魔の氷に縛られし国

月影ルナ

第1話 国の噂


 何故あんなことをしたのだろう……。

 こんなことになるのなら、あのようなものを呼び覚ますのではなかった……。


 私は非常に重い罪を犯してしまった。

 だが、国はもう冷気を伴う純銀に覆われている。

 滅びるのも時間の問題だろう……。


 これを読んだ者の中に、もしも勇気がある者ならば我が国の……として乞う。

 あの魔物を滅して欲しい。

 

 ……を……に残しておく。

 私に出来ることは、もうこれしか残っていない。

 大切に残して下さったこの国を台無しにしてしまい、申し訳ございません……。





「ふぅ……」


 ボブヘアの少女が、一呼吸置いた後血振りをして剣を鞘に収める。

 たった今まで魔物モンスター退治をしていたところだ。

 勿論言わずもがなの勝利だが。

 流石にこんな華奢な少女一人旅ではない。現に、


「こんなところかね」


 先程まで雷特有の紫のオーラを纏っていた髭面の男性も、斧についた血を振って背にしまった。


「そうだね。あ、ねえ。回復をお願いして良い?」

「ああ」


 さっきの戦いで左腕を少し負傷してしまった少女よりは少し大人の女性が、フードを被った長身の男性に回復を頼む。

 女性の左手に持っている弓の持ち手部分に少し血がついている。

 それ以外は特に大きな怪我は無い。

 フードの男性が頷いて、三人にこちらへ来るよう言うと、一斉にやって来た。

 彼の場合もマントに返り血が付いたくらいでこちらも大きな怪我は無い。

 男性がヒールを唱えると、全員の傷が瞬く間に治る。

 彼らは四人でパーティーを組んでいる。


 では、ここで今出て来た四人の冒険者について紹介しようと思う。


 まずは剣を携えたボブヘアの少女から。

 彼女はレナ・キルグス。

 年は十六歳。身長一六〇センチ。

 こげ茶のショートボブヘアに黄土色のパッチリした瞳と可愛らしい顔立ちだ。

 職業は、華奢な体つきから想像出来ないかもしれないが、剣士だ。

 武器は身長の半分ほどの長さのブロードソード。

 性格は普段は大人くて控えめだが、戦うとなると一変し、強力な一撃をお見舞いするギャップがある。

 とても仲間思いで気遣い上手だ。

 装備は、灰色のチェインメイルとオフホワイトの服。下は群青色のデニムに黒の膝までのロングブーツ。

 装備を見るとやはり剣士だ、と思わせる。


 次はまるで男装の麗人を思わせる美女。

 名はルピア・ハウスバッハ。

 職業は盗賊シーフ

 武器はロングボウで、その腕は超一流。一キロ先の獲物も逃がさないほどだ。

 年は二十二歳。身長一六五センチ。

 額を出した肩までの長さの銀色の髪に、ワインレッドの瞳が彼女の魅力を更に引き立たせている。

 性格は男勝りで気が強い。

 服はクリーム色の薄手のジャケットに、中は白色のへそが出る短いシャツ。下はネイビー色の七分丈パンツにこげ茶色の中ヒールのブーツと盗賊らしく軽装な格好だ。


 たった今まで紫色のオーラを纏っていた斧を持った髭面の男性は、アレックス・アゼリア。

 彼の職業は見かけからは想像出来ないかもしれないが、精霊使いエレメンタラーなのだ。

 精霊使い、というのは最大で七つの元素を司る精霊と契約し、その力を借りる者のことだ。

 彼の場合は火・水・土・風・雷の精霊と契約している。(残る二つは光と闇だ)

 精霊の言葉は、普通の者には分からない。

 だからこそ、精霊にとっては精霊使いの存在が欠かせないのだ。

 元来精霊使いは、レナみたいな華奢な女性とか男性でもか弱そうな印象を持つ人がなっているイメージが強い。

 故に想像出来ないのも無理もないかもしれない。

 容姿もそうかもしれないが、何せ装備も灰色のプレートメイルに黒の服。下は紺のレザーパンツとプレートメイルと同じ色の脛当て、そして黒のショートブーツと外見上はどう見ても戦士系にしか見えない。

 武器だってバトルアックスなのだから。

 年は二十九歳。身長一七五センチ。

 少しツンツンとはねた藍色の髪にモスグリーンの瞳がクールさを思わせるが、実際は結構豪快で少々荒っぽい。でも、とても気さくで良い男なのだ。


 最後にヒールを唱えた男性がフィリア・ハーヴァー。

 無口だが、芯がしっかりしており冷静沈着。

 職業もそんな性格の彼らしく賢者だ。

 武器は銀製のトライデント。

 装備は脛までの長さの白のフード付きのマントに、その中に水色のゆったりとした上下のローブとボトム。そして脛までの黒のサンダルという落ち着いた格好。

 髪はマントに隠れてはいるが、腰までの黒く長い髪にコバルトブルーの瞳を持っている。

 身長は一八八センチと最も長身。年は二十五歳。

 冒険者になる前は、薬師として人々を治癒して回っていた。

 そのせいか、薬草の知識にとても詳しいのだ。


 さて、四人の紹介が終わったところで、本題に戻るとしよう。



「さて、と。もうそろそろ日も暮れるし、宿探そーぜ」


 アレックスが少し疲れた顔で、整備された道を指差す。


「そうね。早いとこ町へ行って酒が飲みたいわ」

「お、良いね」


 ルピアの提案に、アレックスも上機嫌になる。

 レナもフィリアもアレックスの言葉に頷いて、軽やかに歩む二人の後を歩く。



 今回書く物語の主人公であるこの四人は、約一年前に出会い、共に冒険してきた仲だ。

 勿論、時にはいざこざがあって揉めることはあるものの、至って健全で仲の良い一行である。


「それにしても最近は暑くなってきたな」


 フィリアがまもなく藍色に覆われる空を見て、フードを外す。


「そうだな」


 アレックスが少し暑そうに右腕で自分の額から噴き出ている汗を拭う。


「タオルで拭きなよ」


 ルピアが少し嫌そうな顔をしながら注意する。


「良いじゃんかよ」

「服が汗臭くなるでしょ。ただでさえ汗臭くなってるのに」

「誰が汗臭いだって?」

「あんた以外に誰がいるのさ」

「あにおう!」


 とまあ、特にルピアとアレックスは小さいいざこざがしばしばなのだ。

 でもこれは日常茶飯事なので、お互いはあまり気にしていないし、レナもフィリアも慣れてしまっている。

 流石に殴り合いや離脱までに発展する喧嘩は、お互いしたことはないからでもある。


「もう少ししたら夏が来るだろうな」


 フィリアはそんなやり取りを全く気に留めず、手で顔をあおぐ。

 彼の髪も汗で少し湿っている。


「そうですね。そろそろ夏用の服を調達しても良さそうですね」


 とタオルで汗を拭いだレナが空を見る。

 彼女も言葉には出していないが暑そうだ。

 空はもう春の時の優しい藍色とはまた違う、夏特有の濃厚な藍色になってきている。



 歩いて十五分ほどして、四人は疎らな明かりの群れを見つける。

 町だ。

 漸く町を見つけられた。

 この町は、至って平凡であるが、のどかな印象を与えている。

 まさに町と言えばどういうものかを言われた時を具現化したような町で、人に安心感を与える。

 特にレナはこういう町が凄く好きだ。もしも住むとしたら、こういう所が良い、と考えるほど。

 勿論他の三人も、こういう雰囲気の町は嫌いじゃない。

 フィリアはそうかもしれないが、実はルピアもアレックスもあまり都会のようなごみごみした所は好きじゃないのだ。

 まあ、だからと言って田舎過ぎる所も微妙なので、今いるこの町の様な丁度良いバランスの取れた所が良い、ということなのだ。


「さて。宿を確保してから夕食にするか」


 フィリアが言うと、三人は賛成する。



 四人は宿をおさえ、レストランへ向かった。

 ここのレストランは、この町で一番大きく、屋根も今は暗くて分かりにくいが、朱色とかなり目立つため、まるでこの町の看板と思わせる。

 四人は適当な窓際のテーブルに囲んで座って、二、三品注文し、更にルピアとアレックスはウィスキーを注文する。

 二人とも酒はワインよりかはウィスキーやビール派なのだ。

 フィリアはコーヒーを頼み、レナはココアにした。

 

 レナは未成年だから当然お酒は飲めない。(因みにここでの成人は十八歳)

 フィリアは決して酒が飲めないわけではないが、二人が酔った時に介抱する役が必要だからだ。

 因みに二人は酒には強いほうだが、たまにキャパを超えて飲むと千鳥足になってしまう。

 そうなると、下手したら足を踏み外して余計な怪我を負いかねない。

 それを避けるため、フィリアは自動的に介抱役になるのだ。

 レナの場合は、ルピアはまだしもアレックスを抱えるのは難しい。


『乾杯!!』


 ルピアとアレックスが同時にグラスを合わせる。

 フィリアとレナも合わせなかったが、カップを上げて言う。

 ルピアとアレックスは、注がれたウィスキーをグラスの半分ほど飲んで、


「くぅ~。やっぱりコレが一番だせ!

「ホント、ホント」


 上機嫌になる二人。

 こうなると滅茶苦茶仲良しになる。勿論、素面でも仲は良い。

 ただ、いつもの軽い揉め事が無くなる、ということだ。


「ふう。今日はいつもより疲れましたね」


 ココアを一口飲んで一息ついたレナが、三人に向けて呟いた。 

 三人もレナを優しい眼差しで見て、こくんと頷く。

 

「そうだな。今日は朝から戦いっぱなしだったもんな」


 アレックスの顔が赤みを帯びているものの少し真剣になる。

 一口飲んで、苦々しい顔になり左手の甲を見る。

 そこには、小指から中指ほどにかけて噛み痕があった。


「マンイーターに噛まれたものだな」


 フィリアがアレックスの手の甲を左手でそっと持ち上げながら言う。


「ああ。ったくひでぇ目にあったぜ。火の精霊のおかげで一撃で倒せたけどよ」


 アレックスが一気にテンションが下がった声色でぼやく。

 そう。これは今朝、怪奇植物に襲われた時についたものだ。

 手強い敵だったが、四人がかりなら決して勝てない相手ではない。

 でも、力が拮抗した相手だと傷は勿論だが、下手すれば死んだりしてもおかしくはない。

 流石に四人なら死にはしないかもしれないが。

 死んでしまったら、蘇生の専門の職人に頼んでもらえば可能だ。

 勿論、お布施は高額だが。

 しかも、まだフィリアは蘇生の魔法までは覚えていない。

 だから死には人一倍気を付けている。

 財布にダメージを与えたくないのは勿論だが、やはり仲間の死にはあまり直面したくない。


 もう血は止まっているが、まだじくじく痛みが沁みている嚙み痕をふーふーしながら、またアレックスはウィスキーを一口飲む。

 ルピアは片手で頬杖をついて呟く。

 ただ、頬杖をついている腕は、さっきまでウィスキーのグラスを持っていた右腕でだ。


「ここ最近は手強い敵ばかり相手にしてたもんね」

「そうですね。鍛錬にはなりますが、流石に一日中は大変でした」


 そう言うと、レナは少し痛そうにしながらも、右手の二の腕を袖をまくって見せる。

 そこには、真ん中辺りにこれまた血は止まっているものの大きな痣が出来ていた。


「これは昼間だったよね」


 ルピアが痛々しそうにレナの患部をさすりながら言う。


「はい。少し油断してしまいました」


 これは防御が間に合わなくてゴブリンに殴られたものだ。

 勿論、ゴブリンもかなりレベルの低い奴もいる。

 ただ、今回レナ達が相手したゴブリンは、所謂リーダー格の奴で下っ端と比べれば遥かに強かったのだ。


 アレックスとレナのもフィリアが治してくれたおかげで、出血も大したことなくこれだけで済んだ。


「それだけで済んだのが、不幸中の幸いだね」


 ルピアは頬杖を止め、少し目を伏せがちにしながらウィスキーをまた一口すする。


「そうだな」


 アレックスは静かに言い終えて、後四分の一ほど残っていたウィスキーをぐーっと一息で飲み干す。

 ルピアも残り三分の一ほどの量をぐっと一気に飲んで立ち上がった。


「さて、あたしはもう寝るよ。動き疲れて眠くってさ……」

「そっか。んじゃあお休み。俺はもう少し飲んでくから」

「ん」


 とアレックスが手をひらひらさせて、店員を呼んでウィスキーをもう一杯頼んだ。

 ルピアも手を振り返し、入口へ向かった。


「――」


 フィリアには少しルピアの動きに違和感を覚える。


(ルピア……)


 フィリアは心配な眼差しで見るが、ルピアはさっさと出てしまった。

 ついて行こうとしたが、町の中だし、もしかしたらアレックスが千鳥足になるかもしれないので、結局追わなかった。


 アレックスとレナは、ルピアが出て行った後、二人であーだこーだと今日のことを振り返っていた。

 この二人は十三歳は離れているのだが、お互い価値観や似通っているからか、滅多に揉めることもない。

 まるで年の離れた兄妹のようだ。

 現に今はお互い労わり合っている。

 フィリアは、そんな二人を微笑ましい眼で見ている。



 トントン。


「!?」


 不意に右肩を叩かれたフィリアが振り向くと、金髪の若い――レナ以外と同年代の男が立っていた。

 外見は一見軽そうな印象をもたらしていて、左の紫色の目の下にホクロがある。

 服は上はグレーのジャケットに中は白いシャツ、ボトムはネイビーのレザーパンツに黒いショートブーツと比較的軽装な格好だ。

 格好から見ると盗賊か?

 だが、背にショットガンとライフル、腰にはマグナムも携えていて、ガンナーにも見える。


「なあ。あんたら冒険者かい?」


 少し高い声色でフィリア達に訊いてきた。


「はい。そうですが……」


 少し警戒がこもった声でフィリアが答える。


「そっか。こんな話を知ってるかい?」


 男はとても話を聴いてほし気に、先ほどまでルピアが座っていた席に座る。

 三人は、いきなり入り込んできたこの目の前の男に少し警戒モードになりながらも、一応男の話を聴くことにする。

 下手に追い返してトラブルになるのも面倒だからだ。

 

「実はな、ここから北東に行った所に、氷漬けになった国があるんだよ」

「氷漬けの国……?」


 アレックスはグラスを口から離し、復唱する。


「そう。何でも、その国の王がある日突然暴挙に出て、魔物を呼び出したらしい。そんで魔物は封じられたが結局その国は滅んだ、と」

「そこまで聴く限りは、あまり珍しい内容ではありませんが」


 とレナ。


「まあ、確かにここまではね。でもな」


 男は続ける。


「実はな、その魔物は確かに封じられはしたんだけどよ、それは動きを止めただけで、今でもその魔物は生きているという話だ」

『――』


 三人はますます怪しい話だと思えてしまう。

 第一、そんな話は今の今まで聴いたことが無い。

 誰にも、本にも、だ。

 七割程疑っている顔をしたフィリアがこんな質問をする。


「それはいつ頃の話だ?」

「いつ頃って?」


 男は聞き返す。


「その魔物を封じてから何年経っているのか、だ」

「ああ。確か……五十年かそこらだったかな。俺も正確な年は知らないんだよ」

「――」


 男の言葉にフィリアは考え込む。

 レナもココアをすすって視線をあさっての方向へ向けて考えていた。


(五十年……。そこまで……)


 レナがふとその未知の国のことについて思いを馳せる。

 知らない土地の筈なのに、走馬灯のように浮かんできてしまう。

 滅びた国、と聞くと何故か他人事の様には思えなくなった。

 まるで私達を導いている。そんな気がしたレナは、


「すみません。その国の事、もう少し教えてくれませんか?」


 と真剣な顔つきになり、男に問う。

 レナの意外な食いつきに、少し驚くアレックスとフィリア。

 男はレナの反応に少し明るくなりながら続けた。


「分かった。その国の名はロンベル王国。そこは大陸を隔てているから、船で行かなきゃいけないけどな」

「海か……」


 男の言葉を聴いたアレックスの表情が少し曇る。

 別にこれは怖気づいた訳ではさらさら無い。


 実は、アレックスはあることがきっかけで海が苦手になったのだ。

 因みにカナヅチだからではない。

 それはおいおい分かることなので、敢えてここでは書かない。


「アレックスさん。お願いします」


 レナも、アレックスの海の苦手を勿論知っている。

 もし自分がそうなったら、渋る気持ちは分かる。

 でも、その国のことを知りたい、という好奇心が強かった。

 レナの熱意にアレックスも、


「……分かったよ。そうだな。俺も興味出てきたし、地図を見た限りアイツは出てこない海域みたいだからな」

「有難うございます」


 無理を承知だったのに、了解してくれたことがレナにとっては本当に嬉しい。

 レナの笑顔を見て、僅かだけどアレックスの顔のこわばりが緩む。

 やはり若くて可愛い女の子の笑顔は見ていて和む。

 一方、フィリアは少し冷めてきたコーヒーをすすりながら、目を伏せて少し考える。


(未だ魔物の呪力が蔓延る国……か。何故王は魔物を呼ぼうとしたのか――確かに気になるな)


 カップを置いたフィリアの目が少し鋭くなる。

 彼もその国に対して僅かながら興味を抱いた。

 ここで逃したら、当分の間後悔の感情が渦巻くだろう。


「どうする? この話、乗るか?」


 男がフィリア達にどうだ? と言わんばかりに訊いてくる。


「分かった。乗ろう」


 フィリアが男に告げると、レナとアレックスも強く頷く。


「そっか。んじゃあ地図あるかな。書いてやるから」


 と男はまるで宝を見つけたかのように嬉しそうに赤のサインペンを取り出し、レナが地図を鞄から取り出す。


「えっと……ここだ」


 男は地図に丸印をつける。

 そこは地図で見る限りでは、本当に国があったのかと思ってしまう位、何も無い所だ。いや、そこだけ妙に白銀になっている。

 それにその大陸は港が一か所あるだけで他は町も何も無い。

 丸印はその白銀の中心だ。

 おおよそ三十メートルは広がっているだろう。

 封印されていなかったら、その大陸そのものが氷に支配されていてもおかしくないだろう。

 封じられているから、これだけで済んでいる、と解釈しても不自然ではない。

 この大陸は、三人もまだ行ったこと無かった為、国はおろか大陸のことさえ分からない。


「ここか……」


 アレックスが丸印をトントンと押して確認する。


「明朝ルピアにも報告しよう」

「そうですね」


 ルピアの名が出すと、男の眉が一瞬ピクッと動くが、すぐに平静を装い、椅子から立ち上がった。


「そんじゃ」


 男は背を向けて少し重い手つきで三人に手を振って、勘定して店を出た。

 男の一瞬の動作に疑いの眼差しを向けるフィリア。


(何だ? ルピアの名が出た時の一瞬の動揺は?)


 フィリアは確信とまではいかないものの、過去にルピアと男が何かあったという事は察した。


「ふう。さて、次の目的地も決まったし、結構飲んだし上がろうぜ」

「そうですね。アレックスさん、大丈夫ですか?」

「ん? ああ。足は大丈夫だよ」

「そうか」


 立ち上がったアレックスは顔を赤くしているが、確かに足はしっかりと床に立っている。

 フィリアが勘定を終えて、三人は店を出た。

 空は藍色の半分が黒く染まっていた。


 宿へ戻ると、ルピアは既に寝ていた。

 少しうなされてはいるものの、特に何もない。

 普段宵っ張りなのに珍しい、と思いながら三人もベッドに入って早々に眠りについた。

 その夜は、何事もなく静かなひとときだった。

 だが、ここから先静かな夜が暫くないことを一行は知る由も無かった。

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