第75話「チケット」
「そうだ、来週末の文化祭なのだけれど」
暫くカフェで、何を話すわけでもなく思い思い他愛のない会話をしていると、如月さんが改まって話を切り出す。
その話題とは例の文化祭の話なため、全員如月さんの話に耳を傾ける。
「とりあえず、これが招待チケットです」
そう言ってまず如月さんが鞄から取り出したのは、如月さんの高校の、文化祭の入場チケットだった。
裏側には名前を書く欄があり、そこには丁寧な字で『如月愛花』とちゃんと書かれていた。
つまり、これは正真正銘、『東中の女神様』こと如月愛花のチケットなのである。
もしもこんな存在が、うちの学校の連中に知れたら大騒ぎになるだろうから、取り扱いは厳重注意だなと思いつつ俺は丁重に鞄にしまった。
「開始時間は十時からです。終わりは十六時だったかと思います。――あとは、その、待ってますからね」
相変わらずの無表情の中にも、頬をほんのりと赤く染めながら、そんな可愛い言葉を口にする如月さん。
白銀の髪に赤みがかった瞳は美しく、まるでこの世のものではないような完全に浮世離れしたその容姿。
そんな美少女が、普段はほとんど無表情なだけにこうして頬を赤らめている姿は、その異名のとおり女神のように美しくもあった。
「もちろん行くよ!」
「ええ」
「わ、わたしもっ!」
まぁ人を誘うことには当然慣れていないだろうから、如月さんも緊張しているのだろうと思い俺が最初に返事をすると、柊さんと星野さんもそれに続いてくれた。
そして最後の一人の楓花はというと、やっぱりどこか納得いっていないような、少し不貞腐れたような表情を浮かべていた。
「……わたしも行く。たこ焼きはある?」
「えーっと……ええ、あります」
「よしっ!」
しかし、楓花は文化祭にたこ焼きがあると聞いた途端、ガッツポーズをしながら喜ぶ。
何を不貞腐れているのかは知らないが、どうやらたこ焼きが全てを解決してくれたようで何よりだった。
「じゃあ、その前に駅前で待ち合わせする感じかな?」
「そうですね、そうしましょう」
「わ、わたしはご近所ですし、おうちまでお迎えに行きますよ!」
「別に来なくていいよ」
「楓花さんに言ってません!」
睨み合う星野さんと楓花。
何を喧嘩しているんだという感じだが、意外とこの二人は似ているのかもしれない。
とりあえず、美少女同士が睨み合っているだけでも、こんなにも絵になるのは正直どうかしていると思う――。
まぁそんなわけで、あとは文化祭の話も交えつつ会話を楽しんでいると、外はすっかり日が暮れてしまっているため今日の集まりは解散となった。
「如月さん、いつも遠いのに来てくれるよね。お金もかかるだろうし、大丈夫?」
「え? ああ、そうですね。大丈夫ですよ」
「そっか、ならいいんだけどさ」
店を出たところで、俺は如月さんとそんな会話をしながら途中まで一緒に歩く。
「最初は興味本位だったんですけど、実際に知り合ってみるとみんな似た者同士っていうか――わたし、楽しいんです」
「――そっか」
「だから、今度の文化祭も楽しみにしてます」
そう言って如月さんは、ふんわりと微笑む。
俺達が行くことで、こんな風に喜んでくれていることが、俺は素直に嬉しかった。
「じゃあ、当日は絶対に行かないとだね」
「うふふ、そうですよ。それにですね――」
「それに?」
俺が聞き返すと、突然前に駆け出した如月さんは、くるりとこちらを振り返る。
「良太さんが来てくれるの、楽しみにしてますからね!」
そう言って、普段の無表情ではなく、満面の笑みを浮かべる如月さん。
その姿は完全に不意打ちというか、思わず俺はそんな姿に完全に見惚れてしまう――。
「それじゃ、わたしはここで」
そして如月さんは、少し前を歩く柊さんと合流するべく駆け出して行く。
そんな駆けていく後ろ姿に、俺はやっぱり見惚れてしまうのであった。
「……これは中々」
「なんなのよ……」
その姿に、星野さんと楓花も驚いた様子で言葉を漏らす。
それだけ、同じ四大美女の二人から見ても今の如月さんの見せた表情はヤバかったということだろう。
「……っていうか、デレデレしちゃってさ」
「そ、そうですよ」
そして如月さんを見送ると、二人の矛先はこちらへと向けられる。
思わず見惚れてしまっていたことが、どうやら二人にはバレバレだったようだ。
しかし、楓花はともかく星野さんまで便乗してくるとは思わなかった。
「ま、まぁあれだよ……」
「あれってなによ?」
「――今のはさすがに、可愛すぎた」
問われるならば、ここは素直に答えるべし――。
ということで、俺は別に誤魔化す必要もないため想ったことを素直に言葉にする。
さっきのはいくらなんでも、特別すぎた。
「……まぁ、たしかに」
「そうですね……」
すると二人も、それには異論がなかったようだ。
何か言われるかと思いきや、そこはすんなりと同意してくれたのであった。
そんなわけで、如月さんのその何気ない仕草一つで、彼女もまた四大美女という特別な存在なのだということを、俺達は分からされたのであった――。
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