第11話「お弁当」

 次の日。


「聞いたぞ良太、お前大天使様のみならず、大和撫子までその手中に収めたってのか?」


 朝登校するなり、俺の席はクラスの男子達に取り囲まれてしまう。

 そして全員を代表した晋平に、俺は昨日の下校時の事をやっぱり尋問されるのであった。


「いや、まぁこれには色々と事情があるんだよ」


 柊さんが楓花と友達になりたがっていたから、なんて説明は二人のプライベートに関わる事だし当然出来ない俺は言葉をはぐらかす。

 しかし、そんな俺の中途半端な答えに、更に訝しむクラスメイト達。


 だが、そもそもその事をクラスメイトへ説明する義務もへったくれも無い俺は、「本当に何もないからほっといてくれよ」と言葉を付け足して無視をする事にした。


 四大美女であろうと、一年生同士が友達になろうって場に居合わせただけなのだから、本当に何も無いし嘘すらついていない俺は、そもそもこんな風に尋問される筋合いが無いのだ。


「ちょっと男子! 風見くん困ってるから止めてあげなさいよ」


 すると、思わぬ助け舟がやってきた。

 振り向くと、その声はクラスの委員長である石川円いしかわまどかさんから発せられた言葉だった――。


 石川さんと言えば、いつも黒髪ストレートヘアーをポニーテールにまとめており、所属する陸上部でも次期部長との呼び声が高い活発的な女の子。

 実は一年から同じクラスの石川さんとは、これまでも色々仲良くしてきており、正義感の強い彼女はこうして曲がった事を許さないザ・委員長気質な女の子なのであった。


 みんなは四大美女に盛り上がっているが、俺としてはこういう石川さんみたいな女の子の方が身近で良いのになぁと思ってしまう。

 見た目だってキリッとしていて普通に美人だし、みんな四大美女なんて夢を見てないで、身近なこういう美少女の事をもっと大事にしなよと思う。


 そんな石川さんに注意されたクラスの男子達は、はいはいと言いながら散って行ってくれたため本当に助かった。


「風見くんも大変ね、妹さんが人気者だと」

「あはは、本当にね。二年になってからこんな事ばっかりで疲れちゃうよ」


 同情してくれる石川さんに、俺はやれやれと笑いながら返事をする。

 本当に、二年になってから色々振り回され過ぎだろ自分って感じだ。


「ま、なんかあったらわたしに言ってね? 一年の時から仲良くしてるんだし、わたしはその、み、味方だからねっ!」

「う、うん、ありがと」


 なんだ今の、ツンデレっぽい感じは――。

 まぁ普通に、今のセリフが恥ずかしかっただけだろう。


 そんな我らが頼れる委員長の石川さんに感謝しながら、今日も一日頑張るかと気合を入れたのであった。



 ◇



 昼休み。

 今日も俺は、晋平と弁当を食べる。


 昨日は柊さんの乱入があり落ち着かなかったが、流石に今日は来ないだろうし、勿論楓花にも来るなとキッチリ伝えてあるため、今日こそは平穏無事に昼休みを過ごせるだろう。


 しかし、残念ながら今日も俺の平穏は奪われてしまうのであった――。


 何故なら――、



「良太くんっ!!」



 突然教室の扉のところから、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 俺はその声を聞いて、深い深いため息をつく――。


「――お前なぁ、来るなって言ったろ……」


 俺はそう返事をしながら、声のする方を振り返ると、やっぱり妹である楓花の姿があった。

 呆れる俺を無視して、楓花は上級生の教室だというのにつかつかと俺の席まで近づいてくると、顔を近付けながら少し慌てた様子で口を開く。


「緊急事態だから!」

「緊急事態? 何が?」

「箸忘れたの! お弁当食べられない!」


 何事かと思えば、楓花は弁当の箸を忘れてしまったそうだ。

 たしかに箸が無ければ弁当も食べれないよなぁと思いつつも、俺だって予備の箸なんて持っていないからそんな事言われても困るわけで。


「で、何でここに?」

「え? そんなの決まってるじゃん。良太くんの箸プリーズ」

「は?」

「は? じゃなくて、仕方ないでしょ」


 目を丸くして驚く俺に、楓花はさも当然でしょというように箸をよこせと手をクイクイと仰いでくる。

 いやまぁ、そうなのかもしれないけど、周りの目があるっていうかいきなりそんな事言われても困るって言うか……。


 しかし、楓花は勝手に食べ終わった俺の弁当から箸を強奪する。


「じゃ、箸は頂いていくよ」

「あ、おい! お前!」

「じゃね、良太くん!」


 そう言って箸を俺から奪った楓花は、そのままご機嫌な様子で逃げるように教室から出て行ってしまった。

 どこぞの怪盗かなんかかよ……。


「――お前ってやつは、本当に」


 そんなやり取りを全て目の前で見ていた晋平は、プルプルと震えながら口を開く。


「いや、今のは流石に」

「――まぁな、そうだな。今のはしょうがないな」

「だ、だろ?」

「それに、こんな至近距離で大天使様を見れたのは正直助かった……!」


 また面倒ごとになるかと思ったが、そうはならなかった。

 晋平及びその他クラスメイト達は、色々と言いたいところはあるのだろうが、それよりも教室で楓花の姿を見られた事に感謝している様子だった。


 中には、神に感謝するように手を合わせてる奴や、恋をしたようにその頬を赤く染めている奴までいた。


 ――いやいや、四大美女の影響力凄すぎだろ……。


 そう呆れていると、晋平は俺の手を取ると神に縋るような顔を向けてくる。


「なぁ良太! 明日、俺とも箸の交換――」

「絶対しねぇからな!」


 何が悲しくて、男同士で箸を交換しないといけないんだよ!

 俺が即答で却下すると、晋平は「ですよねぇ」と笑ったので、どうやら本人も本気では無かったようだ。


「にしても、大天使様ってあんなキャラだったんだな」

「え?」

「いや、聞いていた話だと、いつも静かで居るだけで神々しい存在って聞いてたからさ。あんな風に笑ったりするんだなと。今の感じが知れたら、更に人気出そうだな!」


 あぁ、成る程なと思った。

 確かに楓花は、基本的に他人に興味が無いためそう思われても仕方がないだろう。


 本当はもっとヤバイ奴なんだけど、その事は秘密にしておくにしても普段楓花がどんな学校生活を送っているのか、やっぱり兄として少し気になるところではあった。


 ――今度、様子見に教室の前でも通ってみようかな。


 そう思っていると、丁度スマホに楓花からのメッセージが届く。



『箸ありがとね! あっ、これ間接キスだね、お兄ちゃん(はぁと』



 そんなメッセージと共に、投げキッスをする気持ち悪いスタンプを送りつけてくる楓花。

 そんなふざけたメッセージに、やっぱり気にし過ぎだったかなとハハハと乾いた笑いが漏れ出てしまうのであった。


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