第8話「自覚」
話しがややこしくなる前に、俺はすぐに楓花の誤解を訂正することにした。
「すまん楓花、多分お前の思っている事とは全然違うから安心してくれ。こちらの柊さんは、楓花と一度話しをしてみたいそうだから、俺が間を持っただけだ。だから俺達はその、お前の思ってるような関係じゃないぞ」
「えぇ、すみません。変な誤解をさせてしまったみたいで……」
柊さんも気が付いていたのだろう、話しを合わせて一緒に誤解を解いてくれた。
その結果、楓花も勘違いだった事を理解してくれたようで、代わりに少し呆けたような表情を浮かべていた。
「も、もう! だったら最初からそう言ってよお兄ちゃん!!」
「いてっ! 悪かったって! とりあえず、お前と仲良くなりたいそうだから、一緒に帰りながら話でもしよう、な?」
「――えっ? お兄ちゃん?」
俺が楓花を宥めていると、今度は柊さんの方が驚く。
――あれ? そういえば、まだ俺達が兄妹な事伝えてませんでしたっけ?
そう思った俺は、そもそも自己紹介すらまだしていなかった事に気が付き、今更だけど一応しておくことにした。
「あ、そうか、自己紹介もまだでしたね。えーっと、俺の名前は風見良太。一応、こちらの楓花の兄です」
「――ご兄妹、だったのですね。わたし、てっきりお二人はお付き合いしてるのかと……」
なんと、こちらにもとんでもない勘違いをしていたお方が一人。
四大美女というのは、何かと勘違いするように出来ているのだろうか?
……というか、やっぱり楓花とこうして一緒にいる事で、あらぬ誤解をしている人はいるよな……。
少なくとも、今目の前にいる美少女がそうであったように……。
まぁ色々あったけれど、それから簡単に自己紹介をし合うと、俺達は周囲からの視線を避けるためにも一緒に駅へと向かって歩き出す。
ちなみに、俺と楓花は家が近いため徒歩通学なのだが、柊さんは電車通学らしい。
「すみません、私変な誤解をしちゃっていたようです。お二人とも、とても仲が良さそうでしたので」
「あはは、よく言われます。って、今は俺じゃなくて楓花と話しをしないとですよね」
「あ、そうでしたね! えっと、楓花さん、わたしは以前からその、楓花さんと一度お話しをしてみたくてですね――それで、今回良太さんにご相談させて頂き、このような機会を設けて頂きました」
「――ふーん、それは分かったけどさ、何で良太くんなの? 直接わたしじゃ駄目だったのかな?」
楓花の鋭いツッコミに、柊さんは少し言葉を詰まらせてしまう。
だからここは、透かさず俺がフォローに回る。
「お前、普段から人と壁を作ってるだろ? それで話かけ辛くて、まずは俺を介して仲良くなろうとしただけなんじゃないか」
「え、ってかなんで良太くんが庇うの? それに、そんなにとっつき辛い相手と仲良くなりたい理由は?」
しかし、こんな時だけ尚も鋭い楓花さんは、露骨に不機嫌そうにこの状況がお気に召さない様子だった。
一人不満そうな表情を浮かべながら、柊さんへの警戒を解こうとはしない楓花。
「ごめんなさい、楓花さんのおっしゃる通りですね。最初から直接お声かけしたら良かったですよね……。その、これは言い訳になってしまいますが、これまで中々楓花さんと直接お話しするキッカケが掴めなくて……。そんな時、今朝良太さんと一緒にいるところをお見掛けして、直接は無理でも、良太さん伝いでしたらお話し出来ないかなと思い付きまして……それで……」
「――ま、まぁ、話は分かったよ……。それで、柊さんは何で私と仲良くなりたいの?」
本当に申し訳無さそうに話す、柊さんの本気さが伝わったのだろう。身構えていた楓花も少しだけその構えを崩してくれた。
そして、ようやく話の本題に入る。
その理由については俺も聞いていないのだが、大方の予想はついていた。
「それはほら、もちろん同じだからですよ」
「同じ?」
「えぇ、わたし達、お互い変な呼ばれ方をしているでしょう?」
「呼ばれ方? 何のこと?」
「――えっ?」
直接言葉にしなかったものの、わたし達は同じだからだと話す柊さん。
しかし、本当に何の話か分かっていない様子の楓花に、柊さんは目を丸くして驚いていた。
どうやら楓花は、自分が周りからなんと呼ばれているか本当に知らないようだ。
「えっと、楓花さんはご自身が周りになんと呼ばれているか、ご存じないのですか?」
「……え、わたし何か陰口とか言われてるの? ――まぁ、あんまり周りの子達と接触しないようにしてきたから無理も無いけど、高校で知り合ったばかりの子にまで言われるのはちょっとなぁ……」
そう言って、苦笑いを浮かべる楓花――。
駄目だこの子、やっぱり本気で分かってない!
ここは兄として、自分の置かれている現状をちゃんと教えてあげるべきなのだろうかと迷っていると、突然柊さんが可笑しそうにクスクスと笑いだした。
「あはは、す、すみません。ちょっと可笑しくて、あはは」
「な、何で笑うのよっ!?」
「いえ、まさかとは思いましたが、本当に知らないだなんて思いませんでしたので」
「だから、何をよっ!?」
「わたしと楓花さん、この町では色々と有名人なんですよ?」
笑いを堪えながら、柊さんが説明してくれる。
しかし、やっぱり楓花はよく分からないといった感じで、自分だけが分かっていない事にじれったそうにしていた。
本当に鈍感というか何と言うか、自分に興味の無い事にはとことん疎い妹なのであった。
そして同時に、可笑しそうに笑う柊さんの姿もまた意外だった。
いつもは凛としていて、華やかで美しい柊さんも、こんな風に笑うんだなと――。
「わたしと楓花さん、それから他二名の女の子を合わせて、この町では『四大美女』なんて呼ばれてしまっている事、ご存じないですか?」
笑いを堪えながらも、ついに柊さんの口から核心が語られた。
すると楓花は、何かに気付いたのか「あっ」と小さく声を漏らすと、それからようやく合点のいったような表情を浮かべながら一人コクコクと頷いた。
「あー、なるほど。なんかこの町に来てからちらほら聞こえてきてたあれは、わたしの事だったのね」
そして楓花は、自分が四大美女と呼ばれている事にようやく気が付いたにしては、あまりにも薄いリアクションを取ったのであった。
それは、柊さんを更に笑わせるのには十分で、兄である俺からしても、妹のそのあまりの大物ぶりに思わず笑ってしまった。
こうして楓花はこの町に来て初めて、自分が四大美女と呼ばれている事を自覚したのであった――。
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