第9話「ワケ」
「それで、その四大美女だっけ? わたし達が同じだからって、どうしてわたしと仲良くなりたいの?」
すんなり自分が四大美女だという事を受け入れた楓花は、柊さんに問いかける。
たしかに楓花の言う事は一理あって、同じ四大美女だから仲良くする必要性があるのかと言われれば、俺には分からなかった。
話している感じ、柊さんなら誰とでも上手くコミュニケーションを取れていそうだし、その上でわざわざ楓花と仲良くなりたいのには、何か他に理由があるようにも思えた。
当然その事には、楓花も勘付いて言っているのだろう。
しかし何というか、そんな四大美女同士が向かい合って話している今の状況、改めて考えると凄いな……。
既に学校からは離れているのだが、同じく下校中の他校の生徒や通行人までもが、そんな二人の姿に視線を奪われてしまっているのが分かった。
中には二人が四大美女だという事を知っている人もいるようで、まるで物凄い現場に立ち会わせているかのように驚いていた。
「それは……」
楓花の問いに対して、言葉に詰まってしまう柊さん。
その感じからして、やっぱり何か他に理由があるのだろう。
そして柊さんは、意を決したようにゆっくりと口を開く。
「それは……実はわたし、ずっと楽しみにしていたんです」
「楽しみ?」
「えぇ、わたしは幼い頃から、周囲からよく注目を浴びてしまう子でした。それは中学生になってからも同じで、成長するに連れて周囲との距離は開いて行き、次第に学校という場所に対して居心地の悪さを感じるようになってました……。そして、気が付くとわたしは『三大美女』の一人と呼ばれるようにもなり、最初は本当にうんざりしていたんです」
少し困ったような笑みを浮かべながら、柊さんはゆっくりと自分の過去の事を話してくれた――。
「でも、『三大美女』という事は、他にもわたしと同じ境遇の子がいるんだって気付いた事で、少しだけほっとしたんです。良かった、自分だけじゃないんだって。そして楓花さんが現れた事で、いつしか『三大美女』から『四大美女』と呼ばれるようになっていて、まさか同じ高校に進学する事になるなんて思いもしませんでした」
困り顔は無くなり、柊さんは嬉しそうに言葉を続ける。
そんな柊さんの言葉を、楓花は少し困り顔を浮かべながらも黙って聞いている。
「ですから、わたしは楓花さんに興味津々なんです。同じ扱いをされていたであろう楓花さんが、一体どんな容姿をされていて、それからどんな考え方をされている方なのか、わたしはお会い出来る日が来るのをずっと楽しみにしていたのです」
そして柊さんは、あるがまま楓花と仲良くなりたい理由を語ってくれた。
その話のおかげで、俺は柊さんが本心で言っている事、そしてその理由もちゃんと理解出来た。
でもその上で、俺が思ったのは「そんな雲の上の話、俺にはよく分からない領域だな」だった。
俺みたいな凡人からしてみれば、周囲から持て囃されたような経験は当然無いし、もしされたならそれはきっと嬉しいと思うはずだから。
だからこそ、それが当たり前になっている人が一体どう感じるのかなんて、当事者じゃない俺にはやっぱりよく分からない。
ただ、想像するに――それはもしかしたら、孤独なのかもしれない。
うちの楓花もそうだが、周囲にちやほやされる事で逆に人との距離が生まれて、本当に通じ合えるような友達って中々出来ないんじゃないかと思えるから。
そう考えると、柊さんも楓花と同じなのかもしれない。
他人との関わりに興味が無く、そのほとんどを断っている楓花。そして、当たり障りなく、表面上は上手く人と接する事が出来る柊さん。
一見真逆のようで、実際は同似た者同士なのかもしれないなと思えた。
「――ふーん。まぁ、話は分かったよ。でも、仲良くするかどうかは、まだ分からないから」
柊さんの理由を聞いた楓花は、相変わらずその壁を崩す事はないが、それでも仲良くなりたい理由については納得したようだった。
仲良くするかどうかはまだ分からないけれど、一先ずは柊さんの事は受け入れたように感じた。
兄の俺からしても、こんな楓花は初めて見るんじゃないかという程、他人に対してこのような態度を取る楓花を見るのは初めてかもしれない。
前の学校でも、その飛び抜けた容姿のせいで色々と周りから干渉される事の多かった楓花だが、そのどれも興味なさげに拒絶してきたのだ。
だから、今までの楓花なら「そんなの知らないよ、勝手にやって」とでも言って、きっと切り捨てていただろう。
しかし、今回の柊さんの申し出に対しては、その高い壁を少しだけ和らげて見せたのである。
――きっとそれは、さっきの話は楓花にも共感できる部分があったからだろうな。
もしくは楓花自身も、同じ四大美女と呼ばれる柊さんに対して、多少なりとも興味が湧いたのかもしれない。
こうして、話は済んだとばかりに再び歩き出す楓花と、そんな楓花を微笑みながら嬉しそうに見つめている柊さん。
そんな二人の美少女の一歩後ろを歩く俺は、一つ上の先輩として最後に少しだけ二人に干渉する事にした。
「じゃあ、こうしたらどうだ? 明日から、二人一緒に帰ってみるとか?」
「「えっ?」」
俺の提案に、二人の美少女は驚きながらこちらを振り向く。
「まぁ、同じ四大美女同士、水入らず二人だけで帰ってみなよ。クラスも違うんだし、そのぐらいしか話せる時間も無いでしょ?」
「そ、それはそうですが……」
まだ二人きりは気恥ずかしいのか、少し困った表情を浮かべる柊さん。
その困り顔も美しすぎて、俺は直視する事が出来なかった。
「――それ、良太くんはどうするの?」
そして楓花は楓花で、柊さんと帰る事よりも、何故か俺の方を気にしてくる。
実はこうして、二人一緒に帰らせる事で、俺は再び自由を手に入れようとも企んでいたのだが、じと目で睨んでくる楓花はそれを許してはくれなかった。
でも、俺は俺の平穏を勝ち取るため、ここで引くわけにはいかない。
「水入らずって言っただろ? 俺は一人で帰るからさ」
「却下です」
「は?」
「柊さんと一緒に帰る事は、まぁ別に構わないよ。でも、良太くんが一緒に帰らないなんて事は、絶対許さないから」
やはり楓花は、俺がこの輪から抜ける事を許さなかった。
少し膨れた顔をしながら、訴えかけるように俺のことを睨みつけてくる楓花。
「そ、そうですよ! わたしも良太さんが一緒でも構いませんよ?」
そして空気を読んだのか、柊さんまで楓花側についてしまう。
――せっかくこの場を提供したというのに、裏切られた気分だぜチクショウ。
結果、この町の大天使様と大和撫子に挟まれ、まさしく蛇に睨まれた蛙状態になってしまった俺は、この場はもう降参するしか無かった。
「――分かったよ。でも、二人が打ち解けるまでの間限定な」
こうして俺は、打ち解けるまでという条件だけは残しつつ、明日からも四大美女の二人と一緒に下校する事になってしまったのであった。
これから俺は一体どうなってしまうんだろうという不安しか無いのだが、なんだかそれももう今更な事のようにすら思えてきた。
どうやら俺は俺で、こんな美少女二人と距離を取るどころか、受け入れていかなければならないようだ――。
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