第10話「アイスと本音」
柊さんと駅で別れ、それから楓花と二人で帰宅する。
しかし楓花は、柊さんと今日の事を計画していたのが不満なのか、それはもう分かりやすく不満そうな表情を浮かべながら黙っていた。
「そ、そうだ楓花、コンビニ寄って行くけどどうする?」
「――じゃあ、わたしも行く」
空気に耐え切れず俺がそう話を振ると、楓花はご機嫌斜めながらも一緒にコンビニへ行くと言ってきた。
どうやら、一緒にいるのが嫌な程怒っているわけでは無さそうだ。
「そうか、じゃあアイスでも買ってやるからさ、機嫌直してくれよ」
だから俺はご機嫌取りのため、必殺の「アイス買ってあげる」を発動した。
鬼に金棒。楓花に甘味。
対楓花の戦略として、これはかなり有効的なのだ。
「……食べる」
不服そうな顔をしつつも、アイスは食べたい楓花。
こうして俺は、自分用の飴と楓花のアイスを購入してコンビニを出ると、すぐに買ったアイスを手渡す。
「ほらよ」
「うん」
アイスを受け取った楓花は、すぐにアイスの袋を開ける。
そして、ゴミを俺に渡してアイスを取り出すと、アイスをパキッと二つに割る。
そう、楓花が選んだアイスは、二つに分けて二人一緒にチューチュー吸う事が出来るタイプのアイスだったのだ。
だから正直、楓花がそのアイスを選んだ時はなるほどなと思った。
素直に許せないから、こうしてアイスを分け合う事で仲直りをする落としどころを自ら作ってくれているのだと。
我が妹ながら、そんな不器用なところはちょっと可愛いよなと思いながら、俺は別に食べたくもないアイスを今日ぐらいは一緒に食べる――――事は無かった。
なんと楓花は、その二つに折ったアイスの蓋を両方外すと、二つ同時にチューチューと吸いだしたのである――。
そして、アイスを両手に掴み、二つ同時に咥えたままの状態で、キリッと俺の顔を睨みつけてくる。
「ふんっ! いつからシェアするものだと錯覚していたっ!」
そう言って俺に見せつけるように、アイスを二つ同時にチューチューと器用に吸って見せてくるのであった。
こうして、楓花は俺への当てつけをするためだけに、わざわざ分け合えるアイスを選んだのである。
完全に勝ち誇った顔をしながら、アイスを二つ一緒に咥える楓花。
だから俺は、そんな楓花を無視するわけにもいかないため、一言だけ告げることにした。
「――食べ辛くないか? それ」
「ふ、ふんっ! すぐ食べるから平気だしっ!」
強がる楓花だが、両手でアイスを握るため腕にかけた鞄が邪魔そうだし、それにアイスを持つ手も冷えてきたのか、さっきまでの余裕はすっかり無くなっていた。
そんな、策士策に溺れる楓花に呆れつつも、仕方ないからちょっとだけ手助けしてあげる事にした。
「――ほら、鞄持ってると食べ辛いだろ? よこせ」
「――あ、ありがと」
仕方なく俺は、楓花の鞄を代わりに持ってあげることにした。
こうして家に着くまでの間、楓花は両手で掴んだアイスを頑張ってチューチューと吸っているのであった。
◇
家に着くと、楓花は急いで靴を脱ぎ捨てると、そのまま二階にある自分の部屋へと逃げるように駆け込む。
仕方なく俺は、楓花の脱ぎ散らかした靴を揃えながら、深いため息をつく。
そりゃ、黙って柊さんを会わせた事は悪かったかもしれないけれど、純粋に友達になりたいという申し出に応じただけで、別に悪意があったわけではないのだ。
それなのに、さっきから楓花の態度は何なんだと思いながらも、俺も部屋着へ着替えるため自分の部屋へと向かった。
俺は自分の部屋で、制服を脱ぐといつもの部屋着のスウェットへと着替える。
しかし着替えている間、隣の楓花の部屋からは何やらバタバタと騒がしい音が聞こえてくるのがとても気になる。
この音は、恐らくベッドの上でジタバタしてる音だなと、一体何をしてるんだかと思いつつ、俺は自分のPCの電源を入れる。
とりあえず、今日も色々あったけれどようやく一人の時間の到来だ。
俺は晩御飯までの間、とりあえず今日もvtuberの動画を見て時間を潰す事にした。
動画を見だしてどれぐらい経っただろうか、暫くvtuberの動画鑑賞を楽しんでいると、勝手に部屋の扉を開けられる。
その音に少し驚きながら振り向くと、そこにはいつもの赤いジャージを着こんだ楓花の姿があった。
「――お前なぁ、部屋に入る時はノックぐらいしろって言ってるだろ」
「うるさい! 今日はお兄ちゃんが悪いっ!!」
俺の注意も聞かず、怒りながらズカズカと勝手に部屋に入ってきた楓花は、怒りつつもいつも通り俺の本棚から漫画の続きを手にすると、そのまま俺のベッドにダイブする。
その頬っぺたはぷっくりと膨れたままで、不満そうにしているのに俺の部屋には来るんだなと少し呆れてしまう。
「あのなぁ……」
「いつからあの子と話すようになったのよ?」
「え? いや、今日からだよ。昼休み、急にうちの教室に来て頼まれたんだよ」
「はっ!?」
俺が素直に答えると、楓花は信じられない事を耳にしたように驚いていた。
「いや、そんなに驚くところか?」
「いや、ありえないでしょ」
「だから何が?」
「だってお兄ちゃん、昼休みは絶対に教室来るなって言ったから、わたしは泣く泣く一人でお弁当食べてたんだよ? それなのに、実はその間お兄ちゃんは、あの子と会ってたってどう考えてもヤバイでしょ!?」
そう言って楓花は、メラメラと怒りのボルテージを上げていく。
いやまぁ確かに昼休み来るなとは言ったけれど、今回のは初対面の人からのいきなりの相談だったんだし、それとこれとは別だと言いたい。
……しかし、とても今の楓花にそんな事は言える雰囲ではなかった。
「あー、うん。成る程な。それはすまんかった――」
だから俺は、ここは穏便に済ませるためにも謝っておくことにした。
確かに楓花を来させないようにして、他の子と会ってたというのは悪い気もするから――って、それじゃなんか妹なのに束縛彼女みたいだな……。
「じゃあ、明日からわたしがお兄ちゃんの教室行くから!」
「いや、それは本当に勘弁してください」
「何でよ!」
「何でって、高校生にもなって毎日一緒に弁当食う兄妹なんてどう考えても可笑しいだろ」
そう俺がはっきり言うと、やっぱり不満そうに膨れる楓花は「もうっ! お兄ちゃんのバカ!」と言って俺の布団の中にくるまってしまう。
「一緒に登下校してるんだし、それで良しにしてくれよ」
「でも、帰りはあの子も一緒じゃん」
「まぁ、そうなるけど――。楓花は、そんなに柊さんの事が嫌いか?」
「そんなことは無いけど――もうっ!」
そう言うと、楓花は布団に包まりながらひょこっと頭だけ出す。
「じゃあお菓子とお茶取って来て。そしたら今日の事はチャラにしてあげる」
「はいはい、分かったよ。ただ布団の中で食うなよ、粉が散るから」
「――分かった。じゃあ隣行く」
楓花は布団から出ると、クッションを持ってきて隣にくっつくようにちょこんと座る。
そんな隣に来た楓花からは、見た目は相変わらずの干物女だけど、それでも女の子らしい甘い良い香りが漂ってきた。
「またvtuberだ。本当好きだよね」
「別にいいだろ? 面白いんだよ」
「……オタク」
「お前には言われたくないっての。じゃあ取って来てやるよ」
そう言って俺は、一階へ降りてお菓子とお茶を用意する。
そしてまた自分の部屋に戻ると、楓花と一緒にvtuberの動画鑑賞を楽しんだ。
楓花もちゃんと見るのは初めてだったようで、面白い場面では普通に笑って動画を楽しんでいた。
「ふーん、わたしもやってみようかな、vtuber」
「そしたらみんなビックリするかもな」
「どうして?」
「そりゃ、中の人がこんな美少女だって知ったら、みんな驚くだろ?」
本当にその気なら、まさかこの町で四大美女と呼ばれる楓花が、所謂中の人をしているだなんて誰も思わないだろうなと笑って答えると、頬を赤らめた楓花は何故か俯くのであった。
「――顔が見えないんだから、別に意味ないじゃん」
「ははっ、そういえばそうか」
そんな会話をしていると、母さんから晩御飯出来たよと声がかかる。
だから俺達は、動画を見るのをやめて一緒に晩御飯を食べに一階へと降りるのであった。
そんなわけで、今日も色々とあった一日だったけれど、楓花だけでなく柊さんまで登場してしまった今、明日からはもっと色々ありそうな予感しかしないのであった――。
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