第76話「オムライス」
「お、今日はオムライス!」
母さんに呼ばれて食卓へ向かうと、テーブルには既にオムライスが用意されていた。
――やった、母さんのオムライスは特に美味いからな!
漂う良い香りに喜んで自分の席に座ると、楓花が来るのを待った。
一応我が家のルールとして、家族四人でいただきますをしなくてはならないためだ。
「あー、今日はオムライスだー」
そして少し遅れて、楓花も降りてきた。
今日もお気に入りの赤いジャージに眼鏡という、制服姿が嘘のような完全に干物スタイルである。
「ほら、冷めるから早く座れ」
「……うるさい」
俺が声をかけると、さっきまでのオムライスに喜んでいた表情が嘘のように、ムスッとしながらこちらを見ずに返事をする楓花。
今のでそんなに怒るか? と思いつつも、せっかくの料理が冷めてしまっては台無しなので俺は間違ってはいない。
「「いただきまーす」」
そして家族四人、今日も仲良くいただきますをする。
お腹の空いていた俺は、すぐにオムライスをスプーンで掬い口へ運ぶ。
――うまいっ!
上に乗っているのは、所謂ふわトロではなく固めの玉子焼き。
そして中のチキンライスは、ケチャップベースとオーソドックスな昔ならではのオムライス。
しかし、チキンライスの中には大き目の鶏肉が沢山入っており味わい深く、バターもたっぷりと使われていることでその旨味は倍増している。
そして味付けはケチャップだけでなく、コンソメに隠し味の醤油とウスターソースが良いアクセントとなっており、家庭で食べられるオムライスとしては恐らく最上級の味わい――。
その味に、箸もといスプーンが止まらなくなる。
一緒にお皿に添えられた野菜と共に、俺はあっという間に食べ終えると、胃袋と心は完全に満たされる。
「ごちそうさまでした!」
ふぅー、食べた食べた。
誰よりも早くごちそうさまをした俺は、椅子の背もたれに持たれながら満足感に満たされる。
そして、何気なく隣の楓花に目を向ける。
すると楓花も、母さんのオムライスが好物のため美味しそうに味わっていた。
オムライスを口へ運んでは、美味しそうに微笑む。
そして添えられた野菜を俺の皿へ移すと、またオムライスを口へ運ぶ。
――いやいやいや、またかよ……。
本当にこいつは好き嫌いだらけだなと、呆れながら俺は楓花に忠告する。
「おい楓花。野菜もちゃんと食べろ」
「うるさい」
しかし楓花は、俺の言葉なんて聞く耳を持たずといった感じだった。
まるで俺のことなんて相手にしていないように、自分の皿から野菜だけを俺の皿へ移していく。
「……お前なぁ、せっかく母さんが作ってくれたんだぞ?」
「……」
ダメだ……、今度は完全に無視である。
「あらあら、どうしたの楓花ちゃん?」
「はっはっは! ケンカでもしたかぁ?」
そんな楓花の様子に、母さんと父さんも心配そうに声をかける。
すると楓花も、さすがに母さんと父さんの言葉は無視できないようで、相変わらず少し不貞腐れた感じで口を開く。
「……ギルティ―なお兄ちゃんは、野菜の刑に処します」
その言葉に、母さんと父さん、そして俺も思わずポカンとしてしまう――。
――や、野菜の刑?
何を言い出すのかと思えば、余りにも意味不明過ぎるその刑に、この場の誰しも考えが追い付かない。
「で、でもね、楓花ちゃんもちゃんとお野菜食べないとね?」
「そ、そうだぞ! はっはっは!」
普段は楓花の味方をする母さんと父さんも、今日は楓花に野菜を食べさせる方向に促す。
しかし、その言葉も全く受け入れようとしない楓花がぷいっと隣を向くと、父さんはそれはもう分かりやすく落ち込んでしまう。
「……別に食べれないわけじゃないから。これはあくまで刑なの」
「どんな刑だよ……」
つい俺が言葉を漏らすと、クワッとこっちを睨んでくる楓花。
その様子から察するに、どうやら今回のこの刑とやらは、本当に俺が食べなければ納得はしないご様子だった。
だから俺は、ここはもう何も言わずにその刑を受け入れてやることにした。
「はいはい、食べればいいんでしょ」
そう言って俺は、お皿の上の野菜を全て口へ運んで二度目のごちそうさまをする。
そして、これ以上ここにいてもまた謎の刑を受けさせられると思い、そのままお皿を流しへと運ぶ。
――はぁ……とりあえず、風呂入ってサッパリしよう。
そう思い俺は、とりあえず浴室へと向かう。
しかしそんな俺のことを、まだオムライスを食べている楓花がじとーっとした目つきで見て来ていたことには気付いており、どうやら先程の野菜の刑ではまだまだ許されてはいないご様子だった――。
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