第79話「お菓子」
昼休み。
俺は今日もいつも通り、晋平、そして教室へやってきた楓花と柊さんを交えた四人で弁当を食べる。
最早これが当たり前になりつつあるのだが、それでも周囲の視線が四大美女の二人へ向けられているのは変わらない。
それ程までに、もうこの二人に関しては、慣れるとかそういう次元の存在ではないということを周りが証明していた。
そんな昼休み、みんなが弁当を食べ終えるのを見計らって、柊さんがお菓子を分けくれた。
それはどうやら手作りの焼き菓子のようだけれど、見た感じお店で売っているものと違いが分からないほど上手に焼けたお菓子だった。
「新木さんも良かったらどうぞ、お口に合うといいのですが」
柊さんからお菓子を受け取った晋平は、まさか自分も貰えるとは思っていなかったようで、それはもう嬉しそうにそのお菓子を受け取っていた。
そして一口食べた晋平は、まるで漫画やアニメのようなオーバーリアクションでそのお菓子を絶賛する。
たしかフィナンシェと言っただろうか、俺もたまにお店で買って食べるからその美味しさは分かっているが、美味しすぎて涙を流す晋平の嘘っぽいリアクションが気になり過ぎて、俺も一口頂くことにした。
――う、うまいっ!!
外はさっくりとしているけれど、中はふんわり。
そして濃厚なバターの風味が口いっぱいに広がり、丁度良い甘さと素敵なハーモニーを奏でてやがる!?
……これはもう、その辺の洋菓子屋でも中々食べられないレベルなのではないだろうかと思えるほど、本当に美味しかった。
「うん! 美味しい!」
隣の楓花も、その味を絶賛する。
さすがに晋平のように泣きはしないが、楓花は本当に美味しそうに味わっており、その味は本物だった。
「良かったです。実は、お菓子作りが趣味でして――」
少し恥ずかしそうに、趣味を打ち明ける柊さん。
たしかにこれは、素人が作ろうにも中々ハードルが高そうなお菓子なだけに論より証拠だった。
しかし、この容姿でお菓子作りが趣味とか……。
俺は脳内で、エプロン姿でお菓子を作っている柊さんの姿を想像するも、すぐに想像するのを止めた。
何故なら、それはもうあまりにも破壊力が凄まじいからだ……。
一言で言うなら、お嫁さんにしたい女性ナンバーワンが過ぎる。
これ以上は絶対に危険だと思いながら俺も、素直に柊さんにお礼を告げることにした。
「こんなに美味しいお菓子、初めて食べたかも。もっと色々食べたくなっちゃうよ。なんてね――」
……おっと。純粋に褒めるつもりが、完全に余計な発言をしてしまった――。
せっかく作って来てくれたというのに何様だよと己を戒めつつ、ここは笑って誤魔化すしかなかった。
しかし柊さんは、そんな俺の言葉に両手を合わせながら、まるで一輪の花が開くようにパァッと微笑む。
こんな風に微笑む柊さんの姿を見るのは恐らく初めてなのだが、この世の美がその笑顔に全て詰まっているようだ――。
「本当ですか? では、また必ず作ってきますね!」
「え、ほ、本当に?」
「はい! もちろん!」
その喜びっぷりにちょっとビックリしながらも、それであれば拒む理由など一ミリもない俺は、驚きつつもありがとうと返事をする。
すると、すっかりやる気になった様子の柊さんは、太ももの上で小さくガッツポーズをしていることに気が付く。
――そ、そんなに嬉しかったのか。
その過剰なまでの喜び方に、これじゃまるで俺にそう言わせるために作ってきたみたいじゃないかとすら思えて来てしまう――。
仮にもし、そうだとするならば…………そこまで考えて、俺の脳裏には再びエプロン姿の柊さんが浮かび上がる。
その容姿は、大和撫子と呼ばれるほどの和風美人で、気立ても良く誰とでも分け隔てなく接することが出来る完璧な女性。
しかも、この間のBBQの時の仕込みやこの焼き菓子といい、料理の腕も申し分ない。
そんな、非の打ちどころなど一切ないと言っても過言ではない美少女が、こんなにも身近にいたことを改めて意識してしまったが最後――。
もう既に、柊さんのことが気になってしまっている自分がいることを自覚するのであった。
見れば、柊さんは今も嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべており、そんな子供っぽさもギャップとして魅力となり、まさに男の理想を具現化したような存在と言っても決して過言ではないだろう。
――星野さんに引き続き、これはちょっとヤバイかもな……。
改めて、身近に感じていた存在の大きさを理解する。
彼女達が四大美女と呼ばれる由縁。
それは、俺のような一般人が意識してコントロールできるような相手ではないのであった。
憧れの星野さんに、理想の柊さん――。
どちらも、自分なんかでは相手は務まらないことぐらい、誰に言われなくても分かっている。
それだけに、こんな美少女が身近にいる今の環境というのは、もしかしたら物凄く危険なのではないだろうか……。
まるで底なし沼のような、それ以上は決して踏み込んではならない領域――。
けれど俺は、もし何かキッカケさえあれば、溺れるのを覚悟で踏み出してしまう日が訪れるかもしれないことを自覚したのであった――。
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