第2話 気まずい再会
一
「ふーん。氷漬けの国……ねぇ」
昨晩のことをルピアに話すレナ。
それを聞いたルピアが取り調べをしている刑事の様に目を伏せる。
「はい。昨晩レストランで会った男の人が持ち込んでくれたお話です」
「……その男ってどんな奴だったんだい?」
なんだか落ち着かない様子でレナに訊く。
「金髪で肩までの短い髪で紫色の目で、年はフィリアさんや貴女と変わらないといった感じで――あ、そういえば左目の下にホクロがありましたね」
レナが目を上に向けて思い出すように言っていく。
「身長はどれ位だった?」
「確か、アレックスさんと同じ位でした」
「……そうかい」
それを聴いてルピアは随分思いつめた顔をした。
特に目。いつもの獲物を狙う時の猛禽類の様な目つきとは程遠く、まるで逆の立場の様に焦点がズレかけている。
これでは、折角の標的も確実には当てられないだろう。
「ん? どうしたんだよ、そんなに深刻な顔をしてさ」
アレックスが、少し冷やかすような口調でルピアに訊く。
「……別に。何でもない」
ルピアは少しむっとした顔で返し、そのまま黙ってしまった。
(ん? いつもならもっと食って掛かるのに)
「あっそ」
いつもの彼女らしくない態度に、アレックスも少し意気消沈してそれ以上訊くのを止めた。
「と、兎に角。その氷の国――ロンベル王国とやらだね。分かった、良いよ。行ってみようじゃん」
と気丈に答えて、腰かけていたベッドから立ち上がる。
「では決まりですね。早速準備をして出発しましょう」
四人は武器・アイテム・薬と整えていく。
スムーズに整えていくのは、四人とも単独だったら三~五年冒険者として活動しているからだ。
その証拠に、準備を整えようと言ってから、終えたのが十分だったからだ。
「さて、と。これで良いかな」
ルピアが荷物を指差して確認して、ではいざ出発!
「地図によると、まずは湿原を越えて森を向かうそうだ。そこを抜けるとトゥールという港町がある。そこにその国がある大陸の港町へ行く船がある」
フィリアが地図の所々を指差して確認していく。
「そんじゃ、まずはここから東にあるドラバト湿原だったな」
アレックスが荷物を抱えて東に爪先を向ける。
二
「その湿原。この時期だったら珍しく気温が低いんでしたね」
「ああ。確か……十度は違う筈だったぜ」
レナの質問に答えるアレックス。
「どうやら暫くは夏物は出番が無さそうだな」
フィリアが、空を見上げながら呟く。
今の空は晴れていて青空は見えるものの、雲の割合が多めだ。
二人も空を見てうんうんと頷く。
「夏物買わなくて正解でしたね」
「ああ。買っていたらかさばって重いったらありゃしなかったぜ」
「……」
妙だ。
さっきからルピアが一言も言葉を交わさない。
いつもは会話に一言二言絡んでくるのに。
ずっとあのことが引っかかっているらしく、ずっと指を顎に当てて考え込んでいてばかりだ。
「ルピアさん。どうしました?」
「……」
レナが心配そうに訊くが、上の空だ。
「おいルピア」
アレックスが少し大きい声で言う。
「! あ、どうしたんだい?」
「おいおい。しっかりしろよ。周りに警戒するのが盗賊の務めだろ」
怒りと呆れが混じっている。
「……悪かったね。ちょっと昨日のことが頭に引っかかってね」
「その男性、知り合いなのか?」
フィリアがルピアに訊く。
「いや。顔までは見てないからさ」
「それはそうだな」
ルピアが慌てて否定する。
(何かある)と三人は察したが、確実な証拠が無いので、探るのは難しいと判断し、これ以上の追及は止めた。
ルピアの顔がこれから行く湿原の風のように湿り気を帯びている。三人にはそう思えた。
ドラバト湿原に着いた四人は、まず周りを見渡す。
湿原は、辺り一面深い緑色の丈の短い草に覆われており、先の方は少し霧がかっているため、遠くははっきりと分からない。
足元は少しぬかるんでいる。
レナ、ルピア、アレックスはブーツだからそこまで懸念していないが、フィリアはサンダルだから万が一深みに入ったら、足元が泥まみれになること間違いナシだ。
挙句には裾やマントまで汚れるかもしれない。
「ま、万が一泥まみれになったら、俺の水の精霊ディオーネに任せろって」
「ああ。万が一は頼む」
フィリアは微笑を浮かべる。
ディオーネは、アレックスが契約している水の精霊の名前だ。
容姿は可愛らしい顔立ちに、黒い瞳を持ち、髪は群青から水色にかけたグラデーションで腰までの天然パーマ。
性格はしおらしいが、かなりの怪力で百キロの氷塊も軽々と投げ飛ばせる剛腕の持ち主だ。
体格は至って華奢だが。
「では、行きますか」
レナの言葉に三人は頷いて、足を踏み入れる。
パシャパシャと小さく浅い水たまりを踏んでいるかの様な音が四人の耳に響く。
その道中、レナがこんな話を切り出した。
「皆さんは四季の中でどれが一番好きですか?」
「え? そうだなあ……。俺は春かな。寒すぎるのは苦手だし、かといって暑すぎたら汗が気持ち悪いしな」
アレックスは人差し指を上に向けてレナに言う。
「私は秋だな。空気の熱が多少冷えて過ごしやすいからな」
今度はフィリアが顎に指を当てて答える。
「そうですか。ルピアさんは?」
レナに突然話を振られ、
「え?」
少し動揺する。
「好きな四季ですよ」
「聞いてたのかよ」
「き、聞いてたよ。そうだね、あたしは夏かな。実はあまり寒いのは苦手だからね」
「そうですか。皆さんバラバラですね」
「となるとレナが」
「はい。私は冬です。暑すぎるのが苦手なので、昔から」
「確かにバラバラだよな」
アレックスがうんうんと感心する。
とまあ、他愛ない話をしていた。
遠くに広がっている霧を見て、アレックスが少し遠い目をして呟いた。
「その国も、この霧みてぇな氷が広がっているのかねえ」
そのすぐ後ろを歩いていたフィリアがアレックスの左隣に立って、
「……かもしれないな。確信は無いが」
同じ彼方を見つめる。
「二人共、ぼーっとしてないで早く来なよ」
「お、おう。行くよ」
ルピアに急かされ、アレックスとフィリアは小走りで、先にいるレナとルピアの後を追った。
その遥か後ろに、一人の男が立っていた。
その口元はとても悲し気に見えた。
男は、四人が歩いている方から左へとまるで疾風の如く軽やかに走っていった。
足元の湿りや背に背負ったライフルの重さなどなどまるで気にならないくらいに……。
三
湿原を抜けた四人は、次の場所を再確認しようと思ったが、
「あ、フィリア。足」
ルピアがフィリアの足を指差す。
「あ……しくじったか」
フィリアが口惜しそうに自分の足を見る。
そこには気を付けていたつもりだったのだが、結局少し泥が付いてしまった。
アレックスは得意げに、
「んじゃあ、ディオーネを呼び出すよ」
「頼む」
「そんじゃ、【決して留まらぬ時の片鱗、ディオーネ】」
アレックスが水の精霊を呼び出す呪文を唱える。
すると、青く光る珠が現れ、そこから人の姿を取る。
「んじゃあ、頼むな」
「はい」
ディオーネはアレックスに向かって控えめにこくりと頷き、フィリアの足目掛けて、弱めの水鉄砲を当てる。
水が当たったところから瞬く間に泥が流れてゆく。
そうしてあっという間に足は綺麗さっぱりになった。
「有難う」
フィリアが礼を言うと、ディオーネは満足した顔になって、アレックスの元へ戻って消えた。
「んじゃ、改めて次の場所はっと」
「ここですね」
レナが指した場所は、ここから百メートル東にある森だ。
地図には【ガルディの森】と書かれている。
地図で見る限りは、かなりの面積をほこる。地図の八分の一は埋まっているくらいだ。
因みにさっきの湿原は、地図から見るとガルディの森の約四分の一ほどの面積しかないのだ。
「かなり広そうだな。迷ったりしないかちょっと心配だぜ」
割と気が強いアレックスの表情が珍しく曇る。
「大丈夫だよ。あんたの場合は精霊がいるし、何処にいても精霊が目印になるよ」
「なんだよそれ」
ルピアの軽口にアレックスが苦笑する。
「では向かうか」
東へ向かうフィリアの言葉に、三人も向かっていった。
ガルディの森は地図から想像していた通り、広く深い。
いや、想像以上だろう。
鬱蒼と青々とした高い樹々が所狭しと生えている。その所為なのか、光があまり差し込まない。
曇天なのに、その森の中だけまるで日食のような色に染まっている。
樹々や草や苔の色は、湿原と同じように深緑色に染め上げられている。だが、光があまり差し込んでいないため、湿原よりは暗い。
光が射していたら、恐らくもう少し黄色がかっているだろう。
「邪気は無いが、爽やかな空気とは言い難いな」
「そうですね」
レナとフィリアが今踏み入れている森のように、少し暗い表情になりながらカンテラを灯す。
昼間とは言え、足元が不安だからだ。
四人は草木を武器でかき分けて進んでゆく。と言っても、ルピアだけは弓矢なので草木を刈る事は出来ない。
森の中は、ギィ、ギィやピィーと虫の羽音とも鳥の鳴き声ともとれそうな音がけたたましく響いている。
まるでジャングルだ。
「熱帯の植物なんてこれっぽっちもねぇし、暑くないのになあ」
そう言いながらアレックスは、足元に気を付けながら、バトルアックスで行く手を阻んでいる草を刈ってゆく。
「それにしても、この辺り。昨夜は雨が降っていたのだろうか。道がぬかるんでいるな」
フィリアが少し不快そうに自分の足を膝の位置まで上げて三人に見せる。
そのフィリアの足は、先程アレックスのディオーネが洗ってくれたばかりにも関わらず、また泥があちこちに付いている。
「うわ、本当だ。くー。折角の服が泥だらけ。ちょっとショックー」
ルピアも自分の足を膝まで上げて見てみると、そこも所々泥で汚れている。
恐らくレナとアレックスも同じだろう。彼らの場合はブーツのお陰でブーツだけ汚れているだけで済んでいるが。
「急ぎましょう」
レナも周りの草をブロードソードで切っていって、道を作っていく。
「コンパスが効いているから、まだ大丈夫ですけど……」
レナがコンパスを見ると、レナが出している手の先が北を差している。
因みに次の目的地である港は北の方にある。
本来森に出口があるか、と言われるとはっきりここだ、とは言いにくい。
目的地が分かっていて、そこに近い方角が出口になる。
「皆さん。見て下さい」
暫く歩いて、レナが指差した先――次に目の前に飛び込んだのは巨大な川だ。
そう言えば、地図に森の真ん中に四センチほどの水色の線が引かれていた。
それがこの川だろう。
「泳ぐのは流石に難しいよな」
昨夜の雨のせいか泥が混ざって土色に濁っており、流れもザアザアと少し速い。
アレックスがうーんと頭を掻きながら、急ぎ足で流れる川を眺める。
「そんじゃあ、あたしがちょっくら見てくるよ」
ルピアが木から木へ飛び移って、上から見ていこうとした。
ところが……。
「!」
レナが驚きと恐怖で目を見開いて、口を手に当てる。
なんと、ルピアが枝から滑り落ちて、川へ落ちた。
「げ! やばいぞ!」
「兎に角、助けよう」
「お、おう」
アレックスとフィリアが上を脱いで、レナが自身の身長ほどの長さの木の枝を持ってきた。
ルピアがちょうど三人がいる所まで流れて、アレックスとフィリアが川へ飛び込もうとしたその時、
バシャン!
と、何かが飛び込む音が近くでした。
二人? いや、二人はまだ飛び込んでいない。
三人が音がした方を見ると、そこには人がルピアの方へ向かい、彼女を抱えてこちらへ来るところだった。
気を失いかけているルピアを、アレックスとフィリアで引っ張り上げ、その人物もルピアが引き上げられた後、自力で上がって来た。
『!!!』
その人物に、レナ、アレックス、フィリアが驚いた。
そう。その人物は――昨夜三人に氷漬けにされた国のことを話してくれた男だったのだ。
「ふう。危なかった……」
「あ、貴方は……」
「ああ。あんたら……」
正気に戻って漸く口を開いたレナ。
「何でこんなトコに?」
「ちょっとな……」
アレックスに訊かれて少し気まずそうな顔をして、ルピアを見る。
「あ」
フィリアが駆け寄る。
「カハッカハッ! ハァ……ハ……」
溺れた時に少し水を飲んでいた所為か、途切れ途切れに吐き出している。
幸い命に別状は無いようだ。
意識は戻ったが、少々焦点の合っていない目で、最初に目が合った人物を見た途端……。
「……!!」
急に瞳にハイライトが戻り、顔がこわばる。
まるで、意識を取り戻した直後に魔物に取り囲まれたかのような。
「ル、ルーク……」
ルークと呼ばれた男は、口元は微笑んでいるが、目は少し悲しげだ。
「無事で良かった」
三人はぽかんとこのやり取りを見ていると、
「あ、今回復する」
フィリアがハッと我に返って、ヒールを唱える。
唱えられたことで、疲労が少し回復した。
ヒールは傷だけでなく、疲れを癒す効果もある。
「あ、有難う……フィリア……」
ルピアがよろよろとルークを避けて立ち上がろうとする。
「ルピア」
ルークが支えようとすると、その手をバシッと払う。
その目は仲間意識の目ではなく、まるで獲物を射抜くような目になっていた。
「レナ、アレックス、フィリア。別の道から行こう」
さっきまで溺れていたとは思えないくらい気丈に振る舞い、急ぎ足で離れていく。
フィリアとアレックスが、慌ててルークに一礼と手を振って、ルピアの後を追っていった。
「オイ。待てよルピア」
アレックスの声が遠くなる。
レナが少し混乱しながらも、
「あの、ルピアさんのこと、有難うございました。それでは」
お礼もそこそこに急いで三人の後を追った。
「やっぱり……か」
皆の姿が見えなくなった先を、ルークは今の自分の姿と同じ、濡れた目で見つめていた。
四
レナが先に行った三人に追いつこうと走っている。
でも、草むらのせいで速くは走れない。元々足はそこまで速い方では無いのもある。
それでも懸命に三人を追って走っていると、樹にもたれかかって立っているアレックスを見つける。
その顔は今のレナと同じく浮かない顔をしている。
「あの。ルピアさんは?」
アレックスは言葉を出さず、首で向こうを指した。
その先に橙色の光が見えた。
焚火だ。
「落ちた時の怪我は無かったけど、急に水に入って体が疲れたみたいで、ちょっとぐったりしているくらいだっとよ、フィリア曰く」
「そうですか……」
レナはそれを聞いて、少し安堵したが、同時に微妙な顔で向こうを見る。
「でも……」
「ああ、分かってるよ。あのルークって奴のことだろ?」
アレックスがやれやれといった感じのポーズをとる。
「はい。一体あの二人に何があったのかしら?」
「さあな。少なくとも良い感じには見えなかったな」
「……」
レナは何とも言えない気持ちになる。
もしかして、知らない内に彼女をとんでもないことに巻き込んでしまったような……。そんな気持ちが滲み出てきた。
諦めた方が良いか、そんな思いが心の内に出て来る。
その時、パキパキと小枝を踏み鳴らしてフィリアが二人の元へやって来た。
「お、フィリア」
「――」
フィリアの顔は怒りとも悲しみとも言い難い表情になっている。
「どうした?」
アレックスが少し緊張した声色で訊いてくる。
「ルピアなのだが……」
『――』
「彼女、左腕を怪我していた」
『!?』
レナとアレックスは驚く。
「昨日、マンイーターを戦っていた時にアレックスだけでなく、ルピアも襲われていたらしい。私達とは少し遠い位置で戦っていたから私達も気付かなかった。秘かに応急処置を施すのは、彼女の常套手段だから」
「マジかよ。アイツ、そんな素振りを見せていなかったが……、いや、待てよ」
「ああ。実は昨夜食事をしていた時、腕の使い方に違和感があった」
「そうだよな。言われてみれば」
アレックスが昨夜を思い出す。
「何処でそれに気づいたのですか?」
「ルピアが頬杖をついた時だ。いつもなら右手にグラス、左腕で頬杖をつくのを、わざわざ右腕だけでやっていた」
「まさか――早めに引き上げたのって」
レナの言葉にフィリアが頷く。
「恐らく腕の痛みが悪化したのだろう。そしてあの枝から落ちたことが……」
決定打になったのだろう。
それが溺れるにまで至ってしまった。
「……」
レナは拳を作り、ずんずんとルピアの元へ向かっていった。
その背中は悲壮感と怒りが滲んでいる。
「あ……行っちまったな」
そう呟くアレックスの声が少し寂し気だ。
「一体、あのルークという男と何があったのだろうか……?」
「さあ……ね」
男二人は今、橙色の灯火を柔らかい表情ではあるが、目だけはこわばった様子で見つめている。
「ルピアさん、何で言ってくれなかったんですか!」
「!」
左腕に包帯を巻いて目を伏せて焚火にあたっていたルピアは、誰か来たかと音がする方を見ると、怒りに満ちたレナが目の前に立っていた。
レナの珍しい怒りにルピアは驚く。
ルピアはレナの顔を見て少し泣きそうな顔をする。
「ルピアさん。私達仲間ですよね。私達の事、そんなに信じていないんですか? ルークという男の人と何があったのかは確かに分かりません。別に彼に関して責めている訳ではありません。でも、怪我の事は言って欲しかったです。仲間なのに何も言えないなんて、これじゃあ完全な赤の他人のようです!」
レナは自分が思っていたことを思いっきり吐露する。
一気にまくし立てて言った所為か、顔がほんのり赤くなっている。
目にはうっすら涙も浮かんでいた。
レナはいつもだったら人の個人事情にそこまで首を突っ込む
あまり人の深い所へずかずか入り込むことは、人が最も嫌がることだと分かっているからだ。
でも、今回の事は流石に看過出来なかった。
これを見て見ぬふりをしてしまったら、仲間意識がこじれるか、最悪の場合仲間離散もあり得ない話ではない。
それは、レナが最も恐れていることだからだ。
ルピアは少し怯えたような顔をした後、鎮痛の色に染まり、頭を垂れた。
「……ごめん、レナ。あたし何も言わなさ過ぎた。仲間を組む前の癖で、他人に言うことをあまりしなかったのを、ここでしてしまうなんてね」
「――」
レナはゆっくりと頭を上げてルピアをじっと見据える。
ゴシゴシと涙を拭う。
「あんた達と組んでから仲間意識を持とう、なるべくは話そうと思っていたのに、結局出来ていなかったね。ホントゴメン」
ルピアは座りながら、レナに再び頭を下げる。
レナはそんなルピアの手をそっと取って、ルピアの目を優しい眼差しで見つめ、頷いた。
ルピアはそんなレナをそっと抱きしめる。
そんな二人に感応したのか、風に吹かれた周りの木々が隣の梢に撫でられ合っている。
まるで周りの木々と拍手しているように見えた。
その数分後、アレックスとフィリアもこっちへ戻ってきた。手に大量の薪を持ちながら。
ルピアは二人にも「迷惑をかけたね」とそこそこに謝った。
二人はそこまで気にしておらず、あっさりだった。
アレックスが適当な石にどかっと座り、小さくなりかけている火に枯れ木を二本ほど放り込む。
フィリアも適当な石にそっと座り、ふぅ、と息をつき、
「ルピア。それで……」
「ああ。ルークの事だろ?」
ルピアも吹っ切れた顔になってフィリアの問いに答える。
フィリアは頷く。
「分かった。――ルーク・ジェンキンス。あたしと同じ二十二歳で同業者だ。皆も知っての通り、あたしは十五で盗賊稼業に入った。その時の相棒さ」
『――』
三人は黙ってルピアの話に耳を傾けている。
五
「今度行く所のロンベル王国――実は五年前にルークと行ったんだよ。目的は勿論そこに眠っている宝を探すためさ」
「まあベタだな」
「まあね。そんでその国へ足を踏み入れたよ。確かにあそこは氷漬けになっていて、歯がカチカチ鳴るくらい寒かったね」
「魔物は?」
「ああ。いたよ」
「どんな姿でしたか?」
「う~ん。一言で言ったらドクロ、だったね」
ルピアの眉間に僅かに皺が寄る。
『ドクロ!?』
アレックスとレナが同時に叫ぶ。
「うん。そのドクロの心臓と頭に当たる部分にくさびを打ちつけられた感じで封じられていたけど、生きていたよ」
「生きていた?」
「うん。目にはまだ光は失われていなかった。あの時、まるでいきなり来たあたし達はおろか、この国全体に恨みを持っているかのような、そんな目に見えたね」
「この国に恨み……か」
フィリアがその時の事を想像しながらしみじみと薪を追加する。
「ああ、今でも記憶に焼き付いているよ、あの目は。あたしらも凍てつくかと思ったからねえ」
ルピアがあの時を思い出して、腕をさすって武者震いをする。
そして顔に怒りに変わる。
「ルークは無謀にも奴に戦いを挑もうとした。あたしは止めたんだ。いや、決して自信が無かった訳じゃないんだ。でもいくらなんでも弱点や切り札が無かったら無茶だよ。結果? 勿論ボロ負けさ」
「やっぱりな」
アレックスが少し呆れた顔になる。
「それで?」
「あたしらは命は助かったけど……。あれからルークは逃げてしまって、いずこかへ姿を消してしまった。それ以来、今の今まで音信不通になっていたのさ」
「そうでしたか……」
「ったく、逃げるなら最初から挑まなきゃ良かったのに! 何も言わずにあたしの前から消えるんだから!」
ルピアが憤りを露にする。
「それなら確かにお前があの態度だったのも頷けるな」
フィリアが顎に指を当てて頷く。
「……そう」
少し興奮が冷めたルピアが火をボーっと見て溜息をついた。
「それじゃあ、彼が今回の件を私達に持って来たのは……」
「いや、あの時店内をざっと目を通したが、彼が現れたのはルピアが店を出た後だった。故に彼は私達がルピアの仲間と思っていなかった筈だ」
レナの考えに、フィリアが軽く否定する。
「あ、そうでしたね」
「偶然にも俺らの口からルピアの名が出て驚いていたしな。多分あいつにしてみたら予想外だったんだろうな」
「そうですね。まさかの偶然だったんですね」
ルピアが薪を継ぎ足して、
「だね。今朝から今までは、何で今更って思っていたんだけど――確かにこのままじゃああたしも踏ん切りがつかないしね。今はちょうど良いかなって思ってるよ」
そう言ったルピアの顔には、少しだが笑みの灯が灯る。
「ま、今更あいつに文句言ったってしょうがないな。今度こそ過去の因果を断ち切るつもりで行こうぜ!」
「……そうだね。偶には良い事言うじゃん。アレックス」
「偶にはって何だよ」
ルピアの軽口に言い返すアレックスの顔が少しはにかんでいる。
フィリアがふと空を見ると、雲は少しずつ晴れてはきたが、夜の帳が下りはじめている。
「もう今日は遅い。夜の森は危険だ。明日陽が昇ったら、改めてあの川を渡れる場所を探そう」
「そうですね」
四人は早速寝る準備に取り掛かった。
心なしか、フィリアとレナの表情も少し明るい。
まるで今の空の様に。
六
レナ達はあの後ここで野宿をして一夜を明かした。
この日の空は青空の割合が多く、昨日よりは木漏れ日が差している為か少し明るい。
木々の所々が黄緑色に光っている。
「ルピアさん。左腕は大丈夫ですか?」
「ああ。昨日よりは大分マシになったよ。有難う」
ルピアは改めて「渡れる場所を探して来る」と言って今度は歩いて向こうへ行く。
今度は「私も行きます」と言ったレナと一緒に。
ルークがまだここに留まっているのでは? という少し不安な気持ちを持っていたが、結局彼はいなかった。
ルピアはホッとした。
流石に昨日の事を考えると無理もないことだ。
「あ、あそこ」
レナが指した先――前方に吊り橋が掛かっている。
「お。あれなら渡れそうだね。よし、男二人を呼んで来るか」
「はい」
レナとルピアは意気揚々と二人の元へ戻る。
その二人の十メートルほど後ろにルークがいた。
まだ哀し気な目をしたまま……。
まるで形見の指輪を水の中に落としたような。
「ルピア……」
彼の声は今の彼女には決して届かない……。
分かってはいるのに、心はなかなかついていけない。
「お、あるな」
「ああ。吊り橋とはいえ、意外と丈夫そうだな」
まずは石橋を叩いて渡るということで、一番重いアレックスがギシ、ギシとゆっくり渡っていく。
ロープも板もそんなに古くないため、特に問題は無い。
「おう。大丈夫みたいだ」
ちょうど全長二十メートル程の半分を渡ったところで三人を手招く。
「良かったです。それじゃあ渡っていきましょう」
レナ達も安心しつつも念の為慎重に渡る。
幸い、四人乗ってもロープが切れる事も無く、吊り橋は無事四人を渡らせてくれた。
「ふう。これで川を越える事が出来ましたね」
「ああ。ホントロープが切れなくて良かったぜ」
レナとアレックスは心底安堵した声と顔をして歩を進めていく。
その後はまた草木、低木が所狭しと続く道なき道を進んでいった。
道中、フィリアがあるものを見つける。
(……? これは……。ふむ。目的地が氷の国なら摘んで行った方が良いな」
フィリアは朱色に染まった葉を十枚ほど抓んで、空いている手の平サイズの小瓶に入れる。
(良し)
一仕事終えたフィリアは急いで三人の後を追った。
一行はまた少しずつ草木を刈って道を作り、そうこうして漸くガルディの森を抜ける事が出来た。
「なあフィリア。足は大丈夫か?」
「足? ……特に何も――またか……」
アレックスに指摘されてフィリアが足元を見ると、またしても裾に泥が付着していた。
フィリアは珍しく悔しそうな顔をする。
「んじゃあ、もういっちょやろうか」
「……お願いして良いか?」
「あいよ」
アレックスは再びディオーネを呼び出してフィリアの足元を洗った。
「何度もすまないな」
フィリアは少し申し訳なさそうにディオーネに礼を言うと、ディオーネは笑顔で首を横に振ってアレックスの元へ戻っていった。
「別に大丈夫だよ。水の事だったらいつでも言ってくれ、だってよ」
「そうか」
何だかんだあったが、仲間とはを再認識できたと思わせた
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