。


「何がですか?」

「先程王国の跡地では奥から向かい風が吹いていた。つまり、北からだ。だが今は――この遺跡の奥から吹いている。先程の方角からは一切吹かなくなった。おかしいとは思わないか?」

「そう言えば……」


 アレックスも皆もフィリアの言葉に少し賛同する。

 確かに風向きが変わったにしては、あまりにもはっきりとしている。

 風は規則性を持たない筈なのに。


「う~~ん。シルファ」

「はい」


 アレックスの呼び出しでシルファが緑色の風を纏ってポン、と現れる。


「なあ。この辺りの風の気を探ってくれるか?」

「分かりました」


 アレックスの言葉を聴いたシルファの顔にも少し緊張感が滲む。

 彼女は風の精霊だから、風の気配には敏感だ。

 シルファは手を祈る様に組んで、風を読む。


「へぇ~、これが精霊か。コテージへ行く時に見かけたけど、あの子達ってアレックスのだったのか」

「そうだよ。そう言えば、あたし精霊使いってアレックス以外に会った事無いんだよね。勿論精霊も」

「俺もだよ」

「私もです」


 ルピア、ルーク、レナは身近に精霊使いがいなかった。

 だからアレックスと初めて会った時、精霊の存在に凄く驚かされた。

 精霊の存在は知っていた。ただ、会った事が無かっただけだ。

 だがフィリアは、


「私は……身近に一人いたな」

『え』

「私の母がそうだった」

『へぇ』


 レナとルピアにとっては初耳だ。


「母は雷に突出した精霊使いだった。だから雷の精霊の特徴はあらかた知っていた」

「ほぉ」

「雷の精霊は、外見は老人が大半だと言う事も母から聞いたな。だからポルカを見た時は懐かしい気持ちになったな」

「成程ね」


 ルピアが感心する。


「と言っても私は精霊使いの素質は無かったから、精霊の言葉は分からなかった。母と共にいた精霊も母が亡くなった後消えてしまったからな」


 そう言うフィリアの声が少々寂しげだ。


「そっか。にしてもさ、アレックスってぱっと見は精霊使いには見えないな」

「それは分かる。あたしも最初に会った時は、てっきり戦士かと思ったもん」

「私も思いました。鎧を着けてますし、武器はバトルアックスですし」

「外見とのギャップが最も激しいな」


 四人がうんうんと頷きながら言い合っていると、


「お前らなあ、全部聴こえてるぞ」


 シルファと会話を終えたアレックスが、不服そうな顔をしながら四人の会話に割って入る。


「だって本当の事だもん」

 

 ルピアが悪びれも無くケタケタと笑う。

 ルークもうんうんと相槌を打つ。

 レナとフィリアも申し訳なさそうに、でもこくりと頷く。


「実は私も……最初は精霊使いと思いませんでした……」


 シルファもおずおず手を上げる。


「ハァ~。もういい……」


 シルファにまで言われたアレックスは意気消沈し、そっぽを向いた。

 確かに彼の見た目ではそうは思わないと答える人は九分九厘だろう。

 だが、彼には他の精霊使いとは一線を画した素質があるのだ。

 殆どの精霊使いは、フィリアの母の様に特定の元素に秀でているというのだが、アレックスの様に五つの元素を味方につけている精霊使いはアレックス以外にいただろうか? いや、いなかった。

 つまり、アレックスは見た目とは想像もつかない資質がある。

 もし、この先光・闇の精霊を味方につけたら、まさに精霊使いエレメンタラーの頂点に立つ――それ程なのだ。


「んで。シルファ曰く、奥の方から邪な風が吹いているそうだ。しかも自然や機械とかの類じゃねえらしいぜ」

「それってもしかして……」


 レナの疑問に、


『魔物、だよ』


 ルークとルピアが揃って弓とライフルを取り出す。


「息ピッタリですね」


 感心したレナが、自分もブロードソードを背中の鞘から抜く。

 いよいよアーサラ遺跡の内部へと踏み込んでいった。



 アーサラ遺跡の内部は比較的シンプルで、外観と同じ形の部屋がぽつんと一部屋あるだけだ。

 ただし、中は相当広い。

 まるで水晶玉に閉じ込められたみたいな感じがする。

 見たところ、だだっ広い空間の中には、椅子や机など床に置くものが何も無い。

 壁に下が破れたタペストリーが何枚か掛かっている。それだけだ。


「う~ん。何もねえな」

「そうですね。例のフルートも魔物もいないなんて……妙ですね」

「シルファが言ったんだから、邪な風――魔物は絶対いる筈なんだが」

「……?」


 アレックスとレナがゆっくりと辺りを見渡していく。

 その時、フィリアがいきなり伏せる。


「どうしたんだい、フィリア?」

「風が……強い」

「え? 何処からだい?」

「下からだ。もしかして床に隠し通路があるかもしれない」


 フィリアが床を撫でる。


「そうか。よし、もしかしたら何処かに何か仕掛けがあるかもしれないから手分けして探そうぜ」


 レナ、ルピア、ルーク、フィリアは頷く。

 個々に分かれて床や壁をくまなく探していく。因みに天井は精霊達に任せている。

 ここは廃墟となって幾年も経っているのに、老朽化があまり進んでいない。

 天井には穴が開いていない上、窓が無いので、雪や風が侵入していないから、床が殆ど腐っておらず、かなり立派なシャンデリアもガラスが所々しか割れていない。

 ただ、この遺跡には電気は無いし、蝋も全て溶けきっているので、ただの置物と化している。

 壁の方も穴は開いていない。壁紙が多少剝がれている位だ。

 先程も言った通り、所々タペストリーがかかっているだけで、金目のものは全くない。

 壊されたか、賊に盗まれたか。それは分からない。

 床の方は、隅の方だけ三か所ほど抜け落ちているものの、特に何も無い。


「何処にも……見当たりませんね」


 レナが出入り口から見て右奥の壁を撫でながら言う。


「う~~ん……」


 ルークの方は、床をカンテラでしらみつぶしに探している。

 一面一面細かく見ていると、ある場所で手が止まった。


「あれ?」

「どうしたんだい、ルーク」


 出入口近くを調べていたルピアがルークの元へ行く。


「今ここが一瞬冷たくなった。ちょっと触ってみろよ」


 ルークに促され、同じくやって来たレナとフィリアが、ルークが触っている部分を触ってみる。


『!』


 二人は今触れたところを一旦離し、すぐ近くの床に触れて、また今の床を触れ直す。


「た、確かにここ、他より冷たいです」

「ああ」


 ルークが改めて二人が触れている部分を更に調べていると、あるものを見つける。


「あ、これって……切れ目?」


 ルークが僅かな切れ目に指を入れて、上に動かしてみると、ゴ、ゴと床が動いたではないか。


「やっぱり――うう、重い」


 流石に重量があるのか、ルーク一人では難しく、駆けつけたアレックスとフィリアも加勢して一緒に持ち上げる。


『せーの』


 三人が思いきり力を入れてゴゴゴ、ガコン、と蓋の様に開けると、中には地下へ続く階段が伸びている。


「もしかして、ここにフルートがあるのか?」

「結構長そうだね。カンテラの光が先まで届ききれていないよ」


 フィリアとルピアがしゃがんで地下へ伸びている先の闇を見つめる。

 確かにルピアが言うように、階段はかなり長く、一番奥が闇から晴れない。

 こんな漆黒の闇の中で蛍の光で照らすように。


「ま、行ってみるしかないだろ。行こうぜ」


 カンテラを持ったアレックスが先頭に立つ。その後ろにルピア、ルーク、レナ、フィリアの順で下ってゆく。

 カンテラは男性三人が持っているので、まだしのげるだろう。

 隠し扉は人一人ずつ入れば余裕で入れる大きさだ。

 ゆっくりと階段を下ってゆくと、巨大な扉が姿を現した。

 大きさは……およそ建物二階分。

 幅は五人が一斉に入っても十分通れる位だ。

 扉の奥から、外程では無いが強烈な冷気が流れ込んでいる。

 重苦しく淀んだ……。それはシルファが言った邪な風の正体だろう。

 間違いなくにいる。

 そう確信したレナ達は、お互いを見合って頷き、この大扉をゴゴゴ、と重い音を立てさせてゆっくり開ける。

 そこに待ち受けていたのは……。



 ビュオォォ……。

 そこは、まるで氷河期に逆戻りしたかのように――二十坪はあるだろう部屋一面に氷が張り巡らされていて、床には室内なのに雪が積もっている。

 氷は基本的には幻想的で美しいイメージが多いが、この氷は――見た目は普通なのだが、何処となく禍々しさを感じる。

 部屋の中心にそれはいた。

 そこには氷で出来たゴーレムが、口と思しき部分から雪を吹いている。

 そのアイスゴーレムの後ろに氷漬けになった【紅蓮のフルート】が台座に置かれている。


「ゴゴ、ゴーーー!!」


 レナ達に気付いたアイスゴーレムは、まるで「侵入者だー」と言わんばかりに怒号を上げる。

 その目は赤黒く光っている。

 大きさもかなりのもので、四メートルはあるだろう。


「こいつがこの遺跡の冷気の元凶か」


 フィリアがトライデントを構える。


「よーし、やってやるか」


 ルピア達も各々戦闘態勢に入る。

 アイスゴーレムは胸をドンドンとドラミングをして、向こうも戦いの態勢に入る。


「氷だったらやっぱ火がセオリーだよな。おーしサラ、皆に火の加護を」

「了解でやんす!」


 サラは右手の人差し指を天井に向け、朱色の炎をアレックスを含め、皆の体に纏わせる。

 五人の体と武器がほんのり朱色に包まれる。


「有難う。それじゃ遠慮なく」


ルピアがアイスゴーレムの遙か高い頭上目がけて、ひょうと火を纏った矢を放つ。

その矢はトス、と見事額に命中。

するとやはり炎は弱点だった様でアイスゴーレムは「グググ」と唸りながら、矢が刺さった所をかきむしる。


『隙あり!』


 ルークとレナがそこに追い打ちをかける様に、ルークはライフルで顔面を、レナは左足を甲をグサッと突き刺す。

 

「ゴー、ゴー!!」


 勿論炎が付与されているので、今度は更に大きな声を上げて顔を覆いながら、左足をぶんぶんと上下に振る。


「おし。効いてる、効いてる」

「ではもう一発行きましょう」

「おう」


 もう一度構えようとすると、


「ゴゴ、ゴー!」


 攻撃を結構喰らったアイスゴーレムは激昂し、ドンドンと右足で床を踏み鳴らす。


『うわわ』


 巨体が鳴らす故、地響きも凄まじい。五人はなんとか地面に伏せてなんとか耐える。

 アイスゴーレムはその間にレナの目の前にやって来て、レナ目がけて左手をブゥンと思いきり振り上げる。


「な、ん!」


 剣士だが華奢なレナは、思いきり吹っ飛び壁に激突する。

 頭は無事だが、背中を強く打ってしまい、気を失う。


「レナ! ……あ」


 ルピアが慌ててレナの元へ行こうとすると、ルピアも「させるか」と言わんばかりに左手で払われ、レナの隣に背中から激突して倒れてしまった。


「レナ、ルピア! この野郎!!」


 激怒したルークが、今度はマグナムに持ち替えてアイスゴーレムの左胸に照準を定め、


「この!」


 こわばった指でマグナムのトリガーを引くと、重い弾丸がアイスゴーレムの左胸へと一直線に駆け巡る。

 ダァン! ダァン!!

 部屋中にマグナムの二発の発砲音が響く。


「ゴォォ!」

「どうだ!」


 大型拳銃の威力は凄まじく、僅かな弾数でも胸の一部が破壊され、広範囲にひびが入る。

 アイスゴーレムはもがき苦しみ、更に暴れる。

 その時、


「げ」

「! 危ねえ」


 暴れた右手がレナ、ルピア、そして二人の前に立っていたルークに当たる、と思われたがアレックスが咄嗟に三人を抱きとめる形で庇った。

 三人に直接のダメージは免れた、だが。


「ぐ、うぅぅ……」


 背中に右手の拳をモロに受けたアレックスは、痛みが響いているのかすぐには立ち上がれない。  

 鎧も背中の部分が少し凹んでいる。

 三人はうつ伏せに倒れこんだアレックスに覆われていて、すぐには動けない。


「やむを得ん。アイスゴーレム、私が相手だ」」


 フィリアがアイスゴーレムを誘導して四人から離す。


「ゴー!」


 アイスゴーレムがアレックスと同じ様に気絶させようと右手の拳を振りかざそうとするが、


「炎神乱撃!!」


 フィリアはタンゴの様な激しくも鮮やかな動きでゴーレムの攻撃をくぐり抜け、左足を攻撃する。

 先程レナが攻撃したおかげで左足がボロボロと完全に粉砕できた。

 片足を失ったアイスゴーレムは、必死にバランスを取ろうとする。


「更に!」


 穂先に影の気を集め、


「シャドウフォース!」


 穂先をアイスゴーレムの全身に向けて、追い打ちて影の気で作られた無数の短剣を叩きこんでゆく。


「ゴゴーーー!!」


 アイスゴーレムの顔も胸も腹も何かも削れ、もがき苦しんで、次第にオルゴールが終わったかのように徐々に動きが鈍くなり、遂に動かなくなり、うつ伏せに倒れこんでいった。

 ガラガラと硝子みたいに崩れていった。


「ふう……」


 フィリアは安堵の息を漏らし、


「皆大丈夫か?」


 槍を背にしまい、四人の元へ寄る。


「俺はまだマシだけど……」


 まだ気を失っているアレックスの下敷きになっているルークが、手を振って知らせる。


「うう……」

「イタタ……」


 レナとルピアも意識を取り戻した。

 二人共痛そうに背中をさする。

 ルークとフィリアがアレックスを俯せに寝かす。


「ア、アレックス!?」

「ど、どうしたんですか?」

「ゴーレムの攻撃から俺らを守ろうとして……」

「な、これは……」


 突然フィリアが切迫した声を出す。


「え、何だ? うわ!」


 覗き込んだルークも口を押える。


『!!』


 ルピアとレナも青ざめる。

 フィリアが鎧を脱がせると、そこには背中の広い範囲が内出血して青あざになっていた。

 あと一歩間違うと大出血だっただろう。


「キュアヒール」


 いつものヒールでは完全に回復しないのは、見れば分かる。

 そこでフィリアは、ヒールの更に上位の回復魔法を唱える。

 ヒールよりも濃い緑色の光がアレックスの背中を包むと、みるみるうちに痣が消えていった。

 だが……。


「まだ目を覚ましません……」

「アレックス……」


 アレックスの目蓋は十五分経った今も動かない。

 息はしているので、それの心配は無いが。


「なんか悪い事しちゃったな……」


 ルークがガルディの森の時と同じ目でアレックスを見つめる。


「ルーク……」


 ルピアがルークの肩をポンポンと叩く。


「気にし過ぎなくて良いよ」

「けどよ……」

「こいつは丈夫なトコが取り柄だからさ」

「そ、そうなのか?」

「ああ。暫くしたら目を覚ますさ、きっとね」


 ルピアがこれ以上ルークを落ち込ませない様に笑顔を向ける。

 ただ、彼女も少し気にしているのか微かに固い。


「アレックスさん……」


 レナがアレックスの手を取る。



(……ここは……何処だ?)


 アレックスが目を閉じながら何処かをふわふわとさまよっている。

 何の音もしない。

 少し寒い。ただ、右手だけはほんのりと温かい。

 目の中が少しぐるぐるした感じがする。

 目の奥では微かに白とも灰色とも言える色が広がっているのを感じる。

 踏み込んでいる地面もふわふわした感じで足が覚束ない。


(皆は――レナは、ルピアは、ルークは、フィリアは――何処だ?)


 見知らぬ世界で必死に仲間の四人を探す。ふわふわした足取りで。

 だが、いくら走っても走っても四人の姿はおろか誰一人、物一つ見当たらない。


(兎に角、ここから出ないと……)


 アレックスはゆっくりときょろきょろと辺りを見渡す。

 すると、目の奥に黄色の光が飛び込んできた。


「!?」


 思わず腕で顔を隠す。

 恐る恐る奥を見ると、そこには亡くなった筈のリンダがふうわりと立っていた。


「リンダ……。何だコレは。俺は……夢でも見てるのか? それとも……」


 アレックスは信じられない、と言った顔をする。


「アレックス……」


 生きていた時より少しくぐもった声で、夫の名を出す。


「リンダ……。俺は夢でも見てるのか?」

「そうよ。大丈夫、死んではいないわよ。フィリアさんが治してくれたようよ」

「そうか。良かった。……一瞬ヒヤッとしたよ」

「死んだと思ったの?」

「ま、まあな。一瞬そうかと、な」

「駄目よ。あなたはまだ私の元へ行くには早いわよ。それにあなたを待っている人達がいるでしょう」


 強気な笑みを浮かべているリンダの言葉に、アレックスは吹っ切れたかのような笑みを浮かべる。


「そうだな。俺は現実へ戻らないとな。そしてありがとよ、しばしの間でも会えて嬉しかったよ」

「私もよ。さあ行きなさい。必ず氷の魔物を倒すのよ」

「ああ」


 二人はがっちり握手すると、突然景色が赤、青、黄色、緑、紫色の光に覆われて、リンダの姿がいつの間にか消えた。

 アレックスの目蓋が漸く開いて、辺り一面が眩い光に包まれた。


「!」



 アレックスの眉間に皺が寄り、まつ毛をふるふると動かし、重くなっていた目蓋を漸くこじ開ける。


「あ、アレックスさん。気が付きましたか?」


 最初に見えたのは、今にも泣きそうな顔で覗き込んでいるレナだった。


『アレックス』


 続いてルーク、フィリア、そしてルピアの顔が写りこんだ。


「レナ、ルーク、フィリア、ルピア……」


 アレックスはゆっくりと起き上がる。


「アレックス、背中の痛みはどうだい?」


 ルピアがアレックスの背中を撫でながら訊く。

 アレックスは、その姿が先程の妻の姿と重なって見えて、思わずルピアの手に自身の手を重ねながら、


「あ、ああ。痛みはあまり無いよ」

「ん? どうしたんだい、らしくないことして」

「あ、ああ、いや……」


 我に返ったアレックスが思わず手を放す。


(? もしかして奥さんの夢でも見たのかねえ。ま、良いか)


 聡明なルピアは、ある程度察していたずらっ子の様な笑みでアレックスを見る。


「あ、そういや雪が積もってる床に寝ていたのにしもやけになってねえな」

「ああ。それは」


 ルピアがアレックスの右を指す。

 そこには、心配と安堵が入り混じった顔をした精霊達がいた。

 全員集合して。


「本当に、本当に意識が戻って良かったでやんす~!」


 サラがえぐえぐと号泣する。

 他の四人もポロポロと涙を零す。


「お前ら……、悪かったな。心配かけちまって」


 サラ達は「そんなことない」と首をブンブンと横に振り、アレックスの元へ戻っていった


(そうか。あの五色の光はあいつらが……。ふ、気の利いた事してくれるぜ)

「あの……アレックスさん」

「ん?」

「有難うございました。私達を庇って下さって」

「ああ……あの時は咄嗟だったからよ……。それに仲間だし……」


 首まで真っ赤になったアレックスは、レナ達から目を逸らして頬をポリポリかく。


「あ、そうだ。フルートはどうなった?」

「ああ。あそこ」


 ルークがフルートがあった台座を指さすと、そこにはフルートを持ったフィリアの姿があった。

 四人はフィリアの元へ行く。


「それが【紅蓮のフルート】か」


 アレックスが呟く。

【紅蓮のフルート】は、デザインは普通だが、ボディが名の如く紅蓮を思わせる色に染まっている。小さいが、力強い炎を思わせる。

 これがグラキエースに対抗できる切り札になるのだ。


「これはフィリアが持った方が良いね」

「そうなのか?」

「ああ。フィリアは幼い頃からフルートを吹いているし」

「確か文献のコピーにあったろ? 賢者がフルートを吹いたって。だから適任だと思うぜ」

「そうなんだ、そうだな」


 ルークが成程と頷く。


「では、フルートも手に入れた。いよいよ敵の本陣へ乗り込むか」


 フィリアが【紅蓮のフルート】を包むように抱えて四人に声をかける。


「OK」

「はい」

「うん」

「ああ」


 フィリア達はアーサラ遺跡を後にして、再びロンベル王国跡へ戻っていく。


「あーー、それにしても鎧が凹んじまったな。これが終わったら新しいのでも買いに行こうかね」

「えー、まだ壊れてないじゃん。粉砕したら買えば?」

「あのなあ、これじゃあ見栄え悪いだろ?」

「別に」


 ぼやくアレックスをからかうルピア。

 レナとフィリアはそれを後ろで見慣れたという目で見ている。


 ルークはすぐ前を歩いているアレックスの背中を歩きながら見つめていた。

 自分とさほど変わらない背丈の男の背中を。

 自分はアレックスの事を少々誤解していたかもしれない。

 実際のアレックスは結構仲間思いな男だということ。

 彼はレナやルピアは勿論だが、会って間もない自分でさえ仲間と思ってくれていたこと。

 あの町で最初会った時は、荒っぽく雑そうな印象が強かった。

 見た目や口調からそう思ったから。

 けれど、実際は仲間を人一倍大切にするそんな男なのだ、と今は思う。

 ルピアが彼を信頼しているのが分かる気がする。

 嬉しい反面、少し複雑な思いがチリチリと胸を燻った。

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