第80話「文化祭当日」
月日は流れ、気が付けば如月さんの高校の文化祭当日がやってきた。
最近は、楓花に関しては本当に相変わらずなのだが、星野さんと柊さんの二人はどこか変わっているような気がしている。
――違うな。二人が変わったというよりも、俺の見方が変わっているせいかもな。
たしかに二人は、前より積極的になったというか、以前より心を開いてくれるように変わっていっていると思う。
でもそれ以上に、変わったのは俺自身の方で、二人のことを意識してしまっているからに他ならなかった。
そんな状態で迎えた、今日の文化祭。
だからと言って何があるわけではないとは分かっていながらも、休日に二人に会うということを意識してしまっている自分がいるのであった。
「……お兄ちゃん、まだやってるの?」
「い、いいだろ別に!」
洗面所で髪型をセットしていると、珍しく先に支度を終えている楓花が呆れながら声をかけてくる。
今日は久々の外出なのだから、身嗜みぐらいちゃんとさせろって話なのだ。
それに、こうして髪をセットしているところを見られるのは少し恥ずかしい――。
「いや、もう二十分近くそうしてるんだけど」
「え、マジ?」
「マジ」
そう言って楓花が差し出してきたスマホの画面には、たしかに俺が支度を開始してから二十分近く経過しているのであった。
どうやら考えごとをしていたら、思った以上に時間が経ってしまっていたようだ。
そろそろ家を出ないといけない時間のため、こうして楓花が様子を見に来てくれたというわけだった。
「すまん、ちょっと考えごとしてた」
「ふーん、何考えてたの?」
「な、何でもいいだろ。――じゃ、もう良い時間だし、楓花も支度しろよ」
「いや、あたしが呼びに来たんだけどなぁ」
不満そうに膨れる楓花。
今回ばかりは、全くもって楓花の言うとおりだった。
バツが悪くなった俺は、誤魔化すようにささっとヘアセットを済ませると、そのまま洗面所をあとにする。
そんな俺のことを、楓花はどこか訝しむように見てくるのだが、無視をしていると楓花も黙って俺のあとについてきた。
こうして楓花の声かけのおかげで、無事遅刻することなく家を出たのであった。
◇
「あ、良太さん楓花さん、おはようございますー!」
橋の所で待ち合せていた星野さんと合流する。
今日の星野さんは、黒のノースリーブのブラウスに、白のふんわりとしたロングスカートとシンプルな服装をしているが、普段と違い少し大人っぽくもあり、その整い過ぎたスタイルのおかげでかえって星野さんの魅力を引き上げていた。
ちなみに楓花はというと、こちらも動きやすい格好ということで白のTシャツに黒のパンツ姿をしているのだが、そのスタイルの良さが際立っており、我が妹ながらオフの日のモデルのようにすっかりと様になっていた。
そんな美少女二人、これから本当に文化祭のような賑わった場所へ行ってしまって大丈夫なのだろうかと心配になってくる……。
「どうかした?」
「どうかされましたか?」
ぼーっとする俺に、声をかけてくる美少女二人。
二人同時に顔を向けられるだけで、思わずドキッとさせられる。
その破壊力に、俺はやっぱりこれは不味い気しかしなくなってくる……。
「ほ、本当に行って大丈夫かな?」
「何を今更、大丈夫でしょ」
「そうですよ」
思わず出てしまったそんな本音の呟きに対して、全く心配などしていない様子の二人。
俺が思うより、きっと張本人である二人の方が、自分達がどういう存在であり何が起き得るのかも分かっているはずだ。
そのうえで、ここまで心配していないというのは何故なのか……。
その理由は、次の一言で明らかとなる。
「だって、良太くんが守ってくれるんでしょ?」
「近くから離れませんからね」
ニッコリと微笑みながら、理由を教えてくれる二人。
そんな俺のことを信頼してくれる二人の微笑みの前では、俺ももう不安がってはいられなくなる。
「――分かった。じゃあ一つ上の先輩として、二人とも何かあれば俺をすぐに頼るように」
「「はーい!」」
俺の言葉に、二人とも片手を挙げながら嬉しそうに返事をする。
そして二人は顔を見合わせると、何故かいがみ合いを始めるのであった。
そんな二人の仲良しっぷりに笑いつつ、お次は如月さんの高校の最寄り駅で柊さんと待ち合わせしているため、電車に乗って駅へ向かうことにした。
◇
「あ、みなさんお揃いですね」
改札の前で待っていると、柊さんがやってきた。
今日は紺色のワンピース姿で、二人同様にとても似合っていた。
歩くことで、その綺麗な黒の髪がふわりと靡く。
それだけで、同じく駅を降りる人達の視線を釘付けにしてしまっていた。
「すいません、遅れました」
けれど柊さんは、そんな周囲の視線など気にすることなく、俺達の元へ嬉しそうに駆け寄ってくる。
こんな、一目で視線を釘付けにさせられてしまうような存在が、自分達と待ち合わせをしていたのだという優越感みたいなものを思わず感じてしまう。
今も驚いた様子でこっちを見ている人達は、柊さんに限らず他の二人の姿も合わせて驚いているに違いない。
――って、これじゃ本当にエンペラー的思考だな……。
いよいよ考え方がエンペラー化してきていないかと自戒しつつ、ここに長居すると騒ぎになってしまいそうだったので早速移動することにした。
「――良太さん、今日は何だか素敵ですね」
歩きながら、柊さんが話しかけてきてくれる。
しかし、まさか自分のことを言われると思っていなかった俺はドギマギしてしまう。
「え? お、おれ!?」
「はい。いつもと雰囲気が違っていて、少しドキッとしてしまいましたよ?」
驚く俺に、少し恥ずかしそうに微笑みながらも、更にそんな言葉を口にしてくれる柊さん。
それがリップサービスであることは分かっていても、その言葉が嬉しくて嬉しくて、それだけで俺は柊さんのことを意識してしまうのであった――。
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